東京高等裁判所平成27年3月25日判決 医療判例解説(2019年10月号)82号36頁
(争点)
看護師に採血手技上の過失があるか否か
*以下、原告(兼控訴人)を◇、被告(兼被控訴人)を△1ないし△9と表記する。
(事案)
◇(当時20歳の女性・Z大学の通信教育課程在籍)は、平成11年3月28日、民法上の組合であるY研究プロジェクトの主催した双生児の調査(本件調査)に双子の姉と参加協力して、Z大学Rキャンパス内で採血検査(本件採血)を受けた。
Y研究プロジェクトの構成員(双生児の研究を行っていた研究者)は、△2ないし△9の8名および訴外亡Bであり、△1看護師は、補助のアルバイトとして採血を実施していた。
本件調査において行われた検査の中には採血検査があり、採血は、同日午後、Rキャンパスの教室を使用して、△2医師、J医師及び△1看護師により3ヶ所で実施され、△3医師と△4医師は採血を監督していた。採血の実施中、採血の実施場所1ヶ所につきおよそ5人程度が並んでおり、3か所合計でおよそ15人程度が採血の順番を待っていた。
△1看護師は、スピッツという名称の真空採血管を使用して採血を実施していた。真空採血管を使用した採血方法は、両頭針を備えた採血ホルダーの採血針を血管に刺した後、採血ホルダーにゴム栓で密封された真空採血管を挿入し、採血ホルダーの針のもう一端に真空採血管を押しつけて採血管のゴム栓を刺通させると、減圧された採血管内に血液が流入して採血ができるというものである。
△1看護師は、◇に採血経験を尋ねた後、◇の右腕に採血針を穿刺した。△1看護師は、◇の静脈血管内に採血針が入ったことを確認し、採血針を1mmか2mm進めた後、採血ホルダーを左手に持ち替え、右手で真空採血管を刺し込んだ。△1看護師が真空採血管を挿入した際、血液の逆流が始まったものの、◇は、真空採血管が挿入されたのとほぼ同時に「痛い」という声を発した。
△1看護師は、採血針を血管に入れ、血管壁を破るような感覚があった後に、スピッツを差し込んだあたりで◇の「痛い」という声を聞き、その時、採血管に血液が逆流していたものの、採血の必要量は採れていない状態であったこととあいまって、針先が血管を突き破ったか、あるいは血管の皮膚側に戻ってしまったかのどちらかの状態となったかと考えて、針を抜いた。その後、◇の手先が動かせることを確認し、大丈夫ですかと声をかけ、◇がかなり緊張している様子だったので、自分が採血をしないほうがいいと思い、△3医師に採血を依頼した。△3医師は、◇の左腕から採血を行った。◇は、△3医師による採血の際には痛みを感じなかった。
なお、△1看護師は、右手で持っていた採血ホルダーを真空管採血時に左手に持ち替え、採血針を抜く際には採血ホルダーをまた右手に持ち替えた。
◇は、採血会場から離れ、同日予定の他の検査を終えた後、同じ被験者と共にスタッフの集まっている部屋に行き、右腕の痛みを訴えた。△3医師は◇の腕を診察し、△1看護師は、△2医師の指示を受けて、Z大学の近所にある薬局に湿布薬を買いに行った。
◇は、△3医師から△3医師の連絡先とZ大学病院の受診日(火・金)を記載したメモを渡された。△1看護師は、◇に対して、痛みが引かない場合には、Z大学病院を受診するように述べた。
◇は、採血の直後から腕の痛みを訴え、平成11年4月2日以降、一貫して右手の正中神経支配領域とされる母指から中指にかけての疼痛、しびれ等を中心にした症状を訴えていた。
平成14年3月14日、◇は「外傷による右上肢機能障害(3級)」として、身体障害程度等3級の認定を受けた。
そこで、◇は、△1看護師の採血手技上の注意義務違反により、右正中神経を損傷し、これに起因するCRPS(複合性局所疼痛症候群)TypeⅡ(カウザルギー)を発症したと主張して、△らに対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求をした。
原審(平成24年1月26日東京地裁)は、本件採血により◇の正中神経を損傷したとは認められないとして、◇の請求を棄却した。
これを不服として、◇は控訴をした。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 8861万1745円
(内訳:逸失利益5987万1745円+慰謝料2074万円+弁護士費用800万円)
(原審裁判所の認容額)
- 認容額:
- 0円
(控訴審裁判所の認容額)
- 認容額:
- 1554万1016円
(内訳:逸失利益1104万1016円+慰謝料300万円+弁護士費用150万円)
(控訴審裁判所の判断)
看護師に採血手技上の過失があるか否か
この点について、控訴審裁判所は、まず、本件採血は真空採血管を使用する方法によるものであり、採血手技を解説する文献には、採血時には針先の動きがないように採血ホルダーを固定すべきものとされており、器具の把持固定が十分で採血針の針先が動かなければ、真空採血管挿入時に被採血者が痛みを感じることないとみられるところ、◇は真空採血管挿入時に痛みを訴えていたこと、穿刺後に注射器を持ち換えることは避けた方がいい旨記載されているにもかかわらず、△1看護師は右手に持っていた採血ホルダーを真空管採血時に左手に持ち換えており、これにより採血器の把持固定が不十分となった可能性があること、さらに、真空採血管挿入時、△1看護師において、◇の痛みの訴えと必要量の採血に至らなかったことから、採血針が血管を逸脱した可能性があると考え、採血針を抜き、◇の指先の動作を確認するなどして採血を中断せざるを得ない状況であったこと等を考慮すると、△1看護師において、採血ホルダーに真空採血管を挿入した際に、誤って採血器具の把持固定が不十分な状態のまま真空採血管を挿入したため、瞬間的に不必要な力が加わり、採血針先端が採血静脈から逸脱して、さらに深部に刺入された結果、必要量の採血に至らず、その際、近くの神経に何らかの刺激又は損傷を与えて、◇が異常な痛みを感じたものと推認することができると判示しました。
次に、控訴審裁判所は、△1看護師が採血針を刺し入れた位置から、24度ないし28度の角度で採血針を進めたとすると、先端を4.52mmないし6.87mm刺入すると、採血針先端は静脈内にあり、その位置からさらに採血針先端を6.77mmから7.38mm進めると採血針先端が正中神経に接触し得ることが認められると判示して、本件採血時の針の刺入は、正中神経損傷を惹起する可能性のある外傷であると判断しました。
そして、Z大学病院における知覚検査の結果は正中神経領域に他の神経領域と異なる知覚障害を示しており、D医師及びE医師はチネル徴候を認めて正中神経領域に知覚障害ありとの所見を示していることなどからすると、正中神経領域に一致した知覚障害があるといえると判示しました。さらに、徒手筋力テストの結果によれば運動麻痺(筋力低下)の筋肉の範囲は正中神経支配域に一致している。加えて◇が真空採血管挿入時に電撃痛を訴えていたとみられる。これらを総合すると◇には正中神経損傷があったと認められると判示しました。
控訴審裁判所は、さらに、◇の症状は正中神経損傷後のCRPSに該当すると認めるのが相当であると判断しました。
そして、△1看護師は、採血に際し、採血ホルダーを固定し針先が動かないようにすべき注意義務があり、これに反して採血ホルダーの把持固定が不十分なまま真空採血管を挿入したため、採血針の先端が採血静脈を逸脱し、正中神経に損傷を与えたと認められるので、採血手技上の過失があるとしました。
以上から、控訴審裁判所は、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認めました。