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No.244「経皮的血管形成術(PTA)及びステント留置術を受けた急性動脈閉塞症の患者が、術後、急性胃粘膜病変等に罹患し出血性ショックにより死亡。医師にはPTA及びステント留置術を失敗した時点で血管外科のある県立病院等への転医義務違反があったとされた地裁判決」

岐阜地方裁判所 平成18年3月30日判決 判例時報1961号121頁

(争点)

  1. PTA及びステント留置術後の転医義務の有無
  2. Y2医師の過失とAの死亡との因果関係

 

(事案)

患者A(死亡当時62歳の男性・鉄工所でのアルバイトと農業を兼業)は、糖尿病及び高血圧のため、平成10年頃からY1県農業協同組合連合会が経営するY病院に通院していた。

平成12年1月6日、患者Aは、糖尿病及び高血圧の定期の外来診察を受けた。その際Aは同病院に勤務する内科の医師であるY2医師に対し、平成11年12月15日にめまい、冷や汗、息苦しさ、胸痛等の自覚症状があったことを訴えた。

そこで、Y2医師は、Aに対し、心電図および心エコー検査を行ったところ、心臓左心室下壁の動きが悪いことなどが認められたことから心筋梗塞と診断し、心臓カテーテル検査を行うことにした。

Aは、平成12年1月11日、心臓カテーテル検査のためY病院に入院したが、この時点では、Aには下肢血管の血行障害はなく、また、疼痛や歩行障害等の症状もなかった。

翌12日、Y2医師は、Aに対し、右下肢(鼠径部)から穿刺し、心臓カテーテル検査を行った。

同月13日、Aは下肢痛を訴えた。Aは、翌14日、右下肢の疼痛及び冷感が上昇した旨訴え、右鼠径部、右膝窩動脈及び右足背動脈に脈拍不良(微弱ないし欠如)の症状がみられたので、Y2医師は、カテーテル操作や止血後の処置により急性動脈閉塞症が発症した可能性があると考え、その旨をA及び家族に伝え、プロスタグランジン(血小板凝集能力抑制剤・血管拡張剤)の点滴投与による治療を行うことにした。Y2医師は、病状が緩除に進行していることや、症状が重篤ではなかったことから、まず血行改善を期待してプロスタグランジンを投与し、その後血行が回復しなければ経静脈的デジタル動脈造影(IVDSA)を行い、閉塞していれば経皮的血管形成術(PTA)を行うことにした。

Y2医師は、同月17日、Aを診察したところ、安静時は右下肢に異常はみられないが、歩行時の疼痛はプロスタグランジンの投与によりやや減少はしたものの消失しないとのことであった。また右鼠径部の脈拍は欠如し、チアノーゼ症状もみられるようになった。

そこでY2医師は、Aに対し、IVDSAを行ったところ、右外腸骨動脈の造影不良が認められ、その部位の手前から閉塞しており、心臓カテーテル検査を行う前には存在していなかった血栓が生じ、血行障害が発生していることが強く疑われた。Y2医師は、Aの冠動脈病変が重症のため、外科的手術は危険が高く、PTAの方が相当であると考えた。

なお、Y病院には、本件当時、血管外科はなかったが、県立T病院とK市民病院がバックアップをすることができるような体制が取られていた。

同月19日、Y2医師は、Aに対し、右外腸骨動脈に生じた血栓を除去するために、PTAを行った。

具体的には、同日午後1時35分にAの左鼠径部に局所麻酔を行い、同日午後1時40分に左鼠径部から穿刺し、同日午後1時50分にカテーテルを挿入した。同日午後3時37分ころから同4時46分ころまで、バルーンの拡張を17回試みたが、血栓がスリップして十分な拡張が得られなかった。

そこで、Y2医師は、同日午後5時ころ、血流を確保するために、ステント留置術(ステントという器具を閉じた状態で病変部まで運び、拡張させて固定、留置することにより血行を確保する施術である)を行うことを決定し、ステントを血管内に挿入し、狭窄部位に搬送しようとしたが、途中、大動脈から左右の総腸骨動脈が分岐するあたりで、血管壁にひっかかり、ステントを搬送することができなくなった。Y2医師は、同日午後7時過ぎくらいにバスケット鉗子及び8フレンチシースを用いて回収を試み、バスケット鉗子でステントをつかむことはできたが、シース内に引き込むことができなかった。結局、Y2医師は、同日午後8時過ぎころ、皮膚切開を行うことを決定し、外科のT医師及びB医師を呼び、両医師は、同日午後9時50分に皮膚切開を行い、同日午後10時44分にバスケット鉗子でステントをつかみ、シースごと引き抜いてステントを回収した。

