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No.38「ボルタレンとステロイド剤の併用投与後、患者が出血性胃潰瘍を発症し、その後死亡。県立病院担当医師に副作用についての検査義務を怠った過失を認め、県に損害賠償を命じた高裁判決」

平成11年6月10日 大阪高等裁判所判決(判例時報1706号41頁)

(争点)

  1. 医師の過失の有無
  2. 死亡原因との相当因果関係
  3. 過失相殺

(事案)

患者A(死亡当時62歳の男性)は、平成5年11月16日、K耳鼻科で咽喉頭炎と診断され、治療を受け、ステロイド剤の点滴及びボルタレン(非ステロイド系消炎鎮痛剤)5日分の投与を受けた。そして、11月17日に、K耳鼻科の紹介で、N県立N病院耳鼻咽喉科(N病院)の診療を受け、急性喉頭炎(急性喉頭蓋炎)、頸部リンパ節炎と診断され、11月17日から11月23日までの間、ステロイド剤の点滴を受け、11月20日は内服用ボルタレン2日分の投与も受けた。

Aは、11月24日、自宅で立てなくなり、救急車でN病院に搬入されたが呼吸不能になり、N県救命救急センターへと搬送され、出血性胃潰瘍、出血性ショック、DIC(汎発性血管内血液凝固症)と診断された。同日、胃の5分の4を摘出する緊急手術を受けたが、11月28日脳梗塞を併発し、12月6日、縫合不全、消化管出血等のため、残胃を全部摘出する再手術を受けるなどしたが、12月26日、多臓器不全、敗血症等により死亡した。

なお、Aは昭和50年頃、胃潰瘍の内服治療を受けたことがあるが、K耳鼻科及びN病院での問診の際、胃潰瘍の既往歴がなかったと答えていた。

(損害賠償請求額)

1審(地裁)・2審(高裁)での患者遺族請求額 5238万4357円(遺族4名合計金額)
 内訳:逸失利益1588万4357円+慰謝料3000万円+葬儀費150万円+弁護士費用500万円

(判決による請求認容額)

1審での請求認容額 0円 2審での請求認容額 3389万1705円(遺族4名合計金額。判決は遺族ごとの金額が出ているため、合計金額と内訳との端数が一致しません)
 内訳:(逸失利益1361万4634円+慰謝料2400万円+葬儀費100万円)×(0.8:患者の過失相殺2割)+弁護士費用300万円

(裁判所の判断)

医師の過失の有無

1審の奈良地方裁判所は、医師の過失を認めませんでした。しかし、2審の大阪高 裁は、「一般に、患者に対して消化性潰瘍等の重篤な副作用が発現するおそれのある薬剤を継続的に投与する場合には、原則的に許容されている投与期間を超えて投与するとか、副作用の発生の兆候がみられるような場合、副作用が発生したか否かについての十分かつ適切な検査をする義務があると解するのが相当である」との前提に立ちました。

そして、ボルタレンを咽頭蓋炎の治療に使用する場合、消化性潰瘍等の重篤な副作用が生じるおそれがあるため、原則として5日以内の使用とされているところ、ボルタレンとステロイド剤との併用は、相互にその副作用を増強させるおそれがあったうえ、60歳を超えるような高齢者は、それよりも年少の者と較べて消化性潰瘍等の副作用の発生のおそれが高いのであるから、副作用の発生に十分注意してそれらの薬剤を投与すべきであると判示しました。N病院の担当医師は、当時、62歳と高齢であったAに対し、「ボルタレンとステロイド剤を併用投与するという治療方針を立てていたのであるから、直ちに抗潰瘍剤を投与するものはもちろんのこととして、ボルタレン使用の許容期間である5日間を超えてボルタレンを使用しようとし、かつ、ボルタレンの使用の5日目である11月20日に、Aが胃の膨満感を訴えたのであるから、同日か翌日ころには、消化性潰瘍等副作用の有無について、内視鏡検査かX線検査等による十分かつ適切な検査をすべき義務があったと解するのが相当である」と認定しました。そして、N病院の担当医師が、「11月17日に血液検査をした後は、同月23日に眼球結膜の目視による貧血の検査をしたにすぎないから、時期が適当とはいえないうえ、適切な検査をしたともいえない」と判示して、担当医師が検査義務を怠ったとの判断を示しました。

死亡原因との相当因果関係

継続的にステロイド剤及び非ステロイド系消炎鎮痛剤を投与されたことにより、胃潰瘍を発症し、潰瘍からの出血のため、胃の摘出手術を施さざるをえなくなったことがAの死亡の大きな起因をなしているものと推認されるとして、N病院の担当医師の検査義務違反とAの死亡との間には、相当因果関係があると判示しました。

したがって、Aと診療契約を締結し、適切な診療行為を実施する義務を負った県は、その債務不履行に基づき、Aの死亡による損害を賠償する責任があると判断しました。

過失相殺

裁判所は、Aの胃潰瘍の既往歴が申告されていれば、K耳鼻科及びN病院における治療内容を異にし、消化性潰瘍の発生しやすい薬剤の投与を控え、あるいは減量し、早めに抗潰瘍剤を投与し、適切な検査をしたことも十分考えられるから、Aが胃潰瘍の既往歴を告げなかったことは、過失とみざるをえないと判示し、Aの過失とN病院の担当医師との過失とを対比すると、Aの過失を2割程度とみるのが相当であると判断しました。

カテゴリ: 2005年1月26日
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