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No.368 「高所から飛び降り、救急指定病院に搬送された患者が、大学病院へ転送された後胸腹腔内臓器損傷により死亡。救急指定病院の当直医には異常所見を見落とす等の注意義務違反が認められるが、救命可能性が低いことから死亡との因果関係は否定して、救急指定病院側に患者両親に対する慰謝料の支払を命じた判決」

東京地方裁判所平成11年2月24日判決 判例タイムズ1072号216頁

(争点)

  1. 救急指定病院医師の診療契約上の注意義務違反の有無
  2. 損害

(事案)

平成3年6月7日夜、A(当時29歳の女性)は、自宅から外出し、同月8日午前0時過ぎころ(以下、特段の断りのない限り平成3年6月8日のこととする)、飛び降り自殺を図ったが一命を取り留めた。

Aは、自力で飛び降りた都営アパートの11階に行き、同階の居住者に対し、自ら飛び降りたことを明らかにした上で、自宅に連絡するよう依頼したため、同階居住者は、直ちにAの自宅に連絡しようとしたが連絡がつかなかったことから、119番通報を行った。

午前0時59分ころ、救急隊が救急車で到着し、Aを乗せて出発後の午前1時24分ころ、Y財団法人が設置する病院(以下、「Y病院」という。)に到着した。

Y病院は健康保険法第43条の3による健康保険医療機関に、また、国民健康保険法第37条による診療担当機関にそれぞれ指定されるとともに、救急指定を受けて、救急医療に従事していた。Y病院は、当時、診療科目として脳神経外科、整形外科、形成外科、放射線科、理学療養科を標榜しており、救急病院の指定に当たっては、脳神経外科、整形外科、形成外科について救急診療を行う旨の申し出がされていた。

Y病院では、N医師が当直勤務に当たっていたが、Y病院のベッドはICUを含めてすでに満床の状態であり、新規の入院患者を受け入れられる態勢ではなかった。

しかし、午前1時ころ、救急隊からY病院に対して、「ビルの11階から飛び降りた可能性のある患者がいるので診て欲しい。」との電話連絡が入ったことから、Y病院では患者の受け入れを承諾した。

N医師がY病院に搬入されたAを診察したところ、頭部及び右下肢に包帯を巻かれ、右手に擦過傷が見られるなど、多岐にわたって外傷が認められるとともに、顔色不良の状態であった。搬入の際、N医師は、搬送してきた救急隊の隊長から、Aはビルの11階から飛び降りた可能性があること、倒れているところを発見されたのではなく本人が直接知人宅へ行き救急車を要請したこと、現在の既往症としてT大学病院の精神科で通院治療中であるらしいことなどについて説明を受けた。

そこで、N医師は、Aの意識レベルを判定するために、救急隊からの情報によって既に判明していた氏名、年齢、生年月日、住所等を確認したところ、Aは清明に答えたため、N医師はAの意識レベルは正常であると判断した。

次に、N医師は、Aをストレッチャーに乗せて、洋服を着たままの状態で手足に外傷、骨折等がないか視診を行い、また、手足や首が動かせるかどうか、痛みはないかどうかについても確認したところ、Aは、気分はこれといって悪くない、右足に痛みがあるが、擦過傷や頭部の挫創については全く痛みがないと答えた。また、N医師は、当直の看護師に血圧を測定するように指示し、看護師が3回血圧を測定したところ、それぞれ最高110最低62、最高110最低60、最高112最低62という結果であったため、N医師は、Aには特にショックや外傷以外の出血を疑わせるような所見等は見られないと判断した。

しかし、Aは「パパ。帰りたい。入院するのはいやだ。」と大声を出すなど、かなり興奮して、子供っぽく落ち着きがない状態であり、N医師が、Aに対して、どのように怪我をしたかについて質問したものの、返答が得られなかった。

