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No.340 「ホームヘルパーの食事介助中に、体幹機能障害のある利用者が誤嚥し、窒息死。ホームヘルパーが誤嚥を認識できなかった事情として、利用者の家族が利用者の異変をてんかん発作と判断したことが起因しているとして、2割の過失相殺を行った上で、ホームヘルパーと介護サービス事業者に損害賠償を命じた地裁判決」

名古屋地方裁判所一宮支部平成20年9月24日判決 判例タイムズ1322号218頁

(争点)

  1. ホームヘルパーの過失の有無
  2. 損害額(逸失利益及び過失相殺)

(事案)

A(事故当時15歳)は中枢神経障害による体幹機能障害によって歩行・起立・座位不能であり、このため、常時、身体、生活介助を必要としていた。

平成16年10月22日、Aの両親であるXらは、介護保険法による訪問介護サービスの居宅介護支援事業等を目的として営利事業を行う有限会社Y1(以下、Y介護センターという)との間で居宅介護契約を締結した。契約の具体的内容は、Aの食事介助と入浴介助のため、週2ないし4回、介助者2人がXら宅を来訪し、2人でAの入浴介助をし、その後、一人が帰り、一人が残ってAの食事介助を行うというものであった。

平成17年10月24日午後7時頃、Y介護センターの従業員であるY2は、Aに食事介助を行っていた。なお、Y2は平成16年3月28日に介護保険法施行令で定める介護員養成研修2級課程を修了して、ホームヘルパー(訪問介護員)の資格を取得し、同年6月29日に厚生労働省の定めるガイドヘルパー(視覚障害者や全身性障害者の移動サービスを行う場合の移動介護従事者)の養成研修を修了して資格を取得し、同年9月にY介護センターに入社した者である。

Y2はAの祖母から、A母X1が用意していた食事(ご飯、一口サイズに切られていたマグロの刺身、ロールキャベツ、プリン)を食べさせるように依頼され、平成17年10月24日午後7時8分ころから、居宅1階洋間とダイニングルームの境あたりの床で、あぐらをかいて、Aを膝の上に載せ、左脇でAの右手を、右手で両足を抱えた姿勢で、Aに食事介助を行った。

このとき、同居していたAの祖母は夫(Aの祖父)の食事の準備のために介助の場を離れており、X1は、Aの弟とともに中学校の武道場へ剣道の練習に行っていた。

食事介助中の午後7時25分ころ、Aが食事を8割程度食べたところで、突然、上半身を前後に大きく揺らし、顔色が悪くなっていたことから、Y2は、Aの背中を2、3、回叩いて声を掛けたが反応がなかった。この時、Y2は呼吸の有無を確認することはなかったが、Aは肩を揺らしており、むせたりすることはなかった。

そのため、Y2はAの祖父母の方に向かって大きな声で、「Aくんがおかしいです。へんなんです。」と言ったところ、祖母はAをみて、発作の場合はいつも顔が白くなることから、発作であると思い「発作だわ」と言った後、座薬を入れる準備をして、祖母がAにてんかんの発作に使用する座薬を投与した。

同日午後7時30分ころ、座薬を投与してもAに変化がなかったことから、おかしいと思い、祖父がX1の携帯電話に連絡したが、連絡が付かなかったことから、祖父がX1のいる中学校に向かうことにしたが、祖父の車がパンクしていたことから、Y2が運転をして祖父を乗せて中学校に向かい、午後7時35分ころ、中学校に到着した。祖父がX1に「Aちゃん発作」と伝えたことから、X1は、Aの弟を中学校に残して、自己が運転してきた車に乗ってXら宅に向かい、Y2と祖父はY2が運転してきた車に乗ってXら宅に向かった。

X1はXら宅に到着し、これに続いてY2及び祖父が午後7時40分ころにXら宅に到着した。X1は、Aが顔面蒼白で、チアノーゼが出ていたことから、これは発作ではないと判断し、119番通報をした。119番通報において、X1は、「顔面蒼白で発作があったようなので、おばあちゃんが座薬を入れた」との説明をした。

119番通報後、X1は救命措置をしようとして、気道確保をすべくAの口を開けたところ、口の中にロールキャベツのかんぴょうがつまっているのが見えたことから、吸引機でAの口の中からかんぴょうを取り除いた。

このころ、Y2は、Y介護センターに電話連絡をし、同社代表取締役(看護師の資格を有する)Y3に対し、Aの顔色が悪いこと、チアノーゼ症状が起きていることを説明したところ、Y3は、食事の介助中であったことから誤嚥を起こしている可能性があると判断し、吸引と人工呼吸、心臓マッサージをするように指示した。救急隊が到着するまでは、人工呼吸と心臓マッサージをX1とY2が交代しながら継続した。

Aは、救急車でB病院に搬送されたが、翌25日午後8時20分に誤嚥による窒息により死亡した。

そこで、Aの両親であるXらは、Y2にはAが誤嚥による窒息に陥ったことを予見し、吸引などによって誤嚥物を取り除いた上で人工呼吸等の措置を講じて窒息死の結果発生を防ぐ義務があったのにこれを怠った過失があり、また、Y介護センターの代表取締役であるY3には従業員であるY2に対する十分な指導をしていなかったという故意または重過失があるとして(1)Y2に対して、不法行為に基づき、(2)Y介護センターに対して、債務不履行に基づき、(3)Y3に対しては、職務を行うにつき重過失がある場合の連帯責任を定めた有限会社法30条の3に基づき損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
4000万円
(内訳:逸失利益1130万円3866円+Aの慰謝料3000万円+葬儀費用等232万5927円+両親固有の慰謝料2000万円(2名分)の合計額6362万9793円のうちの一部)

