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No.446「椎間板ヘルニアの患者を脊髄腫瘍と判断して手術をしたが、術後、患者が下半身麻痺に。国立病院医師が椎弓切除手術の高度な危険性を説明せず、患者の決断・選択の機会を侵害し、自己決定権を奪ったとして国に損害賠償を命じた高裁判決」

仙台高等裁判所平成6年12月15日判決 判例タイムズ886号248頁

(争点)

  1. 診断上の過誤の有無
  2. 手術方法選択上の過誤の有無
  3. 手術中止義務の懈怠の有無
  4. 説明義務違反の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

昭和49年、◇(事件当時35歳の男性)は下肢の異常を感じ、国である△の開設する病院(以下、「△病院」という。)を受診したところ、脊髄腫瘍と診断された。

は△病院で脊髄腫瘍摘出のための手術を受けることになった。

は同年8月20日に入院し、以降同年9月9日ころまで両下肢以下の痺れ感及び知覚鈍麻がやや強くなっているように訴えていた。

同年9月18日の検査で膀胱炎の所見が見られ、△病院に勤務するA医長及びH医師は、◇の状態の観察結果をも考え合わせてその症状が次第に悪化しているとの印象を抱いていた。もっとも、◇自身は病状が進行しているとは感じておらず、9月14日から16日にかけてと、同月21日から同月23日にかけて、それぞれ外泊許可を受けて帰宅し、2回目に帰宅した際には自宅までの数キロメートルを自力で歩いたほか、同月28日にも外出許可を受けた。

手術は下記のようであった。椎弓を切除し、黄靱帯等を排除して脊髄硬膜を露出させた。脊髄硬膜を見分すると部分的に黄色で、肥厚していた。次いで、硬膜を切開して硬膜内を見ると、脊髄表面の血管が怒張し、蛇行しているのが認められたが、脊髄の後方(背側)には腫瘍は存在しなかった。

そこで、A医長は、脊髄軟膜ごとの神経鉤で脊髄を左側に寄せて硬膜内の脊髄前方(腹側)を見分したところ、術前の脊髄造影検査により得られた所見と一致する第9、第10胸椎間板の高さのほぼ正中部に硬膜の外側から硬膜の内部方向に突出し脊髄を圧迫している小児小指頭大の膨隆物を発見し、次いで、再び、神経鉤で脊髄軟膜ごと脊髄を左側に寄せてこの膨隆物を露出させ、これにメスを入れると、第二助手を担当していたH医師にも見える高さまで同所から透明な水様物が飛散したが、膨隆状態は解消しなかったので、ゾンデでその中を探った上、鋭匙で主としてその底部にある内容物を摘出したのち膨隆状態のままになっている袋状の皮様の物を押して平らにし、硬膜、皮下組織を各縫合して傷を閉じた。

手術後、摘出した内容物の病理検査を依頼したところ、摘出物には骨及び軟骨に混じり髄核がみられ、ヘルニアといっていい状態である旨の所見及び診断がもたらされた。

H医師によって作成された手術記録には、脊髄腫瘍とされていた術前の臨床診断が、手術後に椎間板ヘルニアと記載された。A医長は、手術後この手術記録に何回も眼を通した。

手術後、◇は、本件手術終了直後から臍部以下両下肢に完全麻痺症状(弛緩性麻痺)をきたし、知覚運動能力の完全喪失、膀胱直腸障害が生じた。その3日後から上記麻痺は少しずつ回復傾向を示し、手術後約20日の間に、両腸腰筋、大腿二頭筋、大腿直筋、股関節の外転、内転等の運動能力にごくわずかの回復をみ、両下肢の知覚能力についても若干の回復をみ、両下肢の知覚能力についても若干の回復がみられたが、自力による排便、自然な排尿が不能な状態が続いた。

その後、昭和49年11月からは機能回復訓練を始め、昭和50年の6月頃には両下肢に固定装具を付ければ平行棒を往復できる程度になった。

昭和50年12月に機能回復訓練を本格的に行うため、転院したが、さしたる症状の好転はみられず、その後、同病院に通院しながら、自宅療養を継続した。

そこで、◇ら(◇およびその妻子ら)は、◇が下半身麻痺を来したのは、担当医に診断を誤った過失、手術方法の選択を過った過失、手術開始後、状況が明らかになった段階で手術を中止すべきであった、手術中に脊髄を損傷した、手術前に説明義務を尽くさなかったなどと主張して、△に対し、損害賠償請求を求めた。

第一審は、手術中に疾病が胸椎椎間板ヘルニアであることを確認した時点でその摘出の適否についての慎重な判断を怠り、本来中止すべき手術を安易に続行してヘルニアの摘出に及び、その結果十分予測し得た脊髄への不可逆的な損傷を招来せしめた過失があるとして、請求額の一部を認容した。

そこで、これを不服として、△および◇らが控訴した。なお、◇は控訴審の途中で死亡している。

(損害賠償請求)

控訴審の請求額:
5000万円
(内訳:患者分4100万円+妻分700万円+子1人分200万円。詳細不明)
一審での請求額(患者と家族合計):
1億8644万5000円
(内訳:患者の逸失利益1億2471万1000円+付添費2300万4000円+慰藉料1500万円+弁護士費用800万円-損益相殺187万円+妻の慰藉料1000万円+妻の弁護士費用100万円+子2人の慰藉料合計600万円+子2人の弁護士費用合計60万円)

(裁判所の認容額)