そこで、N医師は、胸部や腹部に関しても単純レントゲン撮影が必要かを判断するため、Aに深呼吸をさせたり、簡単に腹部や肋骨を押さえて触診をしたが、特に痛みはないと答えたことから、胸部や腹部についてはレントゲン撮影する必要がないものと判断した。

N医師は、Aが痛みを訴える部位が挫創や打撲創の認められる部分と一致しなかったため、Aをレントゲン台に移動させ、着衣を全部脱がせてから、もう一度視診を行ったところ、前額部及び右下肢に挫創が、右肘及び腰部に擦過傷が認められた。そこで、再度、胸部及び腹部の聴診ないし触診を行ったが、呼吸困難、腹部の膨満、緊張感もしくは疼痛など、特に異常は認められなかった。

しかし、N医師は、前記のとおりAが痛みを訴える部位が挫創や打撲創の認められる部位と一致しなかったため、気道塞栓等の危険がある骨折等がないかどうかを確認するため、視診によって外傷の認められた部位、すなわち、頭部、右下肢、右肘、腰背部について単純レントゲン撮影を施行した。

そして、上記レントゲン写真の現像を待つ間に、N医師は、神経医学的な検査、すなわち眼球運動、対光反射、瞳孔不同、顔面神経、下位脳神経、知覚障害、運動障害があるかどうかについて確認を行ったが、全て正常であった。

上記レントゲン写真のうち、頭部、右下肢及び右肘を撮影したものについては骨折等の異常は認められないものの、腰背部を撮影したものには、Aが死亡した後に実施された解剖により確認された両側の多発性肋骨骨折の所見のうちの一部と見られる肋骨骨折と、腹腔内の液貯留を疑わせる傍結腸溝の拡大や腸腰筋影の不鮮明といった異常所見が認められた。しかし、N医師は、脳神経外科が専門であることなどの事情もあってこれに気づかず、異常所見は認められないと判断した。

なお、N医師は胸部の単純レントゲン撮影については、外傷が認められなかったため、その必要性はないものと考えてこれを施行しなかった。また、CTスキャンや血液ガス検査についても、その必要がないものと考えてこれを施行しなかった。

そして、N医師は、Aの右前額部の挫創について、かなりの出血が見られたことから、5針縫う縫合処置をした。

一方、警察官から連絡を受けたXら(Aの父母)は、直ちにY病院に急行し、午前2時ころ、Y病院に到着した。N医師は、Xらに対し、診療経過及びレントゲン撮影の結果、骨折などの異常所見は見られなかった等の説明をした上で、Aの全身状態に異常はないということでAを帰宅させるように勧めた。

そこで、Xらは、Aを帰宅させようとしたが、Aは、意識ははっきりしているものの、立ち上がれない状態であり、帰宅することが困難な状況であったことから、Xらは、N医師に対して、AをY病院に入院させるよう懇願した。N医師は、前記診療の結果、Aには数カ所の外傷は認められるものの、全身状態には異常がなく、帰宅させても支障がないものと考えており、また、Y病院は当時満床で、新たな入院患者を受け入れることができない状態であったため、Y病院に入院させることはできない旨答えた。

Xらは、それならば、せめて他の病院に入院させて欲しいと更に懇願したため、N医師は、Aがかなり興奮状態であったこと、また、統合失調症の既往症があることの説明を受けていたことから、再び飛び降り自殺を測る可能性があると判断し、Aを入院可能な他の医療機関に転送することとし、東京消防庁の救急情報センターにAの転送先を探してくれるよう依頼した。

しかし、同センターから、Aの転送先が探し出せなかったとの連絡があり、さらに、本人若しくは家族が他の総合病院等で診察を受けたことがあり、診察券等を所持していれば無条件に夜間でも入院や診察を受けることができるとの指摘があったため、N医師は、Aの母親に診察券はないか確認したところ、T大学病院の精神科の診察券を所持していることが判明した。