(裁判所の認容額)

認容額:
Y介護センターとY2に対し、Xら両名合計で2032万円
(内訳:Aの慰謝料1800万円+両親固有の慰謝料600万円(2名分)+葬儀費用140万円の合計2540万円から2割の過失相殺)

(裁判所の判断)

1.ホームヘルパーの過失の有無

この点について、裁判所は、本件食事介助中にAが意識を失ったこと、Aが意識を失う際に突然身体を揺らし、顔面蒼白となって脱力したこと、Y2がホームヘルパーであり、訪問介護員2級課程において医学の基礎知識について3時間の講義を受講し、その中で誤飲(誤嚥)による窒息死について説明を受けるほか、誤嚥及びその対処法について学習していることからすれば、Aが誤嚥に陥っていることに気づくべきであったとも評価しえないではないが、誤嚥には、その特徴的な症状として、通常むせが生じるにもかかわらず、本件においては、Aがむせを生じなかったこと、Y2はこれまでむせを生じない誤嚥に接したことはなく、Aの発作にも接したことがないこと、Y2がAの異変に気づいた際に、祖母にその旨を伝えたところ、祖母がてんかんの発作であると判断し、Aに座薬を投与したことが認められることからすると、Y2は訪問介護員2級課程を修了しているホームヘルパーではあるが、ホームヘルパーの養成における医学知識の受講時間に照らしても、医師はもちろん看護師と同程度の注意義務を認めることができず、本件においてY2はAが誤嚥に陥っていることに直ちに気づくべきであったとまでは認め難いと判断しました。

もっとも、Aが顔面蒼白となって脱力した上で、意識までも失った状況であること、本件事故が食事介助中、まさに食物を口元に運んでいた最中に起こったものであるから、食事との関連を疑うべきであったこと、実際、Y2はかかる状況を見て何らかの異常事態が起きているものと判断し祖母に報告していること、Y介護センターにおいては、介助中に異常事態が生じた場合にはY介護センターないしY3に対して連絡するように決められていたことが認められるところ、かかる事実によれば、Y2は異常事態の原因を自ら判断できなかったとしても、少なくとも、Y介護センターないしY3に連絡する程度の異常事態であったとの認識は持つべきであったと認定しました。

そして、裁判所は、Y3が看護師の資格を有し、実際にY2から連絡を受けた際に、現場に居合わせていないにもかかわらず誤嚥であるとの疑いを持ち、吸引と人工呼吸、心臓マッサージをするように指示をしたこと、誤嚥の場合の対処法として、掃除機を使用する、指交差法による開口と指拭法、背部叩打法、ハイムリック法(上腹部圧迫法)、側胸下部圧迫法などによる異物の除去を行うことが可能であったこと、X1がAを開口させたときに、かんぴょうが詰まっているのが目視できる状態にあったことからすると、上記の方法によって、十分に異物を除去することが可能であったと認められるし、呼吸が停止してから1分間以内に応急手当を行えば97パーセントが助かり、2分以内なら90パーセント、3分以内なら75パーセントが助かるとされていることを併せ考慮すれば、Y2が異常事態を認識して、早期にY介護センターないしY3に連絡を取れば、十分にAの誤嚥による窒息死を防ぐことは可能であったと認定しました。

従って、Y2はAの異変に気づいた際に、Y介護センターないしY3に連絡を取るべきであったにもかかわらず、これを怠ったという過失が認められ、上記過失とAの死亡との間には因果関係があると判断しました。

2.損害額(逸失利益及び過失相殺)
(1)

Aは国及び県から特別障害者手当、市から市障害者手当を受けており、また障害基礎年金をも受給できることから、Xはこれらが逸失利益に該当すると主張しました。

この点につき、裁判所は、いずれの手当も福祉の増進を図る為に支給されるものであることを考慮すれば、生活費等を補うために支給される性質のものと見るべきであるから、これらを得べかりし利益であるとは認め難いと判示し、障害基礎年金についても、Aに国民年金の保険料の拠出を期待できず、20歳以後の支給は福祉的要素の濃いものであると考えられ、しかもその支給されるべき年金額は、20歳に達したときの傷病の状況等を踏まえ、厚生労働大臣の裁定手続きを経て決定されるものであるから、現時点でその権利が具体的に確定したものとは言い難いと判示して、逸失利益を認めませんでした。

(2)

Y2がAの誤嚥を認識できなかった事情として、Xらと同居の家族でもあるAの祖母が発作であると判断したことが起因していると認められ、また、祖母が発作であると判断した上で座薬を投与した行動を見たために、Y介護センターないしY3に連絡すべきほどの状況ではないと判断したことからすると、この事情を過失相殺の上で考慮すべき事情であると解すべきところ、Y2がホームヘルパーであることなどを考慮すれば、過大に評価すべきではないとして、過失相殺の割合を2割と認定しました。

以上より上記「裁判所の認容額」記載の支払いを命じる判決が言い渡され、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年8月 9日
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