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No.529「エコーガイド下マンモトーム生検の局所麻酔を受けた後に気胸を発症。医師に麻酔針を漫然と胸腔内に進行させた手技上の注意義務違反を認めた高裁判決」

東京高等裁判所平成28年12月19日判決 医療判例解説(2017年6月号)68号79頁

(争点)

手技上の注意義務違反があったか否か

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(昭和43年生まれの女性・ピアノ講師及びピアニスト)は、平成23年1月19日、Wクリニックの診療情報提供書を持参して、学校法人である△の開設する△大学医学部附属△病院(以下「△病院」という。)の乳腺内分泌外科を受診し、A医師(昭和59年に医師免許を取得し、乳腺外科において約15年の経験を有する)による診察を受けた。同日の超音波検査では、左乳房に腫瘤を認め、左乳頭からの透明な分泌物について細胞診検査を行うこととし、マンモグラフィー検査も行われた。A医師は◇に対し、翌20日の受診時に、超音波検査において左側AC領域に嚢胞が認められたこと、マンモグラフィー検査において良性石灰化の所見が認められたことなどを説明し、同年2月3日の受診時には、細胞診検査の結果、分泌物についてはクラスⅡ(異型細胞はあるが、悪性所見は認められない)と判定されたことなどを説明した上、超音波検査の結果は左嚢胞と考えられ、積極的に悪性を疑わせる所見がなかったことから、約6ヶ月後に経過観察をする方針とした。

◇は、同年10月5日、△病院を再び受診し、超音波検査及びマンモグラフィー検査を受けた。A医師は◇に対し、同月12日の受診時に、超音波検査の結果、両側嚢胞を認めたこと、左側C領域にある約5mmの腫瘤については経過観察とすること、マンモグラフィー検査の結果、良性石灰化の所見が認められたことなどを説明し、左乳腺のE領域、C領域の2カ所の穿刺吸引細胞診検査を行った。細胞診検査の結果、E領域のものについては、クラスⅡ(異型細胞はあるが、悪性所見は認められない)、C領域のものについては、細胞成分をほとんど認めず、不十分な検体であると判定され、A医師は◇に対し、同月19日の受診時に、この検査結果について説明した上、再び経過観察とした。

◇は、平成24年3月7日、△病院を再び受診した。同日のA医師による診察の結果では、著明な変化はなかったが、同年4月4日、超音波検査の結果、左側A領域に嚢胞集簇を認め、非浸潤性乳管がんが否定できず、左側C領域の腫瘤はやや拡大傾向と考えられたため、さらに乳腺MRI検査を受けることとなった。同月25日の同検査の結果、両乳腺には、点状造影効果が散在するものの、積極的に悪性を示唆する所見は認められないとされ、A医師は◇に対し、同年5月9日の受診時にこの検査結果について説明した上、再び経過観察とした。

◇は、同年10月17日、△病院を再び受診し、超音波検査及びマンモグラフィー検査を受けた。マンモグラフィー検査の結果では良性石灰化の所見が認められたが、超音波検査の結果では左側C領域に腫瘤が認められ、これは辺縁が不整で良性とは判断し難い所見であったため、A医師は◇に対し、同月19日の受診時に、一度マンモトーム生検を行って腫瘤の性質をはっきり診断した方が良い旨説明し、マンモトーム生検を実施することを勧めた。

A医師は◇に対し、「治療に関する説明・同意書」と題する書面を用いて、エコーガイド下マンモトーム生検の目的や方法を説明したほか、生じ得る合併症として、発生頻度の比較的高い出血や皮下血種については説明した。この書面には「予想される不利益」として、気胸についての言及はなく、またA医師も気胸が発生する可能性については説明しなかった。

◇は、エコーガイド下マンモトーム生検を受けることに決め、同年10月30日に実施する予定となった。

平成24年10月30日、午後2時ごろから、B医師(平成22年4月に2年間の臨床研修医を経て△病院乳腺内分泌外科に入局した医師であり、その後半年間の他院出張を経て平成24年4月1日から△病院乳腺内分泌外科に勤務していた)が本件マンモトーム生検を担当した。