そこで、N医師は、同センターに対し、AがT大学病院に通院していることと、診察券に記載されていたカルテの番号を通知したところ、同センターから同病院の神経科でAの診察ないし入院を受け入れることができるとの連絡があった。ただ、同時にN医師からT大学病院の医師に直接連絡して欲しいとの指示があったため、N医師は、電話でT大学病院の神経科の医師に対し、Aがビルの高所から飛び降りた可能性が高いこと、Aの具体的な状態について診察をしたが全く異常がないこと、Aはかなり興奮していて入院加療が必要であること等を説明したところ、同病院で受け入れ可能との返事を得た。

そこで、N医師は、T大学病院神経科にAを転送することとし、救急車を要請した。

午前3時12分ころ、Y病院に救急車が到着し、午前3時29分ころ、AはT大学病院に到着した。Aは、Y病院を出発する時点において、疲労及び顔色不良が見られる状態であり、いわゆるプレショック状態にあった。

Aは、T大学病院に到着した後、直ちに、神経科に搬送され、神経科、第2内科及び救命救急科の診察を受けたが、特に訴えはなく、「家に帰りたい。」と言ってはいたものの、顔色が蒼白で、全身にチアノーゼがあり、バイタルサインは血圧が測定不能、脈拍は心電図モニターで150から140、意識レベルは1けた、腹部は軟らかいもののわずかに膨満しており、眼瞼結膜、貧血が見られる状態であった。

Aは、午前4時30分ころには、意識レベルが1けたから2けたで、心拍数が150から160となり、血圧が100台に落ち込み、呼吸抑制が見られ意識が混迷となったことから、挿管してポンプ輸血を施行したが、血圧測定不能となった。担当医師は出血性プレショック状態ではないかと疑い、CTスキャンを施行したが、頭部CTスキャン施行後、急に徐脈して心停止したため、心肺蘇生を施行したところ、脈拍は一時的に130台に回復したものの、血圧は測定不能、対光反射は消失、瞳孔は散大し、意識レベルは300となり、胸腹部CTスキャンの結果、胸部両側に血気胸、腹部には後腹膜出血が疑われ、ICU入室時にはプレショック状態が続き、肺や肝臓等からの出血量が多くなった時点で急にショック状態となり心停止した。同日午前4時50分ころ、Aは多発外傷と診断され、救命救急科に入室、心肺蘇生を施行したが回復せず、午前8時45分、死亡が確認された。

Aの解剖所見は、(1)胸腔内臓器損傷(両肺損傷、血気胸・左血性胸腔液600ミリリットル、右血性胸腔液300ミリリットル)及び肋骨骨折、(2)腹腔内臓器損傷(肝臓損傷、血性腹腔液800ミリリットル)、(3)その他、脾臓器貧血等であり、その結果、Aは高所から飛び降りた際に受けた胸腹腔内臓器損傷により死亡したことが判明した。

そこで、Xらは、Aが死亡したのは、Y病院の医師が診療契約上の注意義務に違反したからであるとして、債務不履行に基づく損害賠償をした。

(損害賠償請求)

請求額:
8989万1000円
(内訳:逸失利益3289万1000円+患者本人の慰謝料2000万円+両親の慰謝料2名合計3000万円+弁護士費用600万円+葬儀費用100万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
220万円
(内訳:両親の慰謝料2名合計200万円+弁護士費用20万円)

(裁判所の判断)

