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No.127「患者が心臓弁膜置換手術後に、低酸素脳症を発症し、その後死亡。医師の術後管理につき、止血及び輸血措置、心タンポナーゼに対する検査、処置について心不全発症防止義務違反を認め、国立病院側に慰謝料の支払義務を認めた判決」

大阪地方裁判所平成20年2月27日判決 判例タイムズ1267号246頁

(争点)

  1. 遷延性意識障害に至る機序
  2. 心不全発症防止義務違反があるか
  3. 心不全発症防止義務違反と患者の死亡との間に因果関係があるか

(事案)

患者A(当時74歳の女性)は、平成11年12月、○○府立U病院(以下U病院という)に心不全で入院し、一度退院したが再び心不全で入院し、めまい等を訴えていた。平成14年3月26日、U病院のN医師は、大動脈弁及び僧帽弁共に弁置換の適応と考えているなどと記載した診療情報提供書を作成した。Aの家族はこの診療情報提供書及びU病院における検査結果を持参の上、国立Y1病院(後に「Y1医療センター」と改称(以下、「Y1病院」という。))でY2医師の診察を受けた。Y2医師は、Aの家族に対し、心臓弁膜症(大動脈弁狭窄症)に関する病気の説明をした。

Y2医師は、同年4月9日に、外来受診したAに対し、病状及び手術について説明をし、承諾を得た。Aは同月10日、Y1病院に入院し、同年5月13日、AはY2医師の執刀、Y3医師ら3名の医師の助手立ち会いの下、大動脈弁及び僧帽弁置換手術(本件手術1)を受けた。同手術の手術時間は8時間27分、大動脈遮断時間207分、体外循環時間262分であった。手術は同日午後7時10分に終了し、AはCCUに帰室した。

術後のAの血圧は、同日午後9時ころ90mmHg(以下、収縮期及び単位の各記載を省略する。)台であったが、午後9時30分ころから除々に低下して50から60台になったため、PPF(蛋白製剤)が投与された。同日午後10時ころにはAは半覚醒で呼名に反応した。午後11時ころからAの血圧が低下したため、Y3医師は心臓超音波検査を実施したところ、心嚢液の貯留量は4mm程度であり、心室虚脱等の心臓の壁運動に異常はみられなかったことから、Y3医師は心タンポナーデではなく循環血液量の低下が原因であると判断し、AにFFP(新鮮凍結血)6単位を施注した。

しかし、Aは同日午後11時を過ぎると、排液チューブからの出血量が急増し、血圧が収縮期60まで急落し、さらに40台まで急落した。同月14日午前1時ころにボスミンが投与されたが、改善されなかった。午前1時29分の時点では、Aは高度のアシドーシス(全身の低酸素状態の結果として起こる病態)に陥っていた。Y3医師は、午前1時40分、心臓マッサージを開始し、Aの血圧は午前2時ころ、170まで上昇したものの、同日午前2時30分ころには再び60まで低下した。Y3医師は、Aに心タンポナーデが発症したと判断し、同日午前3時40分ころ、再開胸止血術(本件手術2)を開始し、午前9時ころには終了した。

Aは術後、遷延性意識障害に陥り、人工呼吸器、中心静脈栄養、強心薬により生命を維持する状態が続き、平成14年11月13日、動脈硬化性病変による心筋梗塞により死亡した。

患者Aの夫が死亡後、患者Aと夫との間の子であるX1、X2、X3がAの損害賠償請求権を相続して原告となり、Y1病院の行為により生じた国の権利義務を承継した独立行政法人国立病院機構、Y2医師及びY3医師に対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

*心タンポナーデとは、大量の心嚢液貯留により心膜腔内圧が上昇し、心室拡張障害を来し、それに伴って著しい静脈灌流障害が出現し、心拍出量が低下した状態をいう。

(損害賠償請求額)

患者の遺族の請求額:遺族3名合計5767万9398円
(内訳:逸失利益1588万9402円+後遺障害又は死亡慰謝料2800万円+入院慰謝料279万円+説明義務違反に係る慰謝料600万円+弁護士費用500万円。端数不一致)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:遺族3名合計495万円
(内訳:慰謝料450万円+弁護士費用45万円)

(裁判所の判断)

