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No.81「内視鏡を使用した手術において右手総掌側指神経を損傷し複合性局所疼痛症候群(CRPS)タイプIIを発症させた場合に、医師に手技上の過失などがあったとして、病院の損害賠償責任が認められた判決」

さいたま地方裁判所川越支部 平成16年8月26日判決(判例時報1888号109頁)

(争点)

  1. 医師に、説明義務違反があるか
  2. 医師に、本件手術における手技上の過失があるか
  3. 医師に、本件手術後、CRPSタイプIIの発症を看過し、適切な治療を行わなかった過失があるか
  4. 損害

(事案)

X(昭和31年生まれの女性・家事従業者)は、かねてから右肩痛等のため自宅近くの町立K病院で診察を受けていたが、平成8年12月ころから右手が痺れるようになり、また、平成10年になると左手指も右手以上に痺れるようになり、K病院で両手根管症候群と診断された。そして、手術をするのであれば傷跡も残らず回復もし易い手術方法として内視鏡を用いた手術方法(鏡視下手術)があることを教示され、同手術方法の可能な病院として、Y学校法人の設置するY病院を紹介された。

Xは、平成10年5月13日、Y病院整形外科において、Z医師の診察を受け、両手根管症候群に対する手術方法として、内視鏡下に横手根靱帯を切離して正中神経の圧迫をとる鏡視下手術の説明を受けた。

Xは、平成10年11月4日にZ医師の執刀により、右手に対する鏡視下手術(以下本件手術という)を受けた。その際、Z医師は、Xの右手総掌側指神経を断裂させた。

平成11年1月13日、Xが右手の痺れなどを訴えて、Z医師の診察を受け、同年2月2日、Z医師がXの右手を切開したところ、本件手術の際に総掌側指神経を断裂していたことがわかり、神経の剥離と縫合手術を行った(以下、本件再手術という)。

その後Xは、他院であるN病院で多数回の診察を受け、入院し、神経切除術を受けたり、星状神経節ブロック等の治療を受け、平成11年10月13日にN病院を退院した。

Xには複合性局所疼痛症候群(CRPS)タイプIIの発症、悪化による神経障害が生じた。

(損害賠償請求額)

患者の請求額1億2200万円
(内訳:治療費191万9440円+交通費、入院・包帯等雑費140万7720円+将来の治療費等1600万円+休業損害2076万1000円+傷害慰謝料284万円+後遺症慰謝料1574万円+後遺症による逸失利益4693万4399円+弁護士費用1639万7441円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容した額4266万6257円
(内訳:治療費128万3352円+交通費、入院・包帯等雑費85万7936円+将来の治療費、通院交通費899万7718円+休業損害72万3133円+傷害慰謝料157万5000円+後遺症慰謝料735万7000円+後遺症による逸失利益1807万2118円+弁護士費用380万円)

(裁判所の判断)

医師に、説明義務違反があるか

裁判所は、医師が患者に対し、手術のような医的侵襲を行うに際しては、原則的に患者の承諾を得る前提として病状、治療方法、当該治療方法に伴う危険性(合併症の危険性を含む。)等について、当時の医療水準に照らし相当と認められる事情を説明すべきであり、そのような説明を欠いたために患者に不利益な結果を生ぜしめたときは、医療契約上の債務不履行又は不法行為等の法的責任を免れないと解される。もっとも、その説明の程度、方法については、具体的な病状、治療方法の性質・緊急性・必要性、治療方法に伴う危険の重大性、危険の発生率等を総合的に考慮して判断すべきであると判示しました。

そして、本件では、XはK病院から手根管症候群に対する鏡視下手術を希望する患者としてY病院に紹介されており、Z医師はその希望を前提に治療にあたったこと、Z医師はXに対し、約5ヶ月の間をおいて2度にわたって、鏡視下手術には合併症として腱、神経及び血管の損傷がある説明し、Xは数週間をおいた後に手術の実施を承諾したのであり、質問する機会があったこと、CRPSタイプIIは生命侵害やそれに準ずるほどの重大な身体障害が発生する疾患ではないこと、平成10年当時の医療水準では、鏡視下手術に起因するCRPSタイプIIの発生確率はかなり低かったと推認されることを総合考慮すると、Y病院に勤務していたZ医師がXから本件鏡視下手術の承諾を得るにあたって、同手術の際に神経を損傷する可能性があるという説明のほかに、CRPSタイプIIを含む神経因性疼痛が発生することがあること、その内容、それが発生する確率等をこと細かに説明すべきであったとまでは認めることはできないため、Z医師の説明義務違反を否定しました。

医師に、本件手術における手技上の過失があるか

裁判所は、Z医師が、本件手術において、尺側よりの総掌側指神経をフックナイフで切断したことについて、予見可能性も経過回避可能性もあったとして、Z医師には尺側寄りの総掌側指神経位置を確認せずに、同神経を切断した過失があると判示しました。

医師に、本件手術後、CRPSタイプIIの発症を看過し、適切な治療を行わなかった過失があるか

裁判所は、Z医師は、フェントラミンテスト等による確定診断前の当該時点であっても、遅くとも再手術後にZ医師が診断した段階では、XがCRPSタイプIIに罹患したか、少なくともそれを発症する可能性を予見し、できるだけ早期に同症の診断に必要なフェントラミンテスト等の検査をすると共に、CRPSタイプIIの発症ないし悪化を防止すべく、星状神経節ブロックのような麻酔科的治療の実施をし、麻酔科・ペインクリニック科へ紹介すべき注意義務を負っていたが、Z医師はこのような注意義務に違反し、1年は経過を見たいとの悠長な診断をしたのであり、過失が認められると判示しました。

損害

裁判所は、

(1)Z医師の過失(本件手術後適切な治療を行わなかった過失)がなかったとしても、Xの右手の痛み等が残存した可能性があること、

(2)Xは、Y病院の診察を受ける前から左手の痛み、両肩痛、右手上腕の痛み等を訴えているところ、N病院での治療の際には、右手の手掌部の痛みや痺れに対する治療を中心としつつも、上記の肩痛等に対する治療も一部なされていたことを考慮して、治療費、交通費、将来の治療費、通院交通費、休業損害、傷害慰謝料、後遺症慰謝料について、裁判所の算定額から3割を控除した金額を損害額として認定しました(具体的な金額は上記をご参照下さい)。

カテゴリ: 2006年10月18日
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