控訴裁判所の認容額:
950万円
(内訳:患者の慰藉料800万円+弁護士費用150万円)
一審での認容額:
1540万円
(内訳:患者の慰謝料1000万円+妻の慰藉料200万円+子2人の慰藉料合計200万円+患者の弁護士費用100万円+妻の弁護士費用20万円+子2人の弁護士費用合計20万円)

(控訴審裁判所の判断) 

1 診断上の過誤の有無

この点について、裁判所は、脊髄腫瘍の場合には、早期完全摘出が治療の鉄則であり、診断の時点では麻痺が軽く、進行がそれほど急速でなくてもその時点で手術の適応となることは医学上の常識であること、本件事実関係及び証言・鑑定結果を総合すれば、A医長及びH医師が患者の臨床所見、ルンバール検査及び都合4回に渡る脊髄造影検査の結果等を総合して第9、第10胸椎椎間板の高位に脊髄腫瘍の存在を想定した判断に誤りがあったとはいえないと判断しました。

2 手術方法選択上の過誤の有無

この点について、裁判所は、本件手術が施行された昭和49年当時、A医長らが胸椎部の腫瘍摘出手術について椎弓切除による後方進入法によるのが通常とされていたことから、当時の医学の一般的水準に照らしたA医長らが上記手術方法を選択したことにつき過誤があるとは認められない旨判示しました。

また、ヘルニアに対する手術としても本件手術とは同様の椎弓切除法が一般的であったことが認められるから、本件手術を椎間板ヘルニアの手術としてみた場合でもA医長らの手術方法選択上の過誤は認め難いと判断しました。

3 手術中止義務の懈怠の有無

この点について、裁判所は、椎弓切除法によるヘルニアの摘出は、当該病巣部への手術的進入が極めて困難なこと等から手術中脊髄に不可逆的な損傷を加える危険が多く、術前に比してむしろその症状を悪化させるおそれが高いことが認められるものの、(1)硬膜を切開し、脊髄及びその周辺を検索しても脊髄硬膜内外のいずれにも腫瘍を発見できなかった段階においては、脊髄造影検査で存在が予想され、視認によって確認された脊髄圧迫物が腫瘍であるよりも椎間板ヘルニアである蓋然性の方が高くなったと判断すべきであったといいうるだけの証拠はなく、(2)A医長は脊髄硬膜外前方に膨隆物を発見した時点でこれを椎間板ヘルニアと診断していないが、◇の椎間板ヘルニアは硬膜に接する部分はヘルニアでは稀な嚢腫様の状態にあったことを考え合わせれば、A医長が椎間板ヘルニアと診断をしなかったからといってその点に過誤があるとはいえないこと、などに鑑み、A医長が脊髄に不可逆的な損傷を加える危険性を具体的に予測することは困難であったものといわざるを得ず、そうである以上、この時点で上記予測を前提とする手術中止義務をA医長に負わせることはできないと判断しました。

4 説明義務違反の有無

この点について、裁判所は、椎弓切除による後方侵入法によって脊髄前方にある脊髄圧迫物を摘出する手術は、当該圧迫物が椎間板ヘルニアである場合のみならず、それが腫瘍であったとしても、脊髄に不可逆的な損傷を高い確率で引き起こし、重篤な後遺障害を発生させる危険性のある手術であるとしました。そして、この危険性は、肉体に対する医的損傷たる手術一般に内在する危険とは質的に異なる、高度なものであるとしました。

したがって、A医長ら医師側としては、◇から上記手術の承諾を得るに際して、◇に対し、一般の手術の場合よりも格段に入念に、このような高度の危険性、すなわち発生する可能性のある後遺障害の内容、程度についても具体的に説明し、更に、脊髄腫瘍を疑った診断に過誤がないことは前示のとおりであるが、それにしても椎間板ヘルニアであることを想定する余地が全くなかったわけではない本件では(結果論として言っているのではない)、上記診断に至った経過、根拠を説明し(その中では当然に他の病因ではないとした根拠の説明もなされる筈である)、脊髄腫瘍でない場合にも早期の手術が必要なのかについても判断の資料を提供する義務があったというべきであるとしました。

しかるところ、手術の説明に当たったH医師も、また手術責任者の立場にあったA医長においても、上記危険性等につき何ら◇およびその近親者に対して説明しなかったと認定しました。

もっとも、◇がH医師から手術の説明を受けた後、脊髄圧迫物を取除いてもらうより仕方がないと考え、それ以上の詳しい説明を求めないまま本件手術に応ずるに至ったものであることは、◇自身も原審における本人尋問の際に認めていることを考慮すれば、上記危険性等の説明があったとしたら◇は本件手術を承諾しなかったであろうと考えられる特段の事情があるとは認め難いとしました。それと同様に、逆に上記内容の入念な説明を受けた場合に、それにもかかわらず◇が本件手術を承諾したであろうとの推認を可能にする証拠もないので、結局のところ、A医長らは、◇の決断・選択の機会を不当に奪った責任を免れないものというべきであるとしました。

ただし、本件においては本件手術の危険性等の説明があったとしたら◇が本件手術を承諾しなかったであろうとまでは認め難いため、説明義務の違反と相当因果関係のある損害としては、選択の機会を侵害し、本件手術に同意するかどうかの自己決定権を奪ったことにより◇の被った精神的苦痛に限られるものというべきであると判示しました。

以上より控訴裁判所は、上記(控訴審裁判所認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年1月 7日
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