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No.313「約4ヶ月間にわたり、血液凝固能検査を行わないまま、ワーファリン錠を70代の患者に処方し、患者が脳内出血により死亡。医師の過失と患者の死亡との因果関係を認めて損害賠償を命じた地裁判決」

神戸地方裁判所 平成27年1月20日判決 判例時報2268号83頁

(争点)

  1. Y2医師に凝固能検査を怠った過失があったか
  2. Y2医師の過失とAの死亡との間に因果関係があるか

(事案)

A(死亡当時74歳の男性・公務員として勤務した後、定年退職し、自由業として稼働)は、平成14年11月、心房細動の治療のためにY1医療法人社団の経営するクリニック(以下、Yクリニックという。)を受診し、その後、継続的にYクリニックの医師であるY2医師による投薬治療を受ける等していた。

Aは、平成21年10月、B病院におけるヘルニア手術の術前検査時に、心原性脳塞栓症(心房内でできた血栓が脳血管にまで流れて、脳塞栓を起こすもの)を発症する可能性があることから、その予防のためにワーファリン(血栓塞栓症に対する抗凝固剤)を服用する必要があると説明された。

なお、同月20日には、B病院の循環器科からYクリニックに対し脳塞栓予防のためにワーファリンを1錠か2錠処方されたい旨記載された診療情報提供書がファックス送信されていた。

Aは、ワーファリンを処方してもらうためにYクリニックを受診し、Y2医師は、10月22日以降、

Aに、以下のとおりワーファリンを処方した。

 ア 平成21年10月22日 1mgを1日2錠・21日分

 イ 平成21年11月 9日 1mgを1日2錠・21日分

 ウ 平成21年12月 5日 1mgを1日2錠・21日分

 エ 平成21年12月24日 1mgを1日2錠・28日分

 オ 平成22年 1月18日 1mgを1日2錠・28日分

この間、Aについて、血液凝固能検査が実施されたことはなかった。

Y2医師は、患者に検査を受けるよう指示する場合には、診療録に検査予定について記載するための定型のゴム印を押し、実際に患者に指示して患者が承諾したときは上記ゴム印の上にレ印を付けることにしていたところ、平成21年10月22日にAを診察した際には、診療録に上記ゴム印を押し、その上にレ印を付けたほか、ゴム印の右にトロンボテストを意味する「TT」の文字を書き加えたが、検査予定月欄にはなんらの記載もしておらず、他に検査予定日についての記載はしていない。また、平成22年2月2日の診察の際には、上記ゴム印を押して検査予定月欄に「2-3」と記載し、ゴム印の右に「TT」の文字を書き加えたが、レ印は付けていない。平成21年10月22日以降、Aの診療録に上記ゴム印が押されているのは上記両日の各欄のみである。

ワーファリンの添付文書は、ワーファリンが血液凝固能検査(プロトロンビン時間及びトロンボテスト)の検査値に基づいて本剤の投与量を決定し、血液凝固能管理を十分に行いつつ使用する薬剤であることを強調し、初回投与量を1日1回経口投与した後、数日間かけて血液凝固能検査で目標治療域に入るように用量調節し、維持投与量を決定することや、ワーファリンに対する感受性は個体差が大きく、同一個人でも変化することがあるため、定期的に血液凝固能検査を行い、維持投与量を必要に応じて調整することなどを必ず遵守しなければならない用法として明記している。

Aは、平成22年2月21日午前8時45分頃、意識を失っているところを家族に発見され、同日午前9時27分にB病院に救急搬入され、同病院における頭部CT画像等による診断の結果、右脳内出血及びクモ膜下出血の所見が認められ、手術適応は乏しいと判断され、同日午前11時55分に死亡が確認された。Aの死亡診断書においては、直接死因は急性呼吸不全とされ、その原因は右脳内出血とされている。

Aの遺族らは、平成22年8月22日、Yクリニックを訪れ、Y2医師と面談したが、その際、Y2医師は、自身の知る範囲ではワーファリンの投薬開始時や開始後1週間で血液凝固能検査をしなければならないという取り決めはない旨説明した。

Aの相続人であるXら(妻と3人の子)は、Aが死亡したのは、Y2医師がワーファリンを処方する際に必要な血液凝固能検査を怠った過失によるものだとして、Y2に対しては、不法行為による損害賠償を、Y1に対しては、使用者責任又は診療契約の債務不履行による損害賠償を求めて提訴した。

(損害賠償請求)

原告らの請求額 : 合計7239万7743円
(内訳:慰謝料3550万円(患者本人の慰謝料2800万円+遺族妻子4名の慰謝料750万円)+逸失利益2889万7743円+葬儀費用150万+弁護士費用650万円)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 : 合計4947万2359円
( 内訳: 慰謝料2500万円(患者本人の慰謝料2000万円+遺族妻子4名の慰謝料500万円)+逸失利益1852万2361円+葬儀費用150万円+弁護士費用445万円(相続人が複数のため端数不一致))

(裁判所の判断)

1.Y2医師に凝固能検査を怠った過失があったか

裁判所は、まず、医師が医薬品を使用するに当たってその添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるというべきであると判示した上で、Y2医師は、平成21年10月22日以降約4ヶ月間にわたり、添付文書の記載に反して、Aの血液凝固能検査を一度も実施することなく、同人にワーファリンを処方し続けたことを認定しました。

