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No.73「麻酔剤でのうがいからショック症状に陥り、健忘症候群の後遺症。患者の特異体質によるとして、医師の過失を否定した判決」

佐賀地方裁判所判決 昭和60年7月10日判決(判例時報1187号114頁)

(争点)

  1. キシロカイン希釈水溶液でのうがいとショック及び後遺症との因果関係
  2. 医師の過失の有無

(事案)

患者A(当時40歳の女性。公務員)は、昭和51年7月7日Y医師経営の病院に初来院し、咽頭痛を訴えた。Y医師は、Aに既往症を尋ねると、Aは他院でのどがやや大きく腫れているといわれたため来院したと答えた。

Y医師がAののどを舌圧子とライトを使用して(このときAは嘔吐感を催した)一覧したところ、全般的に咽頭が腫れており、腫瘍上に盛りあがっている(びらん状態にある)ことが認められた。

Y医師は右症状を必ずしも重大なものとは認めなかったが、Aが他医院で受診の上来院したことでもあるので、より詳しく診察しようと思い、できれば組織検査(生検)もした方がよいと判断したが、Aが舌圧子によって嘔吐感を催したのでAの咽頭部分を麻痺させるべくキシロカインの希釈液によってうがいをさせることにした。

そして、これに先立ちAに対し、従前における、薬剤の使用に対する異常反応の有無を確認したところ、そのようなことはないとの返事であり、顔色や全身状態にも格別異常はないものと認められたので、W看護師長に対し、Aに4パーセントキシロカイン液5ミリリットルを10ミリリットルに薄めたうえこれを2、3回にわけてうがいをさせるように指示した。

Aは、同日午前11時15分頃から、病院内の洗面所で右指示通りにキシロカイン2パーセント水溶液10ミリリットルを3回に分ける見当でうがいをはじめたが、2回目のうがいの途中に気分が悪くなったような様子をみせ、同日午前11時20分には次第にけいれんを起こしはじめチアノーゼ気味になってきて容態の急変が窺えた。

Y医師は、即座にAを処置室に運び込んだ。しかしてAは呼吸困難の状態を呈し、けいれん、チアノーゼもますます激しくなったので、Y医師はまず気道を確保すべく開口器でAの口をあけ気道挿管したうえ、麻酔機を固定してバック操作を行なって加圧酸素を送り込む一方、右足にキシリット500ミリリットルを点滴注射するとともにオルガドロン(副腎皮質ホルモン)10アンプルを注射するなど緊急措置を講じた。

Aは、同日午前11時30分右人工呼吸が功を奏したのかチアノーゼが消失し、顔色もよくなったが、なおけいれんが収まらず、眼瞼反射等生体反応も乏しいまま午後2時位まで危篤状態が続いた。

Y医師は同日午後4時55分頃AをK大学付属病院に搬送した。Aはそのまま同病院脳神経外科に入院して集中的治療を受けた結果、翌8日午前緩慢ながら呼名反応を示すようになって危機を脱し、以後徐々に意識を取り戻していって回復したが、記銘力障害、頭痛、頭重感は消失しなかった。

そのため同月31日から同年12月25日まで同病院精神神経科に転科(入院)して治療を受けたところ、上記各症状は軽度の改善がみられたもののなお残存し、判決当時も健忘症候群の後遺症をとどめている。

(損害賠償請求額)

患者の請求額 2000万円
(内訳:入院雑費1,986,900円+逸失利益16,129,003円+慰謝料20,000,000円+弁護士費用2,000,000円の合計40,115,903円の内金)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額 0円

(裁判所の判断)

キシロカイン希釈水溶液でのうがいとショック及び後遺症との因果関係

裁判所は、この点につき、「Aが意識障害を伴うショック状態になって一時は危篤の事態に陥り、結果として健忘症候群の後遺症を残すに至ったのが、キシロカイン水溶液でうがいをしたことによって、生じたことは明らかである」と認定した上で、ショック状態の原因について、「Aのキシロカインに対する異常反応、すなわち特異体質によるアナフィラキシーショックであると認めるのが相当である」と判示しました。

医師の過失の有無

裁判所は、キシロカインによって患者がアナフィラキシーショックを起こす可能性はきわめて少ないこと、アナフィラキシーショックを予知するためには患者に対する問診以上に安全、確実な事前チェックはないとされていること、Y医師及び看護師が事前にAに薬剤の使用により身体に異常があったことはないことを問診して確認していることなどから、Y医師がその他の事前テストをしなかったことを捉えてY医師の診療債務の不履行もしくは過失ということはできないと判断し、Y医師の責任を否定しました。

カテゴリ: 2006年6月12日
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