上記施術中、Y2医師は、Aにペンタジン(中枢性鎮痛剤)、ホリゾン(トランキライザー)、ウロキナーゼ(血栓溶解剤)、ヘパリン(血液凝固阻止剤)、プロスタグランジン、ボルタレン(NSAID・鎮痛消炎剤)を投与した。またY2医師は、施術中、Aに対し、PTAで十分な拡張が得られずステント留置術を行うこと、ステントを搬送できなくなったこと、ステントが抜けなくなったこと、外科的に腹部を切開してステントを取り出すが、不可能な場合には転医が必要になる可能性があることを説明した。

術後もAにはヘパリン、プロスタグランジン、ボルタレンなどが継続的に投与された。

Aは同年1月28日、急性胃粘膜病変(AGML)及び十二指腸潰瘍から出血し、出血性ショックにより死亡した。

そこで、Aの長女であるXがY1及びY2に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償請求をした。(なお、次女は病院側の補助参加人となっている)

Xと次女との間では、平成12年の遺産分割協議書で、本件損害賠償請求権はXが相続することとされており、上記遺産分割協議書の効力について紛争となっていたが、平成17年に、本件損害賠償請求権について、10分の2を次女が、10分の8をXがそれぞれ取得する旨の遺産分割協議が成立した。

 

(損害賠償請求)

患者遺族(長女)の請求額:計6230万6865円
(内訳:逸失利益2044万2605円+慰謝料合計3500万円(患者固有の慰謝料3000万円+長女固有の慰謝料500万円)+葬儀費用120万円+弁護士費用566万4260円)

 

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計4065万3448円
(内訳:(逸失利益2044万1810円+患者固有の慰謝料2200万円の合計額のうち長女の相続分(10分の8)にあたる3395万3448円)+長女固有の慰謝料200万円+葬儀費用120万円+弁護士費用350万円)

 

(裁判所の判断)

PTA及びステント留置術後の転医義務の有無

この点について、裁判所は、診療経過及び医学的知見並びに証拠によれば、本件では、Aの急性動脈閉塞症は緩徐に進行していたとはいえ、発生してから既にかなりの時間が経過していること、当初内科的治療を選択したが、良好な結果が得られず、PTA及びステント留置術の施行を決めたが、失敗に終わったもので、失敗した時点では、罹患と反対側のPTAアプローチ側も脈が触れなくなっており、反対側も血管損傷や血管閉塞が考えられる状況になっていて、これ以上内科的に積極的にできることは何もない状況であったことが認められ、以上からすると、Aの動脈閉塞症に対しては、外科的処置をとることが必要であり、そのため、Y2医師は、できるだけ早く血管外科のある県立T病院等にAを転医させるべき義務があったと判断しました。裁判所は、しかるに、Y2医師は、これを怠り、漫然と内科的処置を施すに止めたもので、Y2医師には、この点について過失が認められるとしました。

Y2医師の過失とAの死亡との因果関係

この点について、裁判所は、診療経過と証拠に照らし、Aは、PTA及びステント留置術を受けるまで、強いストレスにさらされ、かつ抗凝固剤及び抗血小板剤の継続的投与を受けていたところ、PTA及びステント留置術が失敗した後も、Y2医師が漫然と内科的処置を施すに止まったため、Aはさらに、強いストレスを受け、かつボルタレン(消化管潰瘍による出血という副作用がある)の継続的投与を受け、これらによって急性胃粘膜病変及び十二指腸潰瘍に罹患し、これらから出血し、継続的に投与された抗凝固剤及び抗血小板剤によって上記出血が助長された結果、出血によるショック症状に陥り死亡したものと認められると判示して、Y2医師の上記行為とAの死亡との間には因果関係があると判断しました。

以上から、裁判所は、上記「裁判所の認容額」の範囲で、X(Aの長女)の請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2013年8月 9日
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