B医師は、診療録及び超音波検査でマンモトーム生検の対象となる◇の左胸の腫瘤の位置を確認した上で、まず、手技を行う部位全体を消毒し、23ゲージ(直径約0.6mm)の太さの針を用いて、皮膚表面にキシロカインで麻酔を行った。次に、局所(深部)麻酔を行うため、23ゲージのカテラン針(長さ6cm)を用い、◇の左乳房に超音波診断装置のプローベを当てながら、プローベの約2cm外側から皮膚に対し概ね30度の角度で3cmから4cm程度カテラン針を刺入した。◇の腫瘤は筋層直上の比較的深い位置にあり、また◇の筋層は比較的薄めで、腫瘤の胸膜側から胸腔までの距離は概ね5mm程度であった。

B医師は、超音波画像で針先を確認しながら、乳腺の筋層直上にあるレトロマンマリースペースを目指し、麻酔薬であるキシロカインを散布しながら、針先を進行させていたところ、◇は複数回咳き込んだ。診療録には、「乳腺内にEあり(注:キシロカインのエピネフィリン入りのものという意味である。) 5mL注入後より咳(+)気分不快あり生検中止」と記載されており、B医師は、針のシリンジに血液等の逆流がないことを確認するとともに、針を抜いて、局所麻酔の手技を中止した。

原告のSpO2は室内気で100%であり、血圧は150mmHg台と高かったものの、その後、111/75mmHgに戻り、心拍数は86/分、呼吸音にラ音はなく、皮下気腫が生じた場合に生じる頸部皮膚圧雪感も認めなかった。B医師及び上級医らは、◇に対し、点滴を行いながら安静にさせて経過観察をするとともに、気胸が生じた可能性も考えて胸部X線検査を行ったが、同検査の結果では、肺野は清であり、気胸や心胸郭比拡大の所見は認められず、皮下気腫や縦隔気腫の所見もなかった。

その後、A医師も◇の診療に加わり、細い針の穿刺により肺が傷ついた場合には少し後になってから気胸が現れる場合もあることから、再度胸部X線検査が行われたが、明らかな異常所見は認められなかった。

当時の経過及び症状について、◇は、まず喉に麻酔薬が上がってきたような味がし、咳き込んだところ、喉全体に麻酔薬が広がり、麻痺したように感じられた旨供述した。A医師は、咳との先後は明示されていなかったが、◇から麻酔開始後、喉に麻酔がかかったような感じ(違和感)があった旨の訴えがあったとし、当日の診療録にもこの点に係る記載があった。

A医師は、肋間神経痛の可能性や麻酔薬による影響も考えたが、胸部X線検査の結果、明らかな異常が認められなかったこと、また◇の状態が落ち着いたことから、◇はこの日は自宅に帰宅することとなった。

◇は、帰宅後も胸部痛や胸の息苦しさがあり、同年10月31日の夕方、胸部痛を訴えて△病院に電話をかけ、その後、△病院の救急外来を受診した。救急外来においては、A医師が◇の診察を担当し、胸部X線検査を行ったところ、◇の左肺に気胸の所見が認められたため、△病院の呼吸外科に診察を依頼することとなった。

◇は、胸部単純CT検査の結果でも左肺気胸と診断され、△病院の呼吸器外科において、ソラシックエッグ(簡易型胸腔ドレナージキット)を留置し、胸腔内ドレナージの治療を受けたが、約350mL脱気したところで疼痛を訴えた。この時点で◇の肺の脱気は完了していなかったものの、肺の拡張は良好であり、無気肺も改善したため、経過観察した上で、帰宅することとなった。

同年11月1日、◇は、△病院の呼吸器外科を受診し、ソラシックエッグの挿入部及び鎖骨下部の痛みを訴えた。診察の結果、◇の肺は完全拡張を得られており、空気漏れも見られなかった。◇は呼吸器外科の医師に対し、同月3日及び4日にピアノの演奏会があること、同月2日にも準備があり、ソラシックエッグのドレーンが演奏の支障となることなどを訴え、ソラシックエッグのバックの抜去を希望した。呼吸器外科の医師は、◇に対し、再虚脱の可能性があることを説明した上、◇に留置されていたソラシックエッグ及びドレーンを抜去した。

同年11月5日、◇は、再び△病院の呼吸器外科を受診し、胸部X線検査を受けたところ、肺は完全拡張の所見が得られたことから、呼吸器外科における気胸に対する治療は終了となった。

