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No.284「個人医院で頭痛を訴えた患者が、紹介された他院に入院後、さらに別の病院に転院。転院先で開頭手術を受けたが、植物状態になり8年後に死亡。転院先病院の医師が血腫除去のための開頭手術を遷延させた点に過失があったとして損害賠償を命じた地裁判決」

京都地方裁判所 平成9年5月29日判決 判例タイムズ955号203頁

(争点)

  1. Y3の担当医師らの注意義務違反の有無
  2. 因果関係の有無
  3. Xらの損害の評価

 

(事案)

Xらの長女A(22歳女性・短大卒業後、銀行勤務)は、旅行から帰った昭和56年8月16日ころから、頭痛を訴えるようになり、17日出勤後も頭痛が直らないため、同月18日、かかりつけの医院であるY1医師が開設する医院(以下、Y1医院という)で診療を受けた。 

(Y1病院における診療経過)

18日には、Aは頭痛を訴えるだけで、問診に対して他の症状は訴えなかったのでY1医師は、鎮痛剤の投与のみをした。しかし、同月20日、Aは会社等で4回嘔吐し、嘔気、頭痛が激しく、倒れるほどで、会社を早退し、Y1の診察を受けた。Y1医師はAが頭痛と咽頭痛を訴えていたので、抗生物質と消炎剤を投与した。

Y1医師は、21日にXらから、Aが嘔吐して、食事がとれないとの連絡を受けたので、昼過ぎころから往診に訪れ、Aに対し、500ccのブドウ糖にビタミン剤を混入した点滴をした。22日午前7時半ころ、Y1医師は、Xらから、むかつきが治まらず、食事がとれないとの連絡を受けたので、往診し、Aに対し点滴をしたが、その後午前8時すぎに再び連絡を受けてXら方を訪れると、Aは足を引きずるように歩いており、黄色い液状の嘔吐物を出していることや、トイレに行ってもふらついて倒れ込んでしまうなどの訴えを聞いたため、Aの頭痛が単なる頭痛ではなく、脳髄膜炎ではないかとの疑いを持った。そこで、Y1医師は自分の先輩であるT医師のいるY2医療法人が開設する病院(以下、Y2病院という。)で診療を受けるよう指示し、T医師あての紹介状をX1(Aの母)に交付した。Xは同日、車でAをY2病院に連れて行き、外来で診察を受けた後、午前11時40分に車椅子での護送入院となった。

(Y2病院における診療経過)

Y2病院におけるAの担当はT医師(副院長)であったが、初診時、Aは、T医師に対し、頭部の激痛、嘔気、嘔吐を訴えていた。T医師の初診時の診断によれば、下腹部に軽度の圧痛と項に軽度の痛みがあるが、膝蓋腱反射は正常、体温36.5度、血圧116/72、意識は明瞭で言語障害もなく、知覚・運動障害もなく、左右瞳孔同大で対光反射正常、項部硬直はなく、ケルニッヒ徴候(髄膜刺激症状)も陰性と認められた。この時点でT医師は、髄膜炎、脳炎、くも膜下出血、脳出血などの炎症性及び出血性の頭蓋内病変並びに脳腫瘍の可能性があると推定し、診断のため、まず腰椎穿刺による髄液検査を行った。その結果T医師は、Aの頭痛等の症状の原因として、非定型的な無菌性髄膜炎や髄膜症及び髄液にほとんど変化を来さない脳実質内の小出血などは除外できないものの、典型的な化膿性髄膜炎、脳炎、くも膜下出血、脳出血は一応除外できると考えた。そこでT医師は、右穿刺液の検査及び白血球の検査に加え、同月24日以降に一般の血液検査を依頼することにし、それらの結果と病状の変化を観察することにした。

同月24日、T医師は、Aの症状が軽快してきていると考え、この日は、Y3法人が開設するY3病院(以下、Y3病院という。)の脳神経外科部長のK医師(非常勤)が来院する予定であったが、診察してもらう必要はないと考えた。

同月26日、Aに再度、嘔気、嘔吐が出現し、微熱が続き、自制しがたい頭痛が見られたので、T医師は、改めて血液検査など各種の検査を指示した。

T医師は、Aの症状の悪化から、これまでの検査結果や症状の経過から判明しない隠れた脳の疾患があるのかと考え、再度の検査が必要であり、脳外科医の診断も考えなければならないと推測した。

