医療判決紹介:最新記事

No.528「脊椎麻痺の原因解明のため針生検を実施。針生検に先立つ局所麻酔の際、医師が麻酔針で患者の脊髄神経を損傷した結果患者の筋力・知覚麻痺の増悪と自力排尿不能をもたらしたと推認して病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

東京地方裁判所平成6年2月28日判決 判例タイムズ849号225頁

(争点)

針生検を行う際の医師の注意義務違反と患者に生じた結果と因果関係

*以下、原告を◇ないし◇、被告を△及び△と表記する。

(事案)

(夫と2人の子を持つ女性)は、かねてから糖尿病を患っていたが、昭和61年8月4日、糖尿病のコントロールのためにJ病院に入院した。

同月5日、胸椎の11番の骨が破壊されているようなレントゲン結果が出、同月15日に胸腔穿刺により胸水が異常に溜まっていることが認められたこと等から、糖尿病に癌性の胸膜炎または菌による胸膜炎が合併していることが疑われた。

同年9月1日ころから足の動きが悪くなり、同月3日には、胸髄の10番(へその高さ)より下の部分が完全に動かず、痛覚は消失、触覚も正常の2、3割程度となった。

そこで、緊急手術のため、J病院のN医師が、同日夕方、◇を国家公務員等共済組合連合会である△が経営し、脊椎治療で名の通った病院(以下「△病院」という。)に転院させた。

△病院の△医師がただちに◇に対しレントゲン検査及び脊椎造影、CT検査を施行したところ、第10、11胸椎が破壊されその間の椎間板が消失し脊髄が強く圧迫されていた。△医師は、悪性腫瘍の脊柱転移による脊椎麻痺を疑い、検査後引き続き第10・11胸椎椎弓切除術と第7胸椎第2腰椎間ハリントン固定術(圧迫されている部位の椎弓を取り除いて、脊髄を圧迫から開放し、金属の支柱を固定する手術)を行った。このとき、脊髄や腫瘍性の組織を採取し、病理組織検査のために提出した。

手術後、◇の両下肢の筋力は徐々に改善し、手術時には反応がほとんどゼロであったものが同月18日には右足はほとんどすべての筋肉が正常を10とした場合の1または2となり、左足も1プラスの筋力があるものが幾つか見られ、同月25日に右足の一部は3(重力に抗して動く状態)まで回復した。同月27日には筋力が低下したが、その後改善し、同年10月2日には右足の多くの筋肉が3の筋力を示し、左足も一部が3を示すまでになった。

また、◇の知覚は、両方の足首より上の部分の触覚については同年9月6日には正常を10とした場合の5または4となったが、痛覚については両下肢の前面が同月11日に1となったにとどまる。左右の機能を比べると、筋力・知覚とも右の方が左よりわずかに勝っていた。◇自身は同月18日に知覚の改善を自覚している。

膀胱機能については、転院時から自尿はあったが、手術後自然排尿量は増大し、毎日5、6回の自然排尿となり、24時間尿量も安定して正常に近くなった。

病理組織検査の結果化膿性脊椎炎の可能性が高いとされ、また泌尿器科医の腎臓検査でも癌としての明瞭な所見はないとされた。しかし、病理医は腎癌を疑っており、それまでの経過からしても腎癌の可能性は払拭しえなかったことから、より正確な検査をするため針生検をすることとなった。

医師は、同年10月3日、◇に対し局所麻酔をしたうえ針生検を行った。一般に針生検はすべての動作をX線透視下で行うが、局所麻酔は生検手技に先立って行われるので、X線透視をせずに行われることがあり、また、局所麻酔針は直径1ミリメートル以下と細いため、Ⅹ線透視をしても尖端の位置を確認しにくい。本件では、局所麻酔針も生検針も背中の中心から5ないし6センチメートル脇へそれた外側の皮膚から約45度の角度で針先を背中の中心方向に向け挿入された。この位置から針を挿入すると、通常は脊髄神経は椎弓(脊椎の後部)に囲まれているため、これに阻まれ、針が脊椎神経に到達することはできないが、本件では緊急手術によりこの脊弓が切除されていた。代わりに太さ6.4ミリメートルのハリントンロッド(金属棒) 2本が設置されていたが、その位置は椎弓のあった位置より少し背面寄りで脊椎骨との間に隙間があるため、刺入角度を小さくすると、針がこの隙間を通って脊髄神経に達する可能性がある。かといって、刺入角度を大きく取ると、肺などを傷つけ致命傷を負うこともある。麻酔針を刺したとき、◇は電気が走ったようなショックを受け、△医師に声を出して訴えたが、△医師は肋間神経を針が刺激したものと判断して、針先の位置を僅かに変えて続行し、引き続いて同じ所から生検針を刺して、椎間板正中近くの組織を採取した。

