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No.83「主治医が抗がん剤を過剰投与し患者が死亡。私立大学附属病院の耳鼻咽喉科科長兼教授にも業務上過失致死罪の成立を認めた最高裁判決」

最高裁判所第一小法廷 平成17年11月15日決定(判例時報1916号154頁)

(争点)

  1. 耳鼻咽喉科科長であり、患者に対する治療方針等の最終的な決定権者であるA医師に、主治医Bの治療計画の適否を具体的に検討し、誤りがあれば直ちにこれを是正すべき注意義務に違反する過失があるか
  2. 抗がん剤の使用により、患者Xに副作用が発現した場合には、A医師に、Xの死傷等重大な結果の発生を未然に防止しなければならない注意義務に違反する過失があるか

(事案)

被告人A医師は、私立S大学附属病院の耳鼻咽喉科科長兼教授であり、同科の医療行為全般を統括し、同科の医師を指導監督していたものであるが、同科の診療は、指導医、主治医、研修医各1名の3名がチームを組んで当たるという態勢が採られていたため、患者X(当時16歳)の治療には、Cを指導医に、Bを主治医とし、これに研修医が加わった3名が当たることになった。Xの症例は右顎下の滑膜肉腫という極めてまれな難病であり、同科には滑膜肉腫の臨床経験のある医師がいなかったところ、主治医Bは、同科病院助手のD医師からVAC療法(横紋筋肉腫に対する効果的な化学療法と認められているもので、硫酸ビンクリスチン、アクチノマイシンD、シクロフォスファミドの3剤を投与するもの)が良いと言われ、同病院の図書館で文献を調べ治療計画を立てたが、Bが文献を誤読していたため、Xに対し週1度投与すべき抗がん剤(硫酸ビンクリスチン)を7日間連続で投与してしまい、Xは抗がん剤の過剰投与による多臓器不全により死亡した。

主治医Bについては禁錮2年・執行猶予3年の有罪判決が1審で確定した。指導医Cについては1審で罰金30万円の判決が言い渡されたが、検察官が控訴し、2審の東京高等裁判所はこれを破棄して、禁錮1年6月・執行猶予3年の判決を言い渡し、確定した。A医師については、1審は罰金20万円、2審は禁錮1年・執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。これを不服としてA医師が上告した。

(裁判所の判断)

耳鼻咽喉科科長であり、患者に対する治療方針等の最終的な決定権者であるA医師に、主治医Bの治療計画の適否を具体的に検討し、誤りがあれば直ちにこれを是正すべき注意義務に違反する過失があるか

裁判所は、右顎下の滑膜肉腫は耳鼻咽喉科領域では極めてまれな症例であり、同病院の耳鼻咽喉科においては過去に臨床実績がなく、同科に所属する医局員はもとよりA医師ですら同症例を扱った経験がないこと、VAC療法についても、主治医B、指導医CはもちろんA医師も実施した経験がなかったこと、VAC療法に用いる硫酸ビンクリスチンの使用法を誤れば重篤な副作用が発現し、重大な結果が生ずる可能性があり、現に過剰投与による死亡例も報告されていたが、A医師らは、このようなことについての十分な知識はなかったこと、主治医Bは医師として研修医の期間を含めて4年余りの経験しかなく、A医師は、同科に勤務する医師の水準から見て、平素から主治医Bらに対して過誤防止のため適切に指導監督する必要を感じていたことなどを根拠として、A医師は、主治医のBや指導医のCらが抗がん剤の投与計画の立案を誤り、その結果として抗がん剤が過剰投与されるに至る事態は予見し得たものと認められるとし、そうすると、A医師としては、自らも臨床例、文献、医薬品添付文書等を調査検討するなどし、VAC療法の適否とその用法・用量・副作用などについて把握した上で、抗がん剤の投与計画案の内容についても踏み込んで具体的に検討し、これに誤りがあれば是正すべき注意義務があったと認定しました。

そして、A医師にはこの注意義務を怠った過失があると判示しました。

抗がん剤の使用により、患者Xに副作用が発現した場合には、A医師に、Xの死傷等重大な結果の発生を未然に防止しなければならない注意義務に違反する過失があるか

裁判所は、抗がん剤の投与計画が適正であっても、治療の実施過程で抗がん剤の使用量・方法を誤り、あるいは重篤な副作用が発現するなどして死傷の結果が生ずることも想定されるところ、A医師はもとよりB、Cらチームに所属する医師らにVAC療法の経験がなく、副作用の発現及びその対応に関する十分な知識もなかったなどの前記事情の下では、A医師としては、Bらが副作用の発現の把握及び対応を誤ることにより、副作用に伴う死傷の結果を生じさせる事態をも予見し得たと認められると判示しました。そして、少なくとも、A医師には、VAC療法の実施に当たり、自らもその副作用と対応方法について調査研究した上で、Bらの硫酸ビンクリスチンの副作用に関する知識を確かめ、副作用に的確に対応できるように事前に指導するとともに、懸念される副作用が発現した場合には直ちにA医師に報告するよう具体的に指示すべき注意義務があった認定しました。

その上で、A医師にはこの注意義務を怠った過失も認められると判示し、禁錮1年・執行猶予3年の有罪判決という2審判決を維持しました。

カテゴリ: 2006年11月16日
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