1 救急指定病院医師の診療契約上の注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、N医師は、AがY病院に搬送されてきた際、同人を搬送してきた救急隊員からAはアパートの11階から飛び降りた可能性がある旨の説明を受けていたこと、AがY病院に搬送されてきた際、Aは顔色不良の状態であったこと、Aが前額部に5針縫う縫合処置を必要とする挫創を受けており、その他にも右下肢、右肘及び腰部と、多部位にわたって外傷が認められたこと、それにもかかわらず、Aは、外傷の認められた前額部や腰部の痛みを訴えず、右足の痛みのみを訴え、また、本件診療時、Aは極度の興奮状態にあり、正常な問診が不可能な状態で、詳細な受傷経過が不明であったこと等の事情が認められたのであるから、同医師には、視診、触診、バイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸数など)の確認、胸部・腹部の単純レントゲン撮影等を施行して、脳神経外科的診察のみならず、強度の外力がAの全身に加わった結果、胸腹腔内蔵器損傷に起因する血気胸ないし腹腔内出血が発生していることをうかがわせる所見がないかどうか十分に検索すべき診療契約上の注意義務があったと判示しました。そして、この検索によって、気胸や血胸、腹腔内出血、胸腹腔内臓器損傷等が疑われるような異常所見が見られれば、前額部の挫創の縫合に先立って、末梢静脈路を確保し、輸液を開始するなどして、ショック症状の発生の防止に努めるとともに、速やかにAを開腹術による止血操作等の継続的治療ないし全身状態の経過観察が可能な高次医療施設へ転送すべき診療契約上の注意義務があったとしました。

N医師は、視診、触診、血圧・脈拍の測定及び確認は行っているが、Aが痛みを訴えた部位は右足のみであり、外傷の認められた部位と一致しなかったことから、念のため、頭部、右肘、右下肢、腰部について単純レントゲン撮影を施行しているところ、腰部のレントゲン写真には、右下位肋骨骨折、傍結腸溝の拡大及び腸腰筋影の不鮮明といった異常所見が認められ、Aがアパートの11階から飛び降りた可能性があること、上記骨折の位置等を総合すると、肋骨骨折に伴う肝損傷による腹腔内出血が存在するのではないかと疑うべきであったにもかかわらず、上記異常所見を見落とし、その結果、Aの全身状態には全く異常がないものと判断し、胸部についてはレントゲン撮影すら施行しなかったのであるから、同医師は前記の診療契約上の注意義務を怠ったと判断しました。

裁判所は、N医師が上記検索を十分に施行して、腰背部のレントゲン写真に前記のような異常所見を発見できたならば、同医師は、多発肋骨骨折およびそれに伴う肝損傷による腹腔内出血を疑うことができ、場合によっては気胸をも疑うことができたのであるから、前額部の挫傷の縫合に先立って、末梢静脈路を確保し、輸液を開始するなどして、ショック症状の発生の防止に努めるとともに、速やかにAを救命救急センター等の高次医療施設へ転送すべきであったのに、上記異常所見を見落としたため、Aの全身状態には全く異常がないものと判断し、再度の自殺を防止するために、同人をT大学病院神経科に転送したにすぎないのであって、同医師は、この点においても、診療契約上の注意義務を怠ったと判断しました。

2 損害

前提として、裁判所は、Aが受傷した直後である本件診察時に、N医師が前記注意義務を尽くしていたとしてもAを救命ないし延命することができた可能性はかなり低いものであったとして、N医師の注意義務違反とAの死との間の因果関係を否定しました。

そして、N医師の注意義務違反とAの死との間に因果関係が認められない以上、その余の点について判断するまでもなく、Aの逸失利益、A本人の慰謝料及び葬儀費用は、これをN医師の注意義務違反によるXらの損害と認めることはできないとしました。

しかしながら、N医師は、Aの腰背部のレントゲン写真に肋骨骨折等の異常所見があったのにこれを見落とし、全身状態には全く異常がないものと判断し、前額部の縫合処置のみを行った上で、Aに対してY病院から退去するよう求めたのであって、同医師は、診療契約上の注意義務を怠ったといわなければならないのであり、Xらは、右のようなN医師の対応によって精神的損害を受けたことが認められ、これを慰謝するためには、Xら各自につきそれぞれ100万円が相当であるとしました。

以上より、裁判所は上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認めました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年10月10日
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