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No.105「高圧浣腸のミスから人工肛門設置。閉鎖の可能性はあるが、閉鎖手術の選択は酷であるとして、後遺障害を認定。閉鎖手術を選択しなかったことは治癒可能性の機会の放棄として損害賠償額を減額した判決」

高松高等裁判所平成19年1月18日判決 判例時報1964号90頁

(争点)

  1. 症状固定の有無
  2. 損害及びその額

(事案)

患者X(平成17年当時63歳の女性)は平成14年2月6日、Y医療法人が開設するY病院にて大腸検査のため高圧浣腸を受けたところ、看護師の手技上のミスにより直腸後壁が穿孔され、医原性大腸穿孔、直腸周囲膿瘍及び穿孔腹膜炎等の症状を負った。

その後XはK医大病院に転院し、同年10月24日、同病院で低位前方切除、腸管吻合及び一次的人工肛門造設の各施術が行われ、XはK医大病院を退院した。

平成15年2月6日、XがK医大病院において注腸造影検査を受けたところ、新たに直腸肛門側断端に穿孔(第二次穿孔)及び慢性膿瘍腔が判明した。このため2月の段階での人工肛門閉鎖は時期尚早と判断され中止となった。以後も、平成16年9月30日に行われた注腸造影検査の結果によっても、この第二次穿孔による慢性膿瘍腔が完全に消失するには至っていなかったため、人工肛門閉鎖術を施術することは、医学的には時期尚早であると判断された。もっとも、第二次穿孔による慢性膿瘍腔が消失したと認められたとしても、人工肛門閉鎖術の施術を行うに当たっては、予想される高度癒着による手術の難易度が通常よりも高いことや、術後において閉鎖部の縫合不全、穿孔部のトラブルが生じる可能性があること、術後合併症の危険性に関する十分な説明を踏まえたXの同意が必要不可欠である。

そして、Xは、人工肛門の閉鎖術は可能ではあるが困難であるとの医師からの説明を受け、人工肛門閉鎖術を受けることに同意しなかった。そして、人工肛門のままで症状固定、後遺障害の残存を主張して、Y医療法人に対し、不法行為に基づく損害賠償を求める本件訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

患者側の請求額:6199万8506円
(内訳:入院雑費44万8500円+付添費179万4000円+人工肛門取替袋代72万6201円+通院費16万4453円+休業損害1425万5744円+逸失利益2036万9608円+入院慰謝料350万円+後遺障害慰謝料1574万円+弁護士費用500万円)

(判決による請求認容額)

一審の認容額:1274万2969円
(内訳:入院雑費44万8500円+人工肛門取替袋代12万5956円+付添費90万6000円+通院費5万3240円+休業損害655万9273円+入院慰謝料350万円+弁護士費用115万円)

控訴審(高裁)の認容額:2928万9511円
(内訳:入院雑費44万8500円+人工肛門取替袋代66万5931円+付添費90万6000円+通院費16万4453円+休業損害615万1066円+入通院慰謝料350万円+治癒の可能性の機会の放棄による減額後の逸失利益・後遺障害慰謝料合計1479万3561円+弁護士費用266万円)

治癒の可能性の機会の放棄による減額後の逸失利益・後遺障害慰謝料合計:1479万3561円
(内訳:(後遺障害逸失利益999万1951円+後遺障害慰謝料850万円)?(後遺障害逸失利益999万1951円+後遺障害慰謝料850万円)×20%)

(裁判所の判断)

症状固定の有無

一審の高知地方裁判所は、Xについて人工肛門閉鎖術を施術することが社会通念上不可能であると確定したとまでは認められず、Xの症状が固定しているものと認めることはできないと判断して、症状が固定していない前提での損害の限度でXの請求を認めました。

これに対し、控訴審の高松高等裁判所は、まず、不法行為により傷害を負った被害者が、その傷害の症状が固定して後遺障害が残存し、これにより労働能力の全部または一部を喪失したとして、これによる逸失利益や慰謝料の支払いを求める場合において、被害者に後遺障害が残存したと認められるためには、その前提として当該傷害の症状が固定したと認められることが必要であるとした上で、この「症状固定」とは、労働省労働基準局監修「労働保障傷害認定必携」によれば「傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても、その効果が期待し得ない状態であって、かつ残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達したとき」のことをいうものと解されていると判示しました。

そして、本件において、K医大病院の医師が診断書を作成した平成17年7月27日の時点ではXに生じた穿孔による慢性膿瘍腔が完全に消失していると医学的に認められるか否かに関わらず、Xが人工肛門閉鎖術の施術を受けることに同意することはもはや期待できず、Xに同施術を受けることを強いることは、医学的にみても法的にみても酷であると評価することが出来るから、同時点をもって、「傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても、その効果が期待し得ない状態であって、かつ残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達したとき」にあたり、症状固定したものと認定しました。

損害及びその額

裁判所は、損害額の算定にあたり、Xが人工肛門閉鎖術の施術を希望しなかった点について、人工肛門閉鎖術の施術を受けることを強いることが医学的にも法的にも酷であるとはいえ、Xに生じた穿孔による慢性膿瘍腔が完全に消失し、かつ、危険を伴う人工肛門閉鎖術が安全、円滑に施術されれば、Xは、自己の肛門で自然排便が出来、快適な生活を送ることが出来る可能性があるのであって、その意味において、人工肛門閉鎖術の施術を希望しないとしたXの態度は、様々な利害得失を検討した結果であるとはいえ、自ら手術を受け治癒する機会を放棄したものと評価することができると判示しました。 そして損害の公平妥当な分配という見地からみると、このような治癒する可能性の機会の放棄を全く斟酌することなく加害者に損害の全部を賠償させるのは、公平を失することとなり、相当でないとして、Xの被った損害賠償額を認定するに当たっては、損害の公平妥当な分配の見地から、民法722条の過失相殺の法理を類推適用して、Xの上記のような態度を斟酌するのが相当であると判示しました。 その上で、本件医療事故により被ったXの損害のうち、人工肛門閉鎖術の施術を受けない(増設された一時的人工肛門のままの)状態で、控訴人に後遺障害があると認められる場合の後遺障害逸失利益及び後遺障害慰謝料の額から、20%の限度で減額するのが相当である、と判断しました。

カテゴリ: 2007年10月12日
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