同月27日、T医師は研修日であったため、S医師がAを診察し、嗜眠状態であると判断した。S医師は、症状の説明を求めて来院したX2(Aの父)に対して、Aに脳外科医の診断を受けさせ、脳波検査等をしてから結論を出すと説明した。そして、当日来院した、Y3病院の脳神経外科副部長のM医師にAの診察を依頼した。

同日午後5時ころ、M医師は、Aを診察した結果、左前頭部脳腫瘍を疑い、脳圧降下剤および脳浮腫改善剤を点滴し、至急にCT検査をする必要を認めた。しかし、当日は主治医であるT医師が不在であったため、Xらに翌日にY3病院に転院し、CTをするように勧めたが、Xらが早期の転院を希望したため、T医師に連絡をとり、転院の了解を受け、同日、午後5時40分、Y3病院の救命救急センターに到着し、入院した。

(Y3病院における診療経過)

同月27日に入院したAは、当直のK医師の診察を受けた結果、意識は清明であったが、脳神経関係では、顔面も含め軽い右半身不全麻痺が認められた。

K医師は、左前頭葉に脳腫瘍など何らかの占拠性病変があると考えた。

そこで、K医師は、Aに対し、占拠性病変の判定をするためCT検査を施行したが、その結果、左前頭葉に低吸収域があり、その中に高吸収域が認められ、また、左から右への正中線の偏位があり、さらに脳脊髄液が貯留している脳室が、ほとんど描出されなかった。K医師は大脳鎌辺りに付着した髄膜腫の可能性があると判断した。

K医師は、Aに対し、浮腫を除去して頭蓋内圧を降下すること、頭蓋内病変による痙攣を予防すること及び浮腫の予防という観点で治療をしつつ、一般検査のほか脳血管撮影によって占拠性病変の原因を調べたうえで、これを除去する手術を実施することとし、手術の時期は、Y3病院の定期の手術日が火曜日であることから、同年9月1日に実施することにした。

同月28日、M医師は、Aに対し脳血管撮影を施行した。その結果、髄膜腫の可能性は否定されたが、M医師は、次に神経膠腫を疑った。

翌29日、午後4時になって、X1からナースコールでAがふるえているとの訴えがあり、看護師が駆けつけたところ、Aは痙攣(除皮質姿勢)を起こしていたが、数秒で治まった。数分後に当直医であったO医師が訪床したときには、痙攣は消失していたが、同日の朝に比べて明らかな意識レベルの低下が認められた。同日午後5時ころから、Aに対し、CT検査が施行された。その結果、CT所見上は27日のCTとほとんど変わらなかったが、痙攣前に比べ明らかに右半身麻痺は憎悪し、左動眼神経麻痺の名残が残存し、左眼瞼下垂、安静時左眼球外転位が認められており、浮腫の増強による頭蓋内圧の亢進が脳幹の髄液を圧排していると推定され、脳ヘルニアを惹起する危険な状態にあった。

その後もO医師は、Aに対し、脳浮腫除去剤を投与したところ、午後7時には意識状態はやや改善したことが認められたが、顔を含む右半身不全麻痺は増悪していた。

Aは、同日午後7時15分にも十数秒の痙攣発作を起こした。さらに午後8時10分にも痙攣発作を起こしたが、短時間で消失した。

同日午後10時30分、Aの右半身不全麻痺は一段と増悪し、意識レベルも増悪した。この時点でO医師は、痙攣、酸素不足、脳腫脹の悪循環に陥っていると判断し、抗痙攣剤投与、ステロイド剤増量、脱水剤投与、酸素吸入等を行い保存的に対処しようと考えた。

同日午後11時20分ころにも、Aは、短い持続ではあるが再び痙攣発作を起こし、瞳孔不同が出現し、対光反射も消失し、痛みに対し除脳姿勢が出現し、意識レベルも200になった。

この時点で、O医師は、K医師と連絡を取り、同日午後4時から11時20分までの痙攣を繰り返すという経過からすると、Aに対する手術を予定より早めた方がよいが、脳圧降下剤を投与すると徐々に回復していること及び手術の準備の関係からして、まずは薬物投与をして頭蓋内圧亢進の原因である浮腫を除去し、手術は翌30日朝に実施することにした。

翌30日午前8時30分ころから、麻酔を始め、K医師の執刀で、午前9時13分から左前頭骨形成的開頭及び左前頭葉内血腫除去手術が開始された。

脳を露出させ、上前頭回を穿刺すると暗赤色の血腫が流出したので液化した血腫を吸引し、さらに袋のようになった血腫を摘出したところ、摘出後の壁はきれいであり、壁の止血により出血は容易にコントロールされ、脳は縮小し、皮膜下に腔ができたので、閉頭し、午前11時20分(執刀開始後2時間7分)終了した。

