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No.264「左眼窩内腫瘍摘出手術で国立病院医師が患者の視神経を切断し、患者の左眼が失明。視神経切断につき手術適応を否定して医師の過失を認め、医師の説明義務違反も認めた地裁判決」

大阪地方裁判所 平成13年9月28日判決 判例タイムズ1095号197頁

(争点)

  1. 本件手術の適応の存否(本件手術を開始したことについての過失の有無)
  2. 視神経切断の適応の存否(視神経を切断したことについての過失の有無)
  3. 説明義務違反

 

(事案)

患者A(手術当時56歳の女性)は平成6年1月13日、右眼の半盲、左半身のしびれを訴えて、国立Y病院(以下Y病院)の総合内科を受診し、同年1月18日から同年2月15日まで、一過性虚血発作の精査目的で同科に入院した。その後、Aは再びめまいの症状を訴えてY病院で診察をうけ、Y病院から紹介された他院において平成6年5月18日、MRI検査を行い、そのMRIフィルムのコピーをY病院に持参したところ、MRI所見では異常がないと説明された。

Aは、平成9年4月10日からH市立中央病院の眼科に通院していたが、頭部CT及びMRI検査の結果、同月21日左眼窩内腫瘍の存在を指摘された。

そこで、3年前の脳虚血発作の診断の際の検査結果との比較が可能であるとして、同病院からY病院を紹介された。その際の診療情報提供書には、傷病名として、「左眼窩内腫瘍(血管腫疑い)と記載された上、4月1日の頭部CT及び同月16日の頭部MRIで左眼窩内、視神経直下に径1センチメートル程度の腫瘍が発見され、血管腫が疑われていること、また、以前にY病院で検査したときの頭部CTと比較して急速に大きくなっている場合には、手術を行うことも考慮しなければならないかと考えられる旨が指摘されていた。

Aは、4月22日、Y病院の眼科を受診した。眼科的には著変を認めないという理由で、眼科から脳神経外科を紹介され、その後、5月1日から7月16日までの間、左眼窩内腫瘍の病名でY病院の脳神経外科に入院した(主治医はK医師)。なお、4月22日、脳神経外科部長のM医師は、手術を行う旨を眼科に対して回答していた。また、この時点では、平成6年のY病院で施行されたCT及びMRIのフィルムの所在は不明であった。

5月6日、MRI検査が施行され、占拠物が左眼球後部の眼窩のほぼ中央に位置して視神経を上方に圧排していることが判明したが、MRI検査では海綿状血管腫、血管腫、リンパ腫、肉腫、癌腫などが挙げられ、その画像によりいずれかを判断することは難しいとの検査所見が出た。

5月8日、脳血管造影が施行され、この占拠物が低血管性腫瘍との検査所見が出た。また、同日、M医師らによって脳神経外科の画像診断カンファレンスが開かれ、そこでAの症状について検討されたが、確定診断は手術による組織診断しかなく、腫瘍の種類を特定するのは困難であるとの結論が出た。

5月9日、CT検査が施行され、視神経直下に腫瘍があるが、MRI検査の場合と同様に、その画像によりその腫瘍の性質を判断することは困難であるとの検査所見が出た。そして、M医師とK医師は、これらの検査及びカンファレンスの結果から、腫瘍は良性の可能性は高いが悪性の可能性は否定できない、腫瘍の種類の特定は困難であり、確定診断は手術による組織診断しかない、視神経と腫瘍は別々に位置していると判断した。 

また、同日、平成6年当時のフィルムが所在不明のまま、M医師からA及びAの長女に手術内容等の説明がされた。この説明の際には、腫瘍が左眼球後部に存在しているが発生源は不明であること、良性の可能性が高いが、今後増大する可能性も否定できないこと、手術の合併症としては、視力障害、複視及び視野障害があり得ること、今直ぐ手術する方法と経過観察して眼球が突出するか画像検査で増大傾向を確認してから手術する方法とがあることが説明された。

さらには、同席したK医師から、手術の合併症として失明する可能性があることが告知された。

5月12日、Aに対し、M医師を手術者、T医師、K医師を助手として、全身麻酔下で左眼窩内腫瘍摘出手術(本件手術)が行われた。

同医師らは、頭部に冠状皮切を設けて側頭筋を剥離・切開し、頬骨、眼窩壁の一部を切除して眼窩内に接近し、眼窩内の脂肪組織を剥離しながら左視神経に到達したが、腫瘍があると想定していた左視神経の下側及び内側を探索しても腫瘍は見つからず、腫大した視神経だけしか認めることはできなかった。M医師は、本件手術前に想定したのとは異なり、腫瘍が視神経又はその被膜から発生しており、視神経から腫瘍を剥離することは困難であると判断し、手術開始から数時間経過した時点で、一旦手術を中断した。

そして、M医師は、Aの長女、Aの実姉、Aの義姉(2名)を呼び、本件手術前に想定していたのと異なり、視神経とは別個の腫瘍が見あたらず、視神経と腫瘍が一体となっている可能性があること、視神経から腫瘍を剥離することは困難であること、腫瘍の悪性度は不明であるが、視神経を伝わって頭蓋内に進展する可能性もあること、腫瘍を摘出すれば視神経も切断しなければならず、切断すれば左眼は失明することを説明した。

これに対し、Aの親族らは、視神経を切断して腫瘍を切除しなければAの生命にかかわるものと考えて、視神経の切断を了承した。

そこで、M医師は、手術を続行し、左視神経と腫瘍部分を切除・摘出したが、周囲脂肪組織が腫れてきて視野が狭くなってきたため、同医師らは、本件手術を終了した。

しかし、本件手術中に採取されて病理組織診断が行われた視神経等には、特有の病変は認められず、それらは正常の神経組織(脳神経構造とその隣接した被膜)であった。結局、本件手術によってもAの左眼窩の腫瘍については診断できなかった。

