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No.221「子宮内膜症疑いの妊婦に対して、医師の処方とは異なる抗癌剤が渡され、出生した男児に重度の障害。患者親子側の請求を棄却した地裁判決を取り消し、病院の不法行為責任を認めて親子側の請求を認容した高裁判決」

福岡高等裁判所平成8年9月12日判決 判例時報1597号90頁

(争点)

  1. 抗癌剤であるユーエフティの服用と障害発生との因果関係の有無
  2. 薬剤を交付した職員の過失の有無

(事案)

X2(女性)は、昭和59年7月17日、Y法人の経営する病院(以下、Y病院とする)の医師であるH医師の診察を受けた。X2は、このとき妊娠の診断を受けなかったものの、妊娠5週と3日に入っていた。

H医師は、X2に対して子宮内膜症の適応剤であるボンゾールの処方せんを作成した。しかし、薬剤交付にかかわるY病院職員がH医師の処方、指示とは異なるユーエフティ(抗癌剤)をX2に手渡した。

X2は、第2回目の受診日である同月24日までにユーエフティを多くても11カプセル服用した。

この期間は、X2にとって妊娠5週目から6週目の期間にあたり、胎児(出生後のX1)にとっては、その中枢神経、心臓、消化器、四肢などの重要臓器、器官が発生・分化する器官形成期であって催奇性という意味では胎児がもっとも敏感な絶対過敏期であった。

X2は、昭和60年3月25日、X1を出産したが、X1には、先天異常と高度の障害(以下、障害等)が生じており、人の介護なくしては日常生活を送れず、成長しても労働能力は全く無い状態であった。

そこでX1、X2およびX1の父親であるX3の3名が、Y法人に対して損害賠償請求訴訟を提起した。

第一審の熊本地方裁判所は、Xらの請求をすべて棄却したことから、Xらが控訴した。

(損害賠償請求額)

原告の請求額 :計5000万円(内訳:男児の逸失利益2695万3430円+男児の慰謝料2000万円+両親の慰謝料両名合計500万円+介護料4766万8635円+弁護士費用500万円の合計額の内金)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:
【第一審の認容額】計0円
【控訴審の認容額】計5000万円(内訳:男児の逸失利益3192万0040円+介護費用3160万0057円+男児の慰謝料2000万円+両親の慰謝料両名合計500万円+弁護士費用500万円の合計額のうち請求にかかる5000万円(損害額の内金))

(裁判所の判断)

抗癌剤であるユーエフティの服用と障害等との因果関係の有無

裁判所は、薬品と障害等との因果関係を推定できるための要件として、1.その障害等が生じた器官の形成期に一致して薬品を服用したことが最も重要であること、2.動物実験で同種類の催奇形成が報告されていること、ただし、動物種によっては催奇形成が出たり出なかったりするし、催奇形成の種類が異なる可能性があるので、この条件は絶対に必要なものではなく、むしろ動物実験で同じような催奇形成が証明されている場合は、薬品との因果関係が存在する可能性が一層強く疑われると考えるのが妥当であること、3.当該障害等が特殊なものである場合は薬品と因果関係のある可能性が高まること、4.障害等発生の素因となる母体の疾患(例えば内分泌障害等)が関与している可能性が少ないこと、5.かつて同様な例が学会に報告されておれば、薬品との因果関係の可能性が一層高まること等を挙げ、この基準が学会において通用性をもっていると判断しました。

そして、裁判所は、X1について、上記1ないし5の要件を検討した結果、他に有力な原因がなければ、X1の障害等はユーエフティに由来すると推認するのが相当と判示しました。

裁判所は、X1の障害等を惹き起こした因子は、遺伝因子ではなく、環境因子に分類される仮死分娩あるいは母の妊娠中毒症、その他の何らかの事由であるところ、ユーエフティの摂取という環境因子のみが、X1の障害等の惹起にかかわった可能性があると判示しました。

X2のユーエフティの服用がX1の障害等と因果関係があると推認するのが相当であると判断しました。

予見可能性の有無

この点について、裁判所は、薬剤交付にかかわるY病院職員が、担当のH医師の処方、指示とは異なるユーエフティをXに手渡してしまったことが明らかであり、患者と薬剤との適応関係を考えると、このようなことはあってはならないことであると判示しました。そして、裁判所は、もしも処方、指示のない薬剤を患者に手渡しこれを患者が服用したならば、これによって患者に思いがけない事態を招くことがあり得ることは、職員にとって予測可能なことであり、とりわけ劇薬、指定医薬品、医師等の処方せん、指示により使用すべき要指示薬のユーエフティをその適応外の患者に渡してその服用を促すことは、ユーエフティの効能、その作用機序および副作用に鑑み、よりいっそう許されないことであると判示しました。

その上で、裁判所は、X2は、Y病院において第一回目に受診した昭和59年7月17日当時、既に妊娠5週に入っており、胎児は器官形成期の絶対過敏期にあったから、このような妊婦にユーエフティを渡し、その服用を促したY病院職員の過失は明らかであるとしました。そして、Y病院の規模、診療業務からして、Y病院には多数の多様な患者が来診すると考えられるから、当時のX2のような妊娠している女性に誤った薬剤を交付するという事態が起こりうることは、薬剤交付にかかわる職員にとって予測し得ることというべきであると判示し、Y病院職員の不法行為責任を認めました。そして、Y法人は、ユーエフティ交付にかかわったY病院職員の使用者として、民法715条に基づき、Xらの被った損害を賠償すべき義務があると判断しました。

以上より、裁判所は、Xらの請求をすべて棄却した一審判決を取消して、Xらの請求を認容し、判決はその後確定しました。

カテゴリ: 2012年8月 8日
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