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No.343 「通所介護サービスを利用していた87歳女性が、送迎バスの乗降の際に転倒し、右大腿骨頸部骨折。施設運営会社が速やかに医療機関に連絡し必要な措置を講ずべき義務に違反したとして慰謝料20万円の支払いを命じた地裁判決」

東京地方裁判所平成 25年5月20日判決 判例時報2208号 67頁

(争点)

  1. 施設運営会社が、事故当時利用者を常時見守るなどして転倒を防止すべき義務に違反したか否か
  2. 施設運営会社が、事故の後、医療機関に速やかに連絡して利用者に医師の診察を受けさせるべき義務に違反したか否か

(事案)

X(大正11年生まれの女性)は、平成13年ころから認知症の徴候が生じ始め、平成16年当時の要介護度は「要支援」であり、物が盗られたなどという妄想や預金通帳を繰り返し再発行するなどの行動が目立ち始めていたほか、入浴を拒否する様になっていたことから、Xの息子であるAは、介護負担を軽減するため通所介護サービスの利用を検討するようになった。

平成16年10月28日、Xは、要介護老人に対する日常生活における介護サービス等を業とする株式会社であるYとの間で、Yが運営するデイサービスセンター(以下、「Y介護施設」という)において、送迎、食事の提供、入浴介助、機能訓練等の通所介護サービスの提供を受けることを内容とする通所介護契約を締結し(以下、「本件契約」という)、同年11月1日よりサービスの利用を開始した。

Xは、平成21年3月11日、認知症が進行し、要介護1(5段階中最も軽い)の判定を受けた。また、Xは、Yとの間で、Y介護施設に附属する宿泊施設であるセカンドハウスY(以下、「Y宿泊施設」という)に関する利用契約を締結し、土曜日に通所する際には同施設に宿泊するようになった。

平成21年11月当時、Xは認知症のために物忘れなどの症状があったものの、会話による意思疎通は可能であったほか、身体機能については、入浴時の洗髪についてはY職員の介助を要したが、一人で歩行することができ、トイレや衣服の着脱、車の乗降やシートベルトの着脱などの日常生活上の動作も自ら行うことができた。その他、Xは、Y介護施設において1日3~4回程度トイレに行くことがあったが、Y職員に無断でトイレに立ったり、Y施設内で転倒したりしたことはなかった。

平成21年11月29日、Xは、Y介護施設における介護サービスを受け、午後4時ころ、Y宿泊施設に移動するために送迎車両(以下、「本件車両」という。)の側面にある出入口から自力で同車両に乗車した。

この日、本件介護施設の利用者の中で、Y宿泊施設に宿泊する予定であった者はXを含めて5名であり、本件車両の送迎サービスについてはY職員で当時Y介護施設の管理者であったT及び看護師であるIの2名が介助等を担当していた。

Tは、Xが本件車両の運転席のすぐ後ろの席に座ったので、Xに対し、シートベルトを締めるように指示した。その上で、Tは、他の利用者の介助のために本件車両の後方にある車椅子用の出入口方向に向かったが、車椅子を利用する他の利用者に対する乗車介助をしようとした直後、「痛い」というXの声を聞いて、Xが、本件車両から降車しようとして転倒している状態を現認した(以下、「本件事故」という。)。このとき、Iは、本件、車両に背を向けて、本件介護施設の出入口付近で他の利用者を誘導していた。

Tは、Xの声を聞いて本件事故に気づき、Xの下に駆け寄ったところ、Xが「右足が痛い」と訴えたので、Iと共にXを立たせて服を脱がし、右足のつけ根や腰を確認したが、外傷、熱感、腫れなどの異常所見は確認できなかった。

このため、Tは、Xがその後も歩く際に痛みを訴える状態ではあったものの、自力での歩行が可能であったことや、看護師であるIから特段の指示もなかったことから、Xの状態は、すぐに医療機関の診察が必要なものではないと判断し、XをY宿泊施設まで送ったが、車両を降りた後、Xは、車椅子を利用した。

Tは、XがY宿泊施設に到着した後も歩く際に痛みを訴えたので、再度外傷等の確認を行ったが、異常所見は確認されなかったため、そのままXを宿泊させて様子をみることにした。

Y宿泊施設からY介護施設に戻った後である同日午後6時ころ、Tは、Aに電話し、Xが本件車両に乗車する際に自ら席を立って転倒したこと、Xは右足を打ったとして歩行の際に痛みを訴えているが、外傷、腫れ、熱感等の異常所見は見られないので様子を見るつもりである旨伝えた。これに対して、Aは、Xを病院に連れて行くなどの要望を述べることなく、Tの方針を了承した。