組織培養の結果、◇は黄色ブドウ球菌による化膿性脊椎炎であったことが判明した。

針生検後、翌日の診断で両下肢が完全対麻痺、5日後の同月8日も左右の腸腰筋が1 (筋肉の筋が動くのが見える程度)であるほかは測定した筋肉すべて0、その後も同月11日、13日、14日、 20日、同年11月1日、7日と腸腰筋以下運動機能ゼロの状態が続き、同年12月15日には両足拇趾屈曲がわずかにできるようになったが、同月26日に再び動かなくなり、昭和62年1月9日、同月22日と動いておらず、同日は左第5指がピクピク動く、他は筋力すべて0、同年2月25日にも下肢運動はない。同年4月8日に大腿四頭筋、腸腰筋、大腿内が1ないし1プラスになり、同月24日にはほとんどの筋が1となったが、針生検前と比べると明らかに回復が遅かった。同年6月9日に左の膝立てが5センチ可能になり、同年7月9日に左足を伸ばして3ないし5センチ挙げることが4、5回できるようになった。しかし、同年11月18日、昭和63年1月7日とそれ以上の改善はなかった。

昭和63年7月16日に左膝を自力で30センチ挙げられるようになり、同年9月20日ころから左の長母趾伸筋が3マイナスになるなど、左下肢の筋力の回復傾向が見られたが、同年11月12日の退院時には左の腸腰筋が3マイナスであるほかはほとんど0や1であった。左右の比較は針生検前とは逆に右側の麻痺が強くなっている。

知覚は、痛覚・触覚とも昭和61年10月8日の時点で比較すると、針生検前どころか緊急手術直前よりもその脱失の上限が上昇し、同年同月22日右下肢については回復が見られるものの、左はなお知覚脱失の状態にあり、同年12月5日の時点でも右下肢の触覚には8の数字も見られるが、左は依然すべて0、同年8月22日になって、ようやく左下腿外側と足底の一部に1の知覚が出たが、再び悪化し、昭和63年11月12日(退院日)の大腿以下の下肢前面の触覚は左右とも0であった。

膀胱機能については、生検後完全な尿閉となり、生検の行われた昭和61年10月3日から△病院を退院した昭和63年11月12日までカテーテルが外されることはなかった。

そこで、◇とその夫(◇)及びその子ら(◇及び◇)は、医師が麻酔注射の注射針や生検針を椎間に挿入するにあたっては、これらの針によって脊髄神経を損傷することがないように慎重に挿入部位を選定すべきところ、△医師は、この注意を怠り安易に麻酔針または生検針を椎間に挿入し、麻酔針または生検針によって◇の脊髄神経を損傷した結果、◇の両下肢が麻痺し尿感覚を喪失したと主張し、△らに損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
患者及び家族合計1億2350万9013円
(内訳:医療費自己負担分63万2420円+家屋等改善費27万7990円+介護料3207万4184円+休業損害3352万4419円+慰謝料(患者及び家族合計)5000万円+弁護士費用700万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
613万2420円
(内訳:医療費自己負担分63万2420円+慰謝料500万円+弁護士費用50万円)

(裁判所の判断)

針生検を行う際の医師の注意義務違反と患者に生じた結果との因果関係

この点について、裁判所は、針生検後の◇の容態は不連続に悪化しているというべきであるとしました。そして、針生検を境として脊髄症状を悪化させる他の要因の存在を示す確証がなく、かえって、△医師作成の退院連絡表中には、「局麻にてspinal pct!!以後Paraplegia.」「spinal pctについては○-本人いくらか気づいている」との記載があり、この記述は、△医師の尋問の結果からすると脊髄穿刺(spinal pct)をして以後完全対麻痺(Paraplegia)になり、脊椎穿刺については◇本人に話していない(○-)がいくらか気づいている、との趣旨であると解されること(なお、△医師はこれについて、針生検を実施することを◇の家族に話していないが◇は△医師が話さなかったことに気づいているという意味であった、と述べるが、△医師は、本人尋問の際、◇には一週間程前には針生検をすることを告げたと陳述しており、家族に告げていないことをことさら退院連絡表に記載することは不自然である。)を併せ考えると、△医師が針生検に先立つ局所麻酔の際に麻酔針で◇の脊髄神経を損傷し、それが筋力・知覚麻痺の増悪と自力排尿不能をもたらしたと推認するのが相当であると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2025年6月10日
ページの先頭へ