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No.243「脱水状態の患者にイレウスの手術を実施。患者が脳虚血による大脳皮質障害による意識障害に陥る。道立病院の麻酔科医の過失を認めた地裁判決」

札幌地裁平成14年6月14日判決 判例タイムズ1206号240頁

(争点)

  1. X1の全身状態の把握を怠った過失の有無について
  2. 麻酔の手技が不適切であったことについて

 

(事案)

平成3年1月25日、X1(昭和17年9月生まれ・男性)は北海道の開設する病院(以下、Y病院という)を受診したところ、結膜黄疸及び皮膚黄染が認められたので同病院内科に入院した。

X1は、同年2月7日、胆石症と診断されたので、手術目的でY病院外科に転科し、同年3月14日、胆のう摘出術及び総胆管切開、Tチューブドレナージ術の手術(以下「第1手術」という)を受けた。

同年4月1日、X1はイレウス(腸閉塞)との診断を受けた。

4月4日午前10時過ぎころ、X1の担当医であったY病院のG医師は、Aにガストログラフィンによる造影検査を施行し、小腸の通過障害の改善が見られないことを確認したため、M医師(Y病院の外科医長)及びT医師と打合せを行い、X1のイレウスの手術(第2手術という)を行うことを決定した。麻酔は、K医師(Y病院に出張して来ていたA医科大学麻酔科助手で、第1手術の麻酔も担当)が担当することになった。

4月4日午前11時45分、X1の胸椎に硬膜外チューブを挿入留置の上、硬膜外チューブから2パーセントキシロカイン10ミリリットルを注入した。この時点でX1の血圧は最高95、最低50であった。続いて、同日午前11時48分、X1に吸入用マスクを装着し、これと並行してイソゾール10ミリリットル及びマスキュラックス6ミリグラムを静脈留置針から注入した。この時点でX1の血圧は最高105、最低51であった。

午前11時58分、X1の血圧が測定不能になり、エフェドリンの注入を行い、午後零時06分、X1が著明な徐脈を呈したため、心拍数を増加させるため硫酸アトロピン(昇圧剤)を注入した。午後零時7分、X1の心拍停止が確認され、Y病院医師らは心臓マッサージを開始し、午後零時31分、X1の心拍は再開した。午後零時59分ころまでに、医師らは第2手術の中止を決定し、麻酔覚せいのためワゴスチグミン(筋弛緩剤の拮抗薬剤)を静脈内に注入した。

X1は午後零時7分から31分までの上記の間の心停止が原因で脳虚血による大脳皮質障害をきたし意識障害に陥った。

4月5日午後零時50分ころ、X1は意識障害が持続したままB病院へ搬送され、同日午後4時ころから午後7時20分ころまで、B病院において、気管内挿管の全身麻酔によりイレウスの手術(第3手術という)を受けた。しかし、小腸の一部が既に圧迫されて壊死し、穿孔があり、汎発性腹膜炎が生じていたため、穿孔部を含めて小腸40㎝を切除した。

第3手術以後も、X1の意識障害は回復せず、同年5月21日、Y病院外科に再入院した。X1は、大脳皮質障害のため、意識障害が持続し、チューブによる栄養補給等の全身管理を要する状態にあり、現在の医療技術において回復は困難である。同年6月1日、X1は障害者としての認定を受け、重度心身障害者医療給付事業の適用により、同日以降の医療費が無料となった。

その後、Xら(X1、その妻X2および長男X3)は、Yに対して債務不履行または不法行為に基づき損害賠償請求訴訟を提起した。

 

(損害賠償請求)

患者ら(患者と妻、長男)の請求額:合計1億8144万4716円
(内訳:入院雑費901万5573円+休業損害1600万8300円+後遺症逸失利益5897万3893円+慰謝料合計3400万円(患者の後遺症慰謝料2400万+妻と長男固有の慰謝料計1000万)+将来の介護費5344万6950円+弁護士費用1000万円)

 

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:合計1億1302万2750円
(内訳:入院雑費448万8740円+休業損害0円+後遺症逸失利益5768万3136万+慰謝料2900万円(患者の後遺症慰謝料2400万円+妻と長男固有の慰謝料計500万円)+介護費1385万0874円+弁護士費用800万円)

