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No.202「産婦人科病院の医師が無痛分娩方法として麻酔注射をしたところ、分娩後の妊婦に硬膜外膿瘍および圧迫性脊髄炎が発症。麻酔注射の際の消毒の不完全につき過失を認定するにあたり、どの部分の消毒が不完全であったかを明示しなかった控訴審判決を維持した最高裁判決」

最高裁判所第三小法廷 昭和39年7月28日判決 判例タイムズ165号78頁

(争点)

麻酔注射の際の消毒が不完全であるという過失の認定事実として、消毒が不完全な部分を確定しなければいけないか

(事案)

X(当時37歳の女性)は、昭和34年10月27日分娩のため、Y医師が経営するY婦人科病院(以下、「Y病院」。)に入院した。Y医師は、Xに対し、同日から翌28日にかけて無痛分娩方法として脊髄硬膜外麻酔注射(以下、「本件注射」)を行った。

ところが、その後4、5日経つと、Xは腰部の疼痛と下肢の麻痺を訴えはじめた。そして、その苦痛が次第に増したため、Xは、Y医師の意見に従い、同年11月7日、A整形外科病院(以下、「A病院」)に入院した。

Xは、A病院においてB医師の診察を受けたところ、本件注射を受けた部位である脊髄硬膜の外側に膿瘍が発見され、そこからブドウ状球菌が検出された。そして、Xの症状は、ブドウ状球菌がそこで繁殖し硬膜外膿瘍及び圧迫性脊髄炎を起こしたため生じたものと診断された。

そこで、Xが、Y医師に対して、損害賠償を求めて訴えを提起した。

第一審ではXの請求が棄却されため、Xは控訴した。

控訴審判決は、まず、ブドウ状球菌の繁殖によるXの硬膜外膿瘍及び圧迫性脊髄炎は、Y医師のした麻酔注射に起因する旨を認定しました。更に、鑑定結果を踏まえて、ブドウ状球菌の伝染経路としては、(1)注射器具、施術者の手指、患者の注射部位等の消毒の不完全ないしは消毒後の汚染、(2)注射薬の不良ないし汚染、(3)空気中のブドウ状球菌が注射に際し、たまたま付着、侵入すること(話し中のつばにまじって汚染する場合も含む)、及び、(4)患者自身が保菌していて抵抗力の弱まった際血行によって注射部位に病菌が運ばれることが考えられるけれども、本件においては、(1)、つまり注射器具、施術者の手指、患者の注射部位の消毒が不完全(消毒後の汚染を含めて)であったため、それらに付着していた菌がXの体内に侵入したためブドウ状球菌に感染したものと認定して、Xの請求を、下記【控訴審の認容額】の範囲で一部認容。

控訴審判決では、注射器具、施術者の手指、患者の注射部位のいずれの部分について消毒が不完全であったかを具体的に明示しなかったため、Y医師はこれを違法と主張して上告した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:計150万円
(内訳:入院費用13万6000円+入院雑費6万4000円+逸失利益15万円+人工栄養費用及び貰い乳の謝礼15万円+慰謝料100万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:
【第一審の認容額】計0円
【控訴審の認容額】計59万6495円 (内訳:治療費9万6495円+慰謝料50万円)
【最高裁の認容額】計59万6495円 ※控訴審判決を維持

(裁判所の判断)

麻酔注射の際の消毒が不完全であるという過失の認定事実として、消毒が不完全な部分を確定しなければいけないか

この点について最高裁判所は、控訴審判決は、本件注射に際し注射器具、施術者の手指あるいはXの注射部位の消毒が不完全(消毒後の汚染を含めて)であり、このような不完全な状態で麻酔注射をしたのはY医師の過失である旨判示するのみで、具体的にそのいずれについて消毒が不完全であったかを明示していない、と判示しました。

しかし、最高裁判所は、これらの消毒の不完全は、いずれも、診療行為である麻酔注射に際しての過失とするに足るものであり、かつ、医師の診療行為としての特殊性にかんがみれば、具体的にそのいずれの消毒が不完全であったかを確定しなくても、過失の認定事実として不完全とはいえないと解すべきである、と判示しました。

以上から、最高裁判所は、控訴審判決には違法はなかったと判示して、Y医師の上告を棄却しました。これにより、Xの請求を一部認容した控訴審判決が確定しました。

カテゴリ: 2011年11月 4日
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