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No.399 「脳腫瘍切除術中に内頸動脈から出血が生じ、患者に脳梗塞並びに左片麻痺と失語の症状が生じた。大学病院の執刀医に、内頸動脈付近まで手術を行った過失を認めた事案」

神戸地方裁判所平成19年8月31日判決 判例時報2015号104頁

(争点)

内頸動脈付近まで手術を行った過失の有無

(事案)

X(昭和15年生まれの専業主婦)は、平成10年4月ころから、頭痛やめまいが生じており、同年5月初旬には歩行障害が生じるようになっていた。

そこで、Xは、同年5月27日、Yが開設するY大学医学部附属病院(以下「Y病院」という。)第三内科を受診し、頭部CT撮影を行ったところ、右前頭葉に腫瘍病変が認められたことから、Y病院脳神経外科が紹介され、同月29日、Xは、Y病院脳神経科外科において、I医師の診察を受けた。I医師は、Xについて、右前頭葉に直径約6センチメートルの腫瘍性病変を認め、蝶形骨縁髄膜腫を疑い、Xを入院させることとした。

H医師及びT医師はXの担当となり、H医師は、I医師から特に直接の引き継ぎを受けることはなかった。

H医師は、Xを診断し、頭痛、歩行障害、右眼のうっ血乳頭を認めるとともに、Xの頭部CT撮影の結果から右前頭葉に直径約6センチメートルの巨大な腫瘍及びその周囲の浮腫を認めた。なお、その当時、Xの意識は清明であり、見当識障害が見られることはなかった。

H医師は、X及びその夫に対し、脳腫瘍があること、精査の上、手術をするべきであるということなどを10分程度説明し、入院診療計画書を交付した。なお、この段階においては、Xがいつ手術を行うか、いかなる内容の手術を行うかは決まっていなかった。

Y病院脳神経外科においては、毎週金曜日午後の定例カンファレンスが同日(29日)行われることとなっていたが、H医師が病棟医長に対し、Xに対する上記診療の結果を報告すると、病棟医長は、H医師に対し、カンファレンスにおいて、Xについて報告するように指示した。

H医師は、29日当日のカンファレンス(以下「本件カンファレンス」という。)の席上において、Xの髄膜腫の場所・大きさ等、病歴および神経学的な所見について報告した。H医師が、その際、手術の要否、時期又は内容について意見を述べることはなかった。

O医師は、本件カンファレンスの席上において、Xに同日のうちに手術を行うことを決定した。O医師は、その際、手術の必要性又は内容等を説明することも、術前にバルーン閉塞試験ないしマタステストを行うなどの指示することもなかったが、頭部MRI検査及び脳血管造影の検査をするよう指示した。本件カンファレンスにおいて、上記O医師の決定ないし指示について議論されることはなかった。

Xは、H医師から、各検査について簡単な説明を受けた上で、午後3時15分ころから同日午後4時15分くらいまでの間、MRI検査、エックス線撮影及び心電図検査を受けた。

O医師は、H医師などの医師とともに、本件カンファレンス終了後、定例となっている教授回診(通常1時間半程度を要する。)を行った。H医師が、Xの上記MRI検査の結果を教授回診中のO医師に報告すると、O医師は、腫瘍が大きいこと、内頸動脈を巻き込んでいるので手術に注意しなくてはいけないことをコメントした。

H医師は、病棟の詰め所において、X及びその夫に対し、CT又はMRIといったXの画像フィルムを用いながら、Xの腫瘍は大きく、当日手術を行う必要があること、これを放置した場合には意識が悪くなったり命にかかわるということ、手術を前提とした検査として脳血管造影を行うということ、脳血管撮影の方法、必要性及び危険性等を説明した。もっとも、H医師は、手術自体の説明は、O医師とニュアンスの違いがあってはいけないと考えたことから説明をしなかった。