5月13日、AにCT検査が施行されたところ、画像上、左眼球後部に腫瘤像が残存し、ほぼ術前と変わっていないことが判明した。

5月15日、Y病院の医師が、Aに対して、視神経が切断され視力回復の見込みがない旨を初めて説明した。

5月16日、Y病院において術後精査のためにMRI検査が施行されたところ、左眼球後部に術前とほぼ同様の大きさの腫瘤像が認められた。

5月18日、本件手術後のMRI検査により腫瘍の取り残しがあることが判明したとして、再度の摘出手術の必要性があることがAに説明された。これに対し、Aは再手術を受けない旨回答して、7月16日、Y病院を退院した。

本件手術によりAには、左視神経の切断による左眼の失明及び眼球の運動神経麻痺の後遺症が生じた。

AはY病院を設置する国に対して、Y病院医師の過失行為により左眼の失明等の後遺障害が生じたとして、損害賠償の支払いを求めて提訴した。

 

(損害賠償請求)

患者の請求額:4225万7384円
(内訳:慰謝料1400万円+逸失利益2445万7384円+弁護士費用380万円)

 

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:2486万8765円
(内訳:慰謝料900万円+逸失利益1356万8765円+弁護士費用230万円)

 

(裁判所の判断)

1.本件手術の適応の存否(本件手術を開始したことについての過失の有無)

裁判所は、まず、眼窩手術には常に視神経萎縮、眼球運動障害、眼瞼下垂などの術後合併症が出現する可能性があるから、視力や眼球運動が障害されておらず、長期間の経過でも腫瘤像に有意的変化がなく、悪性腫瘍の可能性もほとんど考えられない場合には、一定期間の経過観察をすることが望ましいと考えられるところ、本件手術当時、Aには腫瘍を原因とする自覚症状や臨床症状がなく、M医師自身も、Aに認められる腫瘍が悪性腫瘍である可能性は低いと判断していたことが明らかであると指摘しました。

その上で、裁判所は、本件手術当時、画像上、Aの左眼窩内に腫瘤像が認められたこと、本件手術当時には、平成6年当時のCT及びMRI検査のフィルムが見付かっておらず、平成6年当時の腫瘍の有無や大きさを客観的に判断する手段がなく、むしろ、平成6年当時にAが受けたCT及びMRI検査の結果、異常がないと診断されていたことからすると、Y病院の医師においては、平成6年当時には、本件手術当時のCT及びMRI検査において認められたような大きさの腫瘍が存在しなかった可能性、すなわち、Aの腫瘍が増大しており、悪性腫瘍が存在する可能性を考慮する必要があったものと考えられると判示しました。また、仮にAの腫瘍が成長を続けているものであった場合には頭蓋内に進展する危険があったことが認められるとしました。

そして、Y病院の医師らが本件手術当時の判断として、Aの腫瘍については手術による組織診断によって、確定診断をするしかないと考えて本件手術を開始したことについて、医師らの過失を否定しました。

2.視神経切断の適応の存否(視神経を切断したことについての過失の有無)

裁判所は、まず、M医師がAの左眼の視神経を切断したことについては、左眼の失明という重篤な後遺障害が確実に生じることからすれば、本件手術の開始以上に高度な必要性があることが要求されるものと解されると判示しました。

その上で裁判所は、本件手術当時、Aには腫瘍を原因とする自覚症状や臨床症状がなかったこと、Aの腫瘍についての確定診断が行われておらず、M医師自身、この腫瘍が悪性腫瘍である可能性は低いと判断していたことを再度指摘しました。

しかも、Aの場合、あえてAに失明という重篤な後遺症を負わせて切除しなくても、平成6年当時のCT及びMRIの検査結果を更に探索したり、手術後に更に経過を観察することにより、その腫瘍に増大のおそれがあるかどうかを判断できる可能性があったと判示しました。

裁判所は、以上によると、仮に視神経と腫瘍が一体となっていたと判断しても、その時点で直ちにAの視神経を切断しなければならないような差し迫った必要性は認められないのであり、そうするとM医師がAの視神経を切断したことについては手術適応はなく、この点に過失があると認定しました。

3.説明義務違反

裁判所は、本件手術中における視神経切除の説明が、Aの親族に対して行われたにすぎないこと、その説明の内容が、Aの片眼の失明という重篤な後遺症が確実に生じる施術が行われることについて同意するか否かという、Aの身体にとって重大な内容のものであること、本件手術の当時、仮に視神経と腫瘍が一体となっていたと判断しても、Aの視神経を切断しなければならないような差し迫った必要性がなかったと判示しました。

そして、裁判所は、これらの事実によれば、視神経と腫瘍とが一体になっていると判断された時点で一旦は本件手術を終了し、時を改めてA本人に説明を行い、A本人の同意を得る必要があったというべきであって、このように、A本人に対する説明がされていない以上、説明義務が尽くされていないと言わざるを得ないと判断しました。

さらに、裁判所は、この点に関し、本件手術前に失明の可能性がAに告知されていたところではあるが、これは本件手術の合併症として失明に至るおそれがあることが告知されたにとどまるものであり、手技上避けられずに起こり得る失明と手術によって視神経を切断することによって生じる失明とは、患者にとって全く意味が異なるから、前者を告知したからといって、後者についても告知とその承諾があったとは到底評価できないと判示しました。従ってAに対し、腫瘍を摘出するために視神経を意図的に切断して失明する可能性があったことについての説明はされていなかったものというべきであると判断しました。

そして、国に上記「裁判所の認容額」の損害賠償を命じました。その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2014年6月10日
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