その後、Y宿泊施設に宿泊していたXは、同日午後7時ころ、自分でトイレに立ったが、本件事故後からの腰等の痛みが治まることはなく、継続している状態であった。同日の宿直担当者で施設内を2時間おきに巡視していたKは、そのころ、以上のようなXの状態を確認していた。

Tは、同日午後9時半ころ、Kに電話をかけた際、Kから、Xが歩くときに腰の痛みを訴えているがトイレに自力で行けており、今は寝ているとの報告を受けた。

同日午後11時ころ、Xは、トイレに立ち、腰の痛みを訴えて5分ほどソファーに座ることがあり、KはそうしたXの状態を確認していた。その後翌30日午前5時まで、Kは、Xの状態に異常な点を確認することはなかった。

Tは、Xが翌30日の朝に、前日より増して足の痛みを強く訴えていたため、Aに状況を報告し、病院で診察を受けることを勧めた。

Xは、午前10時ころに帰宅した後に、R整形外科病院に搬送されたが、同院で右大腿骨頸部骨折の診断を受け、同日、人工骨頭置換手術を受けるために公立F総合病院に入院した。

そこで、X(平成23年に後見開始の審判を受け、Aが成年後見人に就任)は、Yに対し、送迎車両に乗降する際、Y職員がXを見守るなどしてその安全を確保すべき義務を怠ったために転倒し、これにより右大腿骨頸部骨折等の傷害を負い、その上、同職員が速やかにYの医師の診察を受けさせる義務を怠ったため翌日まで受傷状態のまま放置されたことにより、肉体的精神的苦痛を被ったなどと主張して、Yに対し、債務不履行又は不法行為に基づき、慰謝料等の支払いを求めて訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
1370万6000円
(内訳:傷害慰謝料275万6000円+後遺症慰謝料795万円+右大腿骨骨折の受傷状態を一晩放置されたことに対する慰謝料300万円))

(裁判所の認容額)

認容額:
20万円
(内訳:翌朝まで適切な医療措置を受けることができなかったことに対する慰謝料20万円)

(裁判所の判断)

1.施設運営会社が、事故当時利用者を常時見守るなどして転倒を防止すべき義務に違反したか否か

裁判所は、本件契約は、Yにおいて、介護保険法令の趣旨に従って、利用者が可能な限り居宅においてその有する能力に応じて自立した生活を営むことができるように利用者の日常生活全般の状況及び希望を踏まえて通所介護サービスを提供することを主な目的とするものであるとし、そうである以上、Yは、本件契約に基づき、個々の利用者の能力に応じて具体的に予見することが可能な危険について、法令の定める人員配置基準(指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準<平成11年3月31日厚生省令第37号>93条1項においては、入所者15名に対する介護に必要な職員は看護職員1名、介護職員1名とされている。)を満たす態勢の下、必要な範囲において、利用者の安全を確保すべき義務を負っていると解するのが相当であると判示しました。

そして、裁判所は、本件事故がYの上記義務違反によって生じたものと認められるかについて検討し、Xは、本件事故のあった平成21年11月当時、認知症のために物忘れなどの症状が認められたものの、要介護区分は5段階中最も軽い1であり、会話による意思疎通は可能であった上、入浴時の洗髪についてはY職員の介助を要したが、自力で歩行することができ、トイレや衣服の着脱、車の乗降やシートベルトの着脱などの日常生活上の動作も第三者の介助に依らずに自ら行うことができたことが認められる上、Xは、本件介護施設において一日に3、4回程度トイレに行くことがあったが、Y職員に無断でトイレに立ったり、本件介護施設内で転倒したりしたことはなく、Xの家族からXが頻尿であったり自宅で転倒したことがあるなどと報告された経過もなかったと認定しました。

また、本件事故は、Xを含む5名の利用者についてTとIの2名で送迎サービスを行っている状況下で、Tが、忘れ物がないことや排尿を済ませたことの確認とともに、本件車両の運転席のすぐ後ろの席にXが着席したことを確認した後に、車椅子を使用する利用者の乗車介助をするために本件車両の後方に向かい、また、Iにおいて本件介護施設の出入口付近で他の利用者を誘導していたごく短時間の隙に、Xが不意に席を立ち、本件車両から降車しようとして転倒したというものであると指摘しました。