O医師は、H医師及びT医師の立ち会いの下、CT及びMRI写真を用いて、Xとその夫に対し、自らの教授室において、説明した。

Xは、説明を受けた後、手術等説明書・同意書に署名押印することもないまま、午後5時10分ころには、必要な準備等を行い、午後5時30分ころ、脳血管造影検査を受け、午後8時、手術室へと向かった。そして、Xに対し、開頭脳腫瘍切除手術(以下「本件手術」という。)が行われた。

頭蓋骨を開いた後、硬膜を切開し、脳の表面を露出させた後、前頭葉の底面を脳ベラを用いて上方に拳上して主要を露出させた状態で、超音波メスやバイポーラ止血摂子などの器具を用いて腫瘍を除去していった。

腫瘍の除去を進めていったところ、腫瘍の3分の2以上が切除された段階で、腫瘍の中に埋没していた右内頸動脈の一部と両側の視神経が露出された。内頸動脈を前床突起後方から約1センチメートル剥離し、術者であるO医師が右手にバイポーラピンセット、左手に吸引器を持ち、腫瘍を内頸動脈から剥離する作業を進めたが、その途中で内頸動脈の内側部から出血が生じた(以下「本件出血」という。)。

そこでヤサギール止血管クリップを用い、出血部の前後で血流を遮断して止血し、出血部に筋肉片を当て、その上からナイロン糸で縫合し、接着剤で固定、補強した上で、53分間の血流遮断を開放した。

その後、さらに、腫瘍の摘出を進めたが、末梢側の内頸動脈及び前大脳動脈の周囲は強く癒着しており、摘出困難であったため、腫瘍の摘出を断念し、止血確認後、硬膜を縫合して、頭蓋骨弁を元に戻して固定し、皮膚を縫合して、翌30日午前11時25分に本件手術を終えた。

本件手術により、Xの腫瘍は90%以上は除去されたが、視神経及び内頸動脈付近のものは残された。

Xには、本件手術後、右大脳半球に広範な低吸収域が出現し、脳梗塞と診断された。その後、左片麻痺及び失語の症状が出現した。

そこで、Xは、Yに対し、不法行為責任(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行責任に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
6238万9077円
(内訳:後遺障害慰謝料2800万円+逸失利益2838万9077円+弁護士費用600万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
5277万2367円
(内訳:後遺障害慰謝料2700万円+逸失利益2231万9970円+弁護士費用345万2397円)

(裁判所の判断)

内頸動脈付近まで手術を行った過失の有無

この点について、裁判所は、まず、本件出血の機序について、内頸動脈と腫瘍との剥離を行うために、バイポーラピンセットで腫瘍を持ち上げた瞬間に、腫瘍が内頸動脈の血管壁に浸潤していたことから、脆弱になっていた内頸動脈が剥がれたことによって起こったと認定しました。

そして、腫瘍の摘出範囲については、術者が手術を行い、実際にこれを進めていく過程において得られる情報をもとに、決するべきであると考えられるが、当然、術者の裁量の範囲については、その他の事情等をも総合考慮した上で、合理的な範囲内に限られると判示しました。

これを本件についてみるに、O医師は、視神経周囲の腫瘍を残置させるという選択をしたことから、Xについて内頸動脈周囲の腫瘍までも除去する必要性が高かったとまではいえず、同部位は、除去が決して容易であるとはいい難い部位であり、位置関係の正確な把握及びくも膜に沿った形の剥離が必要であり、その操作を誤った場合の危険性は高く、代替的手段もあった。にもかかわらずO医師は本件手術を行ったものであり、さらにO医師は本件出血を起こす際、当該腫瘍と内頸動脈との付着部位周辺において、明瞭なくも膜を確認することのないまま、比較的硬かった腫瘍に対して操作を加えたことが認められると指摘しました。

その上で裁判所は、O医師には、特段の事情のない限り、上記裁量の範囲を超えて、操作するべきではなかった部位についても、操作を加えた過失が認められるというべきであり、上記特段の事情を窺わせる事情は認められないと判断しました。

以上により、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年1月10日
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