遷延性意識障害に至る機序

裁判所は、まず、遷延性意識障害の原因について、患者Aは13日午後11時ころ以降、血圧が著しく低下して血行動態が悪化した結果、脳細胞組織を維持するのに必要最低限の脳血流量が維持できなくなり、脳細胞組織が壊死するに至り、遷延性意識障害に陥ったものと認定しました。

そして、13日午後11時ころから生じた血行動態悪化の原因は、Aに心不全があったため、心嚢液貯留が通常より少量で血行動態に影響を及ぼしたことによるものであると認定しました。さらに、その心不全の原因は、本件手術1前からみられた病変、本件手術1における長時間の心停止及び体外循環、本件手術1後の心嚢液貯留や、1時間に200mlを越える持続的な出血による貧血が複雑に関係し合い、冠灌流の低下を来し、主に左室前壁の虚血が生じたことにあると認定しました。

心不全発症防止義務違反があるか

まず、遷延性意識障害の原因となった出血性貧血による心筋虚血の防止について、Aには、本件手術1での長時間にわたる心停止及び対外循環時間のため出血傾向を来す要因が存在し、実際にも出血傾向がうかがえたのであるから、Aの術後管理をしていたY2医師らとしては、術後の出血量やtHb(ヘモグロビン値)を確認した時点で、出血量が多いとの認識の下、RC-MAP(人赤血球濃厚液)を4~6単位輸血するとともに、それまで使用していた止血剤が有効でないことから、別の止血剤を検討して投与するなどして、止血措置及び出血による貧血を改善する措置を講ずる注意義務を負っていたとしました。

しかし、Y2医師らは、Aに対し、CCU帰室時(午後7時40分)から止血剤(アドナ、トランサミン)を継続的に投与し、また、午後9時30分ころの血圧低下に対してPPFを投与したものの、その後、午後11時ころの血圧低下まで、輸血を開始したり、別の止血剤を検討して投与するなどの措置を講じず、午後11時過ぎからFFPの投与を開始するに至ったにすぎなかったのであるから、長時間に及んだ本件手術1に引き続いての術後管理であったとの事情や本件手術1の前にはAの心機能が比較的良好であったとの事情を考慮したとしても、その止血及び輸血措置が、その時期及び内容のいずれにおいても不十分であったと判示しました。

次に、心タンポナーデに対する検査、処置については、Aの術後管理を担当していたY2医師らは、13日午後11時ころ以降の血圧が顕著に低下し始めた時点で、心臓超音波検査を実施し、心嚢液の貯留が認められた場合、胸部X線写真を撮影し、本件手術1直後に撮影されたものと比較して変化が認められるときには、再開胸手術実施の判断をする注意義務を負っていたとしました。

以上から、Y2医師らにおいて、止血及び輸血措置が不十分であった点及び午後11時ころの心臓超音波検査の所見を踏まえて胸部X線写真を撮影すべきであったのにそれを怠った点に過失を認めました。

心不全発症防止義務違反と患者の死亡との間に因果関係があるか

患者Aには、止血・輸血等について適切な措置が講じられていない状態の下、14日午前1時29分の時点では重篤なアシドーシスがみられ、午前1時40分ころには心臓マッサージが開始されたが、上記の適切な措置が講じられていれば、心嚢液貯留の血行動態への影響や、冠灌流の低下による心不全の程度が軽減された結果、午前1時30分ころの時点において、Aの血行動態が上記のように心臓マッサージを必要とするほど深刻な状態には至ることはなく、この時点で血腫が除去されていれば、遷延性意識障害の原因である低酸素脳症の発症を回避できた相当程度の可能性はあったと判示しました。

ただし、本件においては、輸血によって血行動態が実際の状態より改善されていた可能性自体それほど高いとはいえず、また顕著な血圧低下が生じたことは避けられなかった可能性が高いことから、Aの低酸素脳症の発症を回避できた高度の蓋然性を認めることはできず、相当程度の可能性も比較的低い程度にとどまっていると認定し、注意義務違反と死亡との因果関係は認めませんでした。

しかし医師らの注意義務違反がなければ、Aが死亡しなかった相当程度の可能性は認められるので、医師らは、この「相当程度の可能性」を侵害したというべきであり、そのことによって、Aが被った精神的損害を賠償する義務があると判示ましました。

そして、Y2、Y3医師らの過失の内容、程度、Aの年齢等本件に現れた一切の事情を斟酌し、患者Aの精神的損害の慰謝料額を450万円とするのが相当であるとしました。

カテゴリ: 2008年9月 5日
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