そこで、◇は、エコーガイド下マンモトーム生検の局所麻酔を受けた後に気胸が生じたのは局所麻酔によるものであり、△病院の医師には麻酔針を漫然と胸腔内に進行させた手技上の注意義務違反ないし過失があると主張して、債務不履行又は不法行為(使用責任)に基づき、損害賠償請求をした。

原審(東京地方裁判所平成28年5月25日判決)は、△病院のB医師には、針先の十分な確認を怠り、あるいは超音波画像の評価を誤って麻酔針を進入させた手技上の注意義務違反ないし過失があったと認め、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償責任を一部認めた。

これを不服として、△が控訴提起し、◇が附帯控訴を提起した。

(損害賠償請求)

原審及び控訴審での請求額:
220万6170円
(ただし、訴えの提起後に220万5114円に減額訂正)
(減額後の内訳:治療費3170円+通院交通費1944円+入通院慰謝料200万円+弁護士費用20万円)

(原審及び控訴審裁判所の認容額)

原審及び控訴審の認容額:
33万5114円
(内訳:治療費3170円+通院交通費1944円+慰謝料30万円+弁護士費用3万円)

(裁判所の判断)

手技上の注意義務違反があったか否か

控訴審において、△は、原審がエコーガイド下の限界について、特に考慮することなく、(1)エコーガイド下マンモトーム生検において、麻酔針の胸腔内への貫通によって、気胸を生じ得る例が極めて稀であること、(2)気胸発症のリスクやその回避のための措置の有効性等について的確に言及した文献が見当たらないことなどを根拠にして、突発的な体動の発生や超音波による描出が特に困難な事情等特段の事情があれば別論、通常の注意義務を尽くすことによって胸腔内への貫通を防止し得ることが通常であるなどと結論付けているが、これは、エコーガイド下の手技であれば、気胸等の合併症・偶発症を完全に回避できるという結論の先取りをしているにすぎないし、本来、エコーガイド下の手技の限界について示されている事実を用いて、逆に注意義務を尽くすことによって、胸腔内への貫通を防止し得るという結論に結び付けており、判断を誤っているなどと主張するとしました。

控訴審裁判所は、しかし、上記(1)、(2)の事実は、医師が通常の注意義務を尽くせば、胸腔内への貫通を防止し、気胸の発症を防ぎ得るものであることと正に整合するものであって、原審の判断は相当であるとしました。

控訴審裁判所は、また、B医師が注意義務を尽くしていたかについて、同医師の証言を検討すると、同医師は、本件のエコーガイド下マンモトーム生検の局所麻酔の手技中、針先を確認するため、手元で針を回転したり、針を浅いところまで引き、プローベ等と平行になるように刺入するという手技を行っていたと証言し、また、麻酔液の注入を始めたとき、針の先端は見えていた、超音波画像で針先の位置を確認したと証言する一方、針の先端は常に描出できるものではなく、針の先端と捉えたものが実際の先端ではない可能性を否定できないとも証言していると指摘しました。

そして、A医師が、一般的に、超音波画像において針先が見えにくい場合には、麻酔針を角度を変えて入れ直すような手技をとることが多いと具体的に証言していることとの対比において、B医師の証言及び陳述書を検討しても、本件において、同医師が麻酔液の注入を始めたときに針先の位置を認識した根拠について、たとえば、先端の形状(針の断面部分)が明確に見えていたのか、針を回転したことによって、先端が判明したのか、刺入されていない部分の針の長さや刺入の角度から予測できる位置と超音波画像上に確認できる位置とに齟齬はないと判断できたのか、超音波画像上に麻酔液の形状が現れたことが確認できたのかなどについて、十分な具体的説明はされていないといわざるを得ないとしました。

裁判所は、したがって、B医師について、通常の手技上の注意義務を尽くせば、胸腔内への貫通を防止し得ることを前提として、針先の十分な確認を怠り、あるいは超音波画像の評価を誤って麻酔針を侵入させた手技上の注意義務違反ないし過失があったものと推認せざるを得ないとした原審の判断に不当な点はないとしました。

以上から、控訴裁判所は、上記(原審及び控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認めました。

カテゴリ: 2025年6月10日
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