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No.95「市立病院が腰椎骨折患者につき、HIV感染者であることから手術的治療を回避。医学的根拠のない差別的取扱による慰謝料の支払いを市に命じる判決」

甲府地方裁判所平成17年7月26日判決(判例タイムズ1216号217頁)

(争点)

  1. 腰椎骨折に対して手術的治療を実施しなかったという不作為と後遺障害との間に因果関係があるか
  2. 前記1の因果関係が認められない場合に、患者Aの適切な治療を受ける期待権が侵害されたか

(事案)

患者Aは、1970年(昭和45年)生まれのタイ人女性であり、平成4年12月16日、スナックのホステスとして働いていた際、氏名不詳の男性客から暴行を受け、逃げるためにスナック店舗の2階から飛び降り腰痛骨折の傷害を負った。Aは医療法人Y1が開設するY1病院に搬送され、同月17日午前零時ころ入院した。同日午前9時30分ころ、Y1病院の医師はAの治療費を負担する旨申し出たAの知人Zらの承諾を得てAの血液についてHIV検査を実施した。

Y1病院の医師らは、診察の結果、Aについて脊髄の除圧手術が早急に必要であるが、Y1病院では対応できないとして、Y2市が設置運営する市立Y2病院(以下市立病院という)への転院を市立病院の整形外科科長でもあるK医師に依頼した。

平成4年12月21日、Aは市立病院に転院し、診察の結果、後方進入脊髄前方除圧、後側方固定手術を同月24日に行うことを予定し、Aの知人Zも保証人として手術の承諾書を作成した。12月21日午後5時ころ、AのHIV検査の結果が陽性であったことが判明し、K医師は、翌日整形外科主任科長と相談し、Aに手術的治療を行わないこととした。また、市立病院院長であるH医師、整形外科主任科長、K医師、総婦長及び事務局長の5名で相談の結果、Aを県立T病院に受け入れてもらうよう要請することとし、Aは12月24日、県立T病院に転院した。Aはタイに帰国するまで県立T病院に入院して診療を受け、除々に回復したが下半身運動麻痺及び膀胱直腸麻痺の後遺障害を負った。 患者Aは、平成5年2月にタイに帰国し、医療法人Y1とY2市を被告として本件訴訟を提起したが、平成9年に後天性免疫不全症候群(エイズ)により死亡した。 本件訴訟でAの相続人(本件訴訟の承継人)は、主位的には「Y1病院及び市立病院の医師らはAの腰椎骨折に対して手術的治療(脊髄の除圧手術及び脊椎の固定手術)を実施すべきだったのにこれを怠った。仮にAに対して手術的治療が実施されていれば、Aは完治したか後遺障害を負ったとしても更に軽症だったはずである」と主張し、予備的には「仮に手術的治療を実施しなかったという不作為とAの後遺障害との間に因果関係が認められなかったとしても、Aは、手術的治療という適切な治療を受ける期待権を侵害された。」と主張した。

(損害賠償請求額)

患者遺族側の請求額(遺族合計)主位的請求1516万7000円
(休業損害・逸失利益・慰謝料・後遺障害に対応した家屋建築費用・弁護士費用の合計。内訳不明)
予備的請求600万円(適切な治療を受ける期待権を侵害されたことによる慰謝料)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額(遺族合計)100万円
(適切な治療を受ける期待権を侵害されたことによる慰謝料)

(裁判所の判断)

腰椎骨折に対して手術的治療を実施しなかったという不作為と後遺障害との間に因果関係があるか

裁判所は、この点につき、鑑定結果などから、手術を実施していればAの後遺障害が更に軽症となった高度の蓋然性があるとまでは認められないと判示して、因果関係を否定しました。

前記1の因果関係が認められない場合に、患者Aの適切な治療を受ける期待権が侵害されたか

裁判所は、市立病院のK医師や整形外科主任科長が、AがHIV陽性であることが判明したことから、市立病院の看護師や他の患者等に動揺が広がるのを避けるためなど、Aの治療以外の目的のため、平成4年12月24日に計画されていた手術を回避したと認定し、これは、患者のために最善の治療を尽くすべき医師の義務の放棄ともいえ、整形外科主任科長及びK医師が医師としての注意義務に違反していると判示しました。

その上で、K医師が予定していた平成4年12月24日の手術的治療が実施されていれば、Aの後遺障害が更に軽症となった相当程度の可能性を否定することはできないとして、Y2市は、Aが適切な治療を受ける期待権を侵害されたことによる精神的損害を賠償すべきであると認定しました。

更に、裁判所は、市立病院の医師らはAに対する手術を予定し、その術式は、当時有効かつ適切なものであったと認められ、かつ、その実施についても医学的に特段の問題はなかったのに、AがHIV感染者であることが判明するや、そのことのみを理由にこれを取りやめ、積極的な保存的治療も行わないまま、Aを県立T病院に転院させたことは、患者がHIV感染者であることのみを理由とした医学的根拠のない差別的取扱いであるといわざるを得ず、Aの人格権を違法に侵害し、著しい精神的苦痛を与えるものであるとも判示しました。

そして、慰謝料の額については、(1)後遺障害がAの生活の質(QOL)に与える影響が小さくないこと、(2)手術回避の理由がHIV感染者であるというおよそ首肯し難いものであったこと、一方で(3)Aは自分がHIV感染者であることを知らなかったと認められること、(4)Aが平成4年12月当時、いわゆる不法残留外国人であったこと、(5)タイの平均賃金は日本の約10分の1であることなどを考慮して、100万円を相当と判断しました。

カテゴリ: 2007年5月18日
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