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No.103「冠状動脈バイパス手術を受けた患者が、術後に腸管壊死になり、死亡。医師の過失を認め、高裁判決を破棄した最高裁判所判決」

最高裁判所平成18年4月18日判決(判例タイムズ1210号67頁)

(争点)

  1. 医師の過失の有無

(事案)

患者Aは、故B院長の開設していたC病院において、平成3年2月22日午前11時55分から午後6時30分まで、冠状動脈バイパス手術を受けた。執刀医は、B院長から依頼を受けたE大学教授であり、C病院のD医師及びF医師が助手を務めた。術後の血圧、脈拍などのバイタルサインは落ち着いており、良好な経過をたどっていた。

Aは、23日夕刻ころから強い腹痛を訴えるようになり、24日午前0時ころからは頻繁に強い腹痛を訴えるようになった。同日午前2時30分ころ鎮痛剤が投与されたものの、腹痛が改善せず、午前3時50分にはより強力な鎮痛剤が投与されたにもかかわらず、腹痛は強くなった。

血液ガス分析の結果におけるBE(塩基過剰)値は、同日午前0時には許容値を超え、午前2時46分には高度のアシドーシス(酸血症)を示すようになり、午前5時30分からは補正のために断続的にメイロンが投与されたにもかかわらず、改善されなかった。D医師は、24日午前8時までの間にアシドーシス、肝機能障害、腎機能障害が認められたので、腸閉塞と判断した。午前8時ころ撮影のレントゲン写真によれば、腸閉塞像が認められ、ガスが多い状態であった。同日午前8時までの間に腸管の蠕動亢進薬が投与されたにもかかわらず、腸管蠕動音はなかった。

その後、Aの血液の酸素分圧が上がらず、不穏状態であり、投薬にもかかわらず、意識レベルが少しずつ落ちてきて、アシドーシスを補正するための治療を施しても、それが改善されず、全身状態が悪化していった。そこでD医師は同僚医師と相談の上、開腹手術を行うこととし、執刀医であったE教授に連絡をとった。そして24日午後7時20分ころ、Aの開腹手術が実施され、小腸、大腸部分切除、胆嚢摘出、人工肛門造設の手術が行われたが、その際の所見では、大腸には広範な壊死が認められた。

手術は午後11時25分に終了し、D医師らは引き続き集中管理体制で治療に当たったが、Aの意識は回復せず、急性腎不全、急性心不全を来し、Aは25日午後0時55分に死亡した。

(損害賠償請求額)

患者遺族の請求額:不明

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:医師側の過失を否定した高裁判決を破棄し、高裁に事件を差し戻したため、記載なし

(裁判所の判断)

争点に対する裁判所の判断

高裁判決が平成3年当時の医療水準に照らし、D医師に術後の管理を怠った過失は無いと判断したのに対し、最高裁判所は、まず、平成3年当時の腸管壊死に関する医学的知見によれば、腹痛が常時存在し、これが増強するとともに高度のアシドーシスが進行し、腸閉塞の症状が顕著になり、腸管の蠕動運動を促進する薬剤を投与するなどしても改善がなければ腸管壊死の発生が高い確率で考えられており、更に、腸管壊死の場合には、直ちに開腹手術を実施し、壊死部分を切除しなければ救命の余地はないとされていた旨判示しました。

その上で、本件の事実関係によれば、D医師は、24日午前8時ころまでに、Aについて、腸管壊死が発生している可能性が高いと診断した上で、直ちに開腹手術を実施し、腸管に壊死部分があればこれを切除すべき注意義務があったのにこれを怠り、対症療法を行っただけで経過観察を続けたというのであるから、同医師の術後管理には過失があるというべきであると判断しました。

そして、高裁の判決を破棄し、D医師の注意義務違反とAの死亡との間の因果関係の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を福岡高裁に差し戻しました。

カテゴリ: 2007年9月10日
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