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No.113「抜歯の際、歯科医師が麻酔注射の注射針の選択を誤り、折れた注射針が患者の右上顎部組織内に残存。患者の後遺症を考慮し歯科医師に損害賠償責任を認めた判決」

札幌地方裁判所平成17年11月2日 判例時報1923号77頁

(争点)

  1. 患者に生じた後遺症の程度
  2. 患者に生じた損害額の算定

(事案)

患者X(昭和52年生まれの男性・事故当時大学院生)は、平成15年1月10日午前10時30分ころ、右顎の痛みを訴え、Y歯科医師が開設しているY歯科医院を受診し、Y歯科医師と歯科治療のための診療契約を締結した。Y医師は、診察の結果、右側上顎第三臼歯(いわゆる親知らず、以下「本件智歯」)と右側下顎第二臼歯の咬頭干渉による顎関節症と診断し、本件智歯の抜歯を行うこととした。

Y歯科医師は同日午前11時頃、本件智歯を抜歯するため、麻酔注射を行うに際し、長さ21ミリメートル、太さ0.3ミリメートルの注射器を刺入したところ、刺入部の組織が堅かったため、針尖が丸くなり、刺入しづらくなった。そこで、Y歯科医師は、組織の損傷防止と刺入のし易さを考慮して、長さ14ミリメートル、太さ0.26ミリメートルの注射針に替えた上、同注射器を電動麻酔機を用いて強圧をかけずに刺入し、麻酔液を注入した。その後、Y医師が注射針を抜こうとしたところ、同注射針は、電動麻酔機本体の根本から折れ(長さは約14ミリメートル)、患者Xの右上顎部組織内に破折した注射針が迷入した(以下、「本件残存針」という。)。

患者Xは、Y歯科医師から本件事故の説明を受け、Yから紹介されたS医科大学医学部付属病院口腔外科で右上顎異物除去術を受けたが、残存する針を摘出することはできなかった。残存針の残存部位は、細かな血管や神経が多数ある所であり、訴訟の時点では本件残存針の摘出は困難な状態である。

患者Xは原告として、Y歯科医師を被告として、不法行為又は診療契約の債務不履行を理由として、損害賠償請求訴訟を提起した。

本件事故が発生したのは、Y歯科医師が、注射針刺入部位の組織が硬かったにも拘わらず、細い針の注射針を選択して使用したため、刺入後にこれを抜くのに際して注射針が破折して、折れた針が患者Xの右上顎部組織内に迷入、残存したものであり、本件訴訟においては、Y歯科医師の注射針の選択に過失があったことについては原告被告間に争いは無い。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:2903万6708円
(内訳:治療費及び交通費等の実費28万6365円+慰謝料500万円+逸失利益2105万0343円+弁護士費用270万)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:1717万8985円
(内訳:治療費及び交通費等の実費28万6365円+慰謝料400万円+逸失利益1139万2620円+弁護士費用150万円)

(裁判所の判断)

患者に生じた後遺症の程度

裁判所は、患者Xの後遺障害の程度について、本件残存針は患者Xの右上顎の神経等が集中している部位に残存して摘出困難な状態になっており、この時点で症状は固定したといえることを指摘し、患者Xの現在の症状から、患者Xは通常の労務に服することはできるものの、ときには労働に差し支える程度の神経症状が出現しており、その原因は本件残存針の存在ないしその摘出術の合併症によるものということができると認定しました。

その上で、これらは本件残存針の存在という他覚的所見の裏付けがあるということができるから、患者Xの後遺障害の程度は、後遺障害等級12級12号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」の程度に達していると判断しました。

患者に生じた損害額の算定

裁判所は、そして、逸失利益の算定に当たり、患者Xの労働能力喪失率について、患者Xの後遺障害が後遺障害等級12級12号にあたる程度に達していること、症状が少しずつ良くなっていること、長時間のプレゼンテーション等でなければ仕事上の影響もそれほど大きいとまでいえないことから、労働能力喪失率を10パーセントを超えることはないと認定しました。また、中間利息の控除方式については患者Xが主張するホフマン方式ではなく、実務の大勢が取り入れられているライプニッツ方式を採用して患者Xの逸失利益を算定し、1139万2620円を逸失利益として認めました。その他の項目についても上記裁判所の認容額記載の損害額を算定しました。

カテゴリ: 2008年2月13日
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