 

(裁判所の判断)

X1の全身状態の把握を怠った過失の有無について

裁判所は(ア)血液検査の結果などから、本件麻酔施行時、X1の脱水状態は相当進行していた(イ)イレウスの悪化及び腹部の炎症の亢進に伴い脱水の度合いも一段と悪化していた(ウ)Y病院の医師が第2手術を施行するに先立ってX1の血液生化学検査を行っていれば、既に相当な程度の脱水状態にあることを認識することができた、とそれぞれ推認できると判示しました。その上で、裁判所は、脱水状態を十分に改善しないまま、イレウスの患者に麻酔を施行した場合、患者がショック状態に陥る危険があるため、麻酔医は、イレウスの手術に当たり、術前に患者の全身状態をよく把握し、患者に脱水があれば、これを補正した上で、麻酔を施行すべきであること、特に、硬膜外麻酔は、血圧を低下させる作用を有し、その程度は脱水等により循環血液量が不足している症例において著明であるから、高度の脱水等により循環血液量が不足している症例に対しては、脱水を補正しない限り禁忌であることが認められると判示しました。

裁判所は、これに加えて、(ア)イレウスの患者の場合、急激に脱水が進行することも考えられるところ、第2手術の前日である平成3年4月3日に施行された血液検査の結果は、X1が脱水状態にあり、それが進行していることを疑わせるものであり、同日夜には濃縮尿を排泄していたこと、(イ)X1は、同日までは腹痛を訴えても自制の範囲内であったのに、同月4日には一転して自制不可能な腹痛を訴え始めるなど、その容態に顕著な変化が見られたことも併せ考えれば、Y病院の医師において、本件麻酔を施行するに先立ち、X1が、硬膜外麻酔を施行する上で禁忌であるとされる高度の脱水状態に陥っていないかどうか等、X1の脱水状態の程度を確認するために、X1の血液生化学検査を行うほか、X1の全身状態を改めて慎重に診察し、とりわけX1がどの程度の脱水状態に陥っているかを十分に検査し診察すべき注意義務があったと判断しました。

しかるに、Y病院の医師は、これを怠り、本件麻酔を施行するに先立ってX1の血液生化学検査等をして改めて診察をしなかったため、X1において、前日に行われた血液生化学検査のときと比べて格段に脱水の程度が進行して相当な程度の脱水状態に陥っていたことを看過した過失があると認定しました。

麻酔の手技が不適切であったことについて

裁判所は、麻酔医において、相当な程度の脱水状態に陥っている患者に対してキシロカインを用いた硬膜外麻酔とイソゾールを用いた全身麻酔とを併用するに当たり、最初にキシロカイン2ないし3ミリリットルを試験量として注入し、その後3ないし4分待ち、患者の状態に異常が認められないことを確認した上で、必要量のキシロカインを患者の状態をみながら緩徐かつ慎重に注入し、その後5ないし10分程度待ち、麻酔の効果及び範囲を確認し、患者の状態に異常が認められないことを確認した後に、必要量のイソゾールを患者の状態をみながら緩徐かつ慎重に注入すべき注意義務を負っていると判示しました。

K医師は、午前11時45分に2パーセントキシロカイン10ミリリットルを短時間のうちに1度に注入し、そのわずか3分後である午前11時48分に、看護師に指示してイソゾール10ミリリットルを短時間のうちに一度に注入したものと裁判所は認定しました。

そして、裁判所は、Y病院の医師において、相当な程度の脱水状態に陥っていたXに対して本件麻酔を施行するに当たり、最初にキシロカイン2ないし3ミリリットルを試験量として注入し、その後3ないし4分待ち、Xの状態に異常が認められないことを確認した上で、必要量のキシロカインをXの状態をみながら緩徐かつ慎重に注入し、その後5ないし10分程度待ち、麻酔の効果及び範囲を確認し、Xの状態に異常が認められないことを確認した後に、必要量のイソゾールをXの状態をみながら緩徐かつ慎重に注入すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、麻酔剤を急速に注入した過失があると判断しました。

以上から、裁判所は上記「裁判所の認容額」の範囲でXらの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2013年7月 5日
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