Yらは、Y2医師は、ワーファリンの処方を開始した平成21年10月22日にAにワーファリンの副作用について説明するとともに、定期的な凝固能検査が必須・重要であることなどを説明し、1週間後に同検査を実施する旨を伝えたほか、その後も、継続的にAに同検査を受けるよう指示したにもかかわらず、Aが検査に協力しなかったためにこれを実施することができなかったと主張しました。

しかし、これに対し、裁判所は、診療録の記載内容等からすれば、何らかの説明をしたことはうかがわれるが、仮にY2医師が1週間後の凝固能検査を予定していたのであれば、ワーファリンを当初から21日分も処方するとは考え難く、現に診療録にも1週間後の検査が予定されていることを裏付けるような記録はないと指摘しました。

裁判所は、加えて、Y2医師が、平成21年10月22日にワーファリンの処方を開始するに当たって、Aに渡したという「ワーファリン(抗凝固剤)の治療と注意」と題する書面がAの遺品の中になかったこと、Aはワーファリンを最初に処方された際に、同居していた自身の子に、納豆は食べてはいけないと言われたと話していたが、ワーファリンの副作用や定期的な検査の必要性についての話はしておらず、他に、本件証拠上、Aが1週間後の凝固能検査を予定していたことをうかがわせるような事情も見当たらないことなどからすれば、Y2医師が平成21年10月22日にワーファリンの処方を開始するに当たってAにワーファリンの副作用や凝固能検査の必要性について適切に説明したとか、1週間後に凝固能検査を実施する必要があることを説明して同人の承諾を得たといった事実を認定することができないと判断しました。

裁判所は、むしろ、Y2医師はインフルエンザの予防接種を勧めるためにAに電話をかけている一方で、Aに血液凝固能検査の受検を指示するために電話をかけるようなことはしていないこと、Y2医師はAの死亡後に遺族らに対し自身の知る範囲ではワーファリンの投薬開始時や開始後1週間で凝固検査をしなければならないという取り決めはない旨説明したことなどに照らせば、Y2医師にはワーファリンの処方に当たって血液凝固検査が必要不可欠であるとの認識が欠けていたといっても過言ではないと判示しました。

裁判所は、さらに、前記のとおり、平成21年10月22日以外でY2医師が診療録に上記ゴム印を押したのは平成22年2月2日の1回だけであり、その日もゴム印の上にレ印は付けていないこと、Aは平成14年11月30日に初診でYクリニックを受診して以降、定期的に血液検査を受けてきたこと、AはY2医師から新型インフルエンザの予防注射を勧められた3日後にはYクリニックにおいて同注射を受けたことが認められ、これらの事情を総合すれば、Y2医師がAに対して、平成21年10月22日以降継続的に折りに触れて血液凝固能検査を受けるよう指示していたとは認め難く、また、ワーファリンを処方された後も、定期的にYクリニックに来院していたAが、Y2医師からの指示・説明にかかわらず、単に血液を採取するだけの血液凝固能検査に協力しなかったとも考え難いと判断しました。

以上によれば、Y2医師はワーファリンの副作用や凝固能検査の必要性について適切な説明を尽くさなかったとみるのが自然かつ合理的であって、Aが検査に協力しなかったために血液凝固能検査を実施することができなかったとのYらの主張は採用することができないと判示しました。

そして、その他、本件で前記ワーファリンの添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったことについて特段の合理的理由があったことを裏付けるような事情は証拠上見当たらないから、Y2医師には、Aにワーファリンを処方するに当たり、その添付文書に記載された注意事項に従わず、血液凝固能検査を実施しなかった過失があると認定しました。

2.Y2医師の過失とAの死亡との間に因果関係があるか

この点について、裁判所は、まず、ワーファリンに対する感受性は個体差が大きく、特に高齢者の場合は感受性が強くなる傾向があり、かつ、同一個人でも変化することがあるところ、ワーファリンを服用した患者は、特にワーファリンの効用によりその血液凝固能が治療域を超えて過度の凝固能低下状態に至っている場合に、ワーファリンの副作用として脳出血等の出血を生じる危険が高いため、そのような危険を予防するために、血液凝固能検査を適時・適切に実施し、血液凝固能が目標治療域に入っていることを確認する必要があり、その趣旨で、ワーファリンの添付文書には、定期的な凝固能検査の必要性についての記載がなされているということができると判示しました。

そうであるとすれば、血液凝固能検査を実施されることなくワーファリンを継続的に服用していたAが同検査により予防すべきとされている副作用(脳出血)を発症して死亡するに至っている以上、Y2医師が適切に血液凝固能検査を実施してAの血液凝固能を管理しながらワーファリンを処方していれば、Aが平成22年2月21日に脳出血を発症して死亡することはなかった蓋然性が高いとみるのが自然かつ合理的であって、本件全証拠によっても、当該出血がワーファリンの影響によるものではないなどY2医師が適切に血液凝固能検査を実施していたとしてもAの死亡は避けられなかったというべき事情は見当たらないと判示し、Y2医師の過失とAの死亡との間には相当因果関係があると認定しました。

その上で、裁判所は、上記認容額の限度で遺族らの請求を認め、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年6月10日
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