これらの状況に照らせば、Y職員において、本件事故の当時、Y宿泊施設に移動するため、排尿を済ませ、忘れ物を確認した上で本件車両に乗車したXが、Y職員において他の利用者の乗車を介助するごく短時間の隙に、不意に動き出して車外に降りようとしたことについて、これを具体的に予見するのは困難であったと認められ、また、前記状況の下で、Y職員が、他の利用者のため、しばしの間着席していたXから目が離れたことが、介護のあり方として相当な注意を欠くものであったということもできないとしました。

以上によれば、Yが本件事故当時、常時Xが転倒することのないように見守るべき義務を負っていたとは認められないし、本件事故当時の状況に照らして、Xが転倒した本件事故が、Yの安全配慮義務違反によって生じたものであるとはいえないとして、Yの義務違反を理由として、傷害慰謝料及び後遺症慰謝料の損害賠償を求めるXの請求部分はその余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないと判示しました。

2.施設運営会社が、事故の後、医療機関に速やかに連絡して利用者に医師の診察を受けさせるべき義務に違反したか否か

この点について、裁判所は、本件契約においては、「現に通所介護の提供を行っているときに利用者の病状の急変が生じた場合その他必要な場合」には、Yが利用者の家族又は緊急連絡先に連絡するとともに、速やかに主治の医師又は歯科医師に連絡を取る等の必要な措置を講ずる旨が合意されており、Yは、Xが要介護1の判定を受けたことを受けて通所介護計画を改めて策定し、土曜日に通所する際はY宿泊施設に宿泊させて介護をすることになったのであるから、こうした内容の介護を引き受けたYには、利用者であるXの生命、身体等の安全を適切に管理することが期待されるもので、介護中にXの生命及び身体等に異常が生じた場合には、速やかに医師の助言を受け、必要な診療を受けさせるべき義務を負うものと解されると判示しました。

裁判所は、上記義務の内容やその違反があるかどうかについては、本件契約が前提とするYの人的物的体制やXの状態等に照らして判断されるべきものであるとし、本件では、Y(T、I、およびK)は、Xが本件事故により転倒し、身体の内部に生じた何らかの原因によって右足ないしは腰部に痛みを生ずる状態となったことや、その後、この症状が短時間に解消するものではなく、継続的なものであることを認識したのであるから、遅くともKがXの痛みの状態を確認した同日午後7時ころまでには、医師に相談するなどして、その助言によりXの痛みの原因を確認し、医師の指示に基づき、その原因に応じた必要かつ適切な医療措置を受けさせるべき義務を負ったというべきであるとしました(一般的に、高齢者が転倒した際に骨折、捻挫、脱臼等の傷害を負う危険が高いことは知られており、骨折している場合には、速やかにその部分を固定して医療機関の治療を受けさせるべきであること、骨折をした場合でも患部を動かすことができる場合があることについては、高齢者の介護を担当する介護施設において当然に認識すべき知見であると解される。)。しかるにTは、Xが、痛みを訴えながらも自力で歩行することができたことや、X又はAから病院に連れて行くようにとの要望を受けなかったことから、このままY宿泊施設に宿泊させることに問題はないものと判断し、Y宿泊施設の宿直担当者であったKからXの状態についての必要な情報を得た上、医師に対してXの状態を説明してその指示を受けることは容易であったのにも関わらず、このような措置をとることもなく、翌朝まで、XをY宿泊施設に留め置いたことが認められるから、Yは、Xに対する本件契約に基づく上記義務(現に通所介護の提供を行っているときに利用者の病状の急変が生じた場合その他必要な場合には、Yが利用者の家族又は緊急連絡先に連絡するとともに、速やかに主治の医師又は歯科医師に連絡を取る等の必要な措置を講ずべき義務)に違反したものと判断しました。

その上で、裁判所は、Y(TないしK)が、医師に対し、本件事故の状況やその後のXの症状等について説明をした上で、Xの痛みの原因や必要な措置に関する助言を受けていれば、直ちに、痛みを生じている部分(骨折部分)を固定し、医療機関を受診するようにとの指示を受けることができたものと認められるから、Xが翌朝まで右足大腿骨骨折の傷害について適切な医療措置を受けることができなかったことによって生じた肉体的精神的苦痛について、Yは債務不履行による損害賠償義務を免れないと判断しました。

以上より、上記の裁判所の認容額の支払いを命ずる判決が言い渡されました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年9月 8日
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