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No.122「急性白血病の患者の専門医療機関への転送が、休診日との関係で遅れ、転送前に患者が死亡。医師に過失を認めた判決」

福岡高等裁判所平成18年9月12日判決 判例タイムズ1256号161頁

(争点)

  1. Y医師が患者Aを早急に専門医療機関に転送しなかったことに過失が認められるか
  2. 患者Aの損害額

(事案)

患者A(24歳の女性)は、平成13年12月29日ころから、38度の熱があり、31日には熱が39度台になったためF市内の急患センターを受診した。その後T市内の実家に帰省した後も症状が改善しないため、平成14年1月2日、3日にT市の急患センターを受診したが、症状は依然として改善しなかった。

F市に戻ったAは、平成14年1月4日(金曜日)午前11時ころ、Y医師が理事長であるY医療法人が経営するY医院(外科胃腸科肛門科)を受診し、Y医師の診察を受けた。

Y医師は血液検査の結果、白血球数の異常増加、血小板の異常減少を認めたので、白血病を疑い、Aの出血傾向を確認したところ、両側前腕に著明な皮下出血(ただし、小斑)を認め、さらに、胸部にもやや青い皮下出血斑(いずれも小斑)などがあった。Y医師は以上の諸点から、急性白血病を疑った。そこで、Y医師は、更に詳細な検査をするため、午後0時頃、C検査センターに生化学検査、凝固検査、白血球分類等を含めた血液検査を依頼した。

Y医師は、Aが急性白血病であれば専門医への転送が不可欠であると認識したが、C検査センターの検査結果が出るのは夜になると思い、それからでは受付時間外となって、専門医への転送は困難であるから、結局、転送は月曜日にならざるを得ないと考えた。そこで、Y医師はAに急性白血病の疑いが濃厚であること、今は安静が必要であること、血液病専門の病院(K医療センター、K大学病院、F大学病院、H病院の4カ所を挙げた)での治療が必要で、Y医院では治療ができないこと、今日は正月4日の金曜日で医者には連絡がつかないが、4カ所のいずれの病院でも、Aが直接すぐに行けば診てもらえるであろうこと、ただ、Y医師が紹介するのであれば、月曜日の朝にK医療センター血液内科に転送することになることを説明した。

これに対し、Aは専門治療ができなくてもよいから、月曜日の朝までY医院に入院したいと回答したため、AはY医院に入院することになった。

C検査センターの検査結果は、同日午後3時30分頃にファクシミリで到着したが、Y医師は気づかず、午後8時過ぎになって検査結果に目を通した。その結果から、Y医師はAについて急性骨髄性白血病と診断した。

1月6日午後5時ころ、Aは病室のトイレでふらつき右頭頂部付近を打ったが、その際痛みを訴えておらず、その部位に腫脹もなく、血腫は(±)であった。そのため、Y医師は、脳血腫が起こる可能性を強くは考えず、頭部CT検査等の諸検査は実施しなかった。

1月7日午前3時30分ころAは頭痛が強いと訴え、午前6時50分には、呼吸異常となり、瞳孔が散大した。午前7時10分気管内挿管をしたが、午前7時50分に心肺停止に至り、午後8時40分に死亡が確認された。Aの直接の死亡原因は、脳出血であるが、病理解剖がされていないので詳細は不明である。  Aの母が、Aの損害賠償請求権を単独相続し、Y医療法人に対し債務不履行ないし不法行為に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求額)

原告の請求額:9684万0284円
(内訳:逸失利益+慰謝料+葬儀費用等、具体的金額は不明)

(判決による請求認容額)

第一審の認容額:660万円
(内訳:慰謝料600万円+弁護士費用60万円) 控訴審の認容額:970万円
(内訳:慰謝料800万円+葬儀費用80万円+弁護士費用90万円)

(裁判所の判断)

Y医師が患者Aを早急に専門医療機関に転送しなかったことに過失が認められるか

裁判所は、7日の早朝から患者Aの症状が急激に悪化して死亡に至ったことから、結果的には7日朝の転送では遅すぎたとして、転送すべき時期が問題であると、まず指摘しました。

また、急性白血病患者が播種性血管内凝固症候群(以下、「DIC」という。)を併発していると認められる場合には、直ちに専門医療機関に転送すべきであると判示して、AがY医院を受診した1月4日の時点でDICを発症していたかどうかを検討しました。

そして、当時の厚生省の定めた診断基準に照らすと、4日の時点におけるAの症状は、少なくとも「DICの疑い」に該当するのであり、急性白血病が強く疑われたというにとどまらず、DICを併発していた可能性も排除しきれないと判断しました。ただし、転送時期の判断においては、AがDICを併発していることを前提にはできないとも判示しました。

次に、裁判所は、C検査センターから午後3時30分頃に検査結果が送信された午後3時30分の時点においては、Y医師はAが急性骨髄性白血病に罹患しているとの判断をすることができ、かつ、DICの併発さえも疑われるということを認識すべきであったとしました。そして、同医師は、この時点で、Aを血液内科のある専門医療機関に転送すべきであったといわなければならず、その意味で、C検査センターからのファクシミリの到着を見過ごしたY医師の責任は重大であるとしました。

次に、当日が正月4日の金曜日であることから、現実に転送できたかという点について、以下のように判示しました。

血液内科のある三次救急病院がいずれも1月4日は休診日ではなかったこと、診察時間が午後5時ころまでであったことから、たとえY医師の経験上、現実には治療を担当する医師の判断により受入れが決定されるために受け入れが拒否される可能性があるとしても、Y医師が自分の経験を重んずるあまり、4日にAを転送するための努力を尽くしていないとしました。そして、現に、4日に転送のための努力を尽くしたにもかかわらず、いずれの専門医療機関からも受入れを拒否されたというのであれば、Y医師の責任を問うことは酷であろうが、初めから転送が不可能と決め込んでそのような努力を一切しなかった以上、その点を落ち度として責められてもやむを得ないとしました。

以上から、Y医師としては4日午後3時30分ころ以降可及的速やかに、Aを専門医療機関に転送するよう手配すべきであったし、そうしていれば、Aはいずれかの専門病院等において専門的治療を受けることができた可能性があったと認められ、これを怠ったY医師に過失を認めました。

そして、転送されていれば急性白血病に対する専門医の適切な治療が受けられたのであり、それにより、Aが7日の朝に死亡するということにはならなかったとして、Y医師の過失とAの7日朝に死亡したこととの間に相当因果関係があるとし、Y医師に対して損害賠償義務を認めました。

患者Aの損害額

裁判所は、患者Aは、専門医療機関に転送されることにより、7日朝の死亡という結果を回避することができたとしても、その後、遠からずして急性白血病により死亡することは免れなかったのか、それとも寛解からさらには治癒にまで進展することができたかは、いずれもそれなりの可能性があるが、そうだといっていずれも高度の蓋然性があるとも断じ難いものであるとしました。そこで、Aの損害についての判断に当たっては、この点を踏まえて検討する必要があるとしました。そして、逸失利益の算定において、Aが専門医療機関に転送されていさえすれば、直ちに就労可能な程度にまで回復していたはずであるということができないのはもちろん、その後一定期間をおいて回復したであろうと認めることもできないとして、逸失利益を損害として認めませんでした。他方で、逸失利益を損害として認めない代わりに、慰謝料を原審より高く算定し、また葬儀費用も相応の減額をしたうえで80万円の限度認めました。また、弁護士費用として90万円を認めました。

カテゴリ: 2008年7月10日
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