なお、手術の結果摘出した血腫を病理検査に回したところ、腫瘍は認められず血管奇形を思わせるとの病理診断がなされている。

術後もAの頭蓋内圧が亢進し、植物状態となった後約8年余りして死亡した。

そこで、Aの相続人であるXらが、Y1に対しては、Aの症状から皮質下出血を疑い、CT等の設備が整った病院に転院させる義務を怠ったこと、Y2医療法人に対しては、Aの症状から皮質下出血を疑い、必要な検査と治療をすべきであったのにこれを怠ったこと、Y3法人に対しては、適切な時期に手術をすべきであるのにこれを怠ったことなどの各注意義務違反を理由に、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を請求した。

 

(損害賠償請求)

遺族ら(患者父母ら)の請求額 : 1億3244万0696円(Y1~Y3の連帯責任)
(内訳:治療費・薬代95万4942円+入院中の部屋代262万3000円+医療器具等34万7589円+建物改造費等600万5100円+入院雑費87万1000円+付添看護費1845万円+通院交通費8万9710円+休業損害1436万0862円+入通院慰謝料1010万円+死亡による逸失利益4863万8494円+死亡による慰謝料3000万円。両親が1/2ずつ相続したため端数不一致。)

 

(判決による認容額)

裁判所の認容額 : 2000万円 (Y3の責任のみ認める)
(内訳:慰謝料2000万円)

 

(裁判所の判断)

1.Y3の担当医師らの注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、頭蓋内占拠性病変の存在が確認された場合でも、緊急手術の必要性がある場合を除き、直ちに手術をする必要はないが、脳浮腫の増悪や新たな血腫の形成などが生じる危険は常にあるから、症状の経過を注意深く観察し、①脳ヘルニアを起こした場合、②脳ヘルニア切迫状態となった場合、③意識や神経障害が急激に悪化し、保存的加療での回復が困難と判断された場合には、緊急開頭手術を実施すべきであると判示しました。

そして術前の意識レベルが悪化する程、予後が急速に悪化していくことが認められると指摘しました。

そのうえで、裁判所は、Aの29日午後4時過ぎの第1回痙攣の後の手術適期について、以下のように検討しました。

Aは29日午後4時になって痙攣を起こし、除皮質姿勢をとり、極く短時間で治まったものの、明らかな意識レベルの低下が認められた。O医師が点滴輸液路を確保し、抗痙攣剤を静脈注射したが、数分後から呼吸状態が悪化し、瞳孔不同が現れ、除脳姿勢をとるようになり、脳幹圧迫症状が出現した。このような急激な状態の悪化に対し、O医師は、脳圧降下剤の点滴を開始し、緊急CTの準備を指示し、午後4時45分に点滴が終了した後、午後5時からCT検査を施行した。その結果、CT所見上は新たな出血等の占拠性効果の増大は認められなかったものの、左側脳室や脳底槽は描出されず、浮腫の増強による頭蓋内圧の亢進が脳幹の髄液を圧排し、脳ヘルニアを惹起する危険な状態にあると判断された。

これを踏まえて、裁判所は、上記のようなAの状態の急激な変化は、前述の緊急手術の基準である脳ヘルニア切迫状態や神経障害の急激な悪化に該当するから、応急措置を施した後、速やかに手術体制の準備を指示するとともに、再出血の有無などを検討するためCT撮影を実施し、その結果を踏まえて緊急手術を施行するべきであったといわなければならないと判断しました。

裁判所は、そして、午後4時すぎに手術態勢の準備を指示しておけば、Y3の体制からすれば、遅くとも午後8時には緊急の開頭手術を開始して、Aの血腫を除去できたと考えられると判示しました。

裁判所は、Y3の担当医師らは、遅くとも29日午後8時までには、Aに対し、血腫除去手術を施行すべき義務があったのにこれを怠り、翌30日午前8時30分まで該手術を遷延させた点において、注意義務違反があったと認めるのが相当であると判断しました。

2.因果関係の有無

次に裁判所は、29日午後8時に手術に着手したとして、現在の術後結果より良好な結果が得られたか、すなわち、Y3の前記注意義務違反と結果との間に因果関係があるか否かを検討しました。

裁判所は、29日午後8時の時点におけるAの精神学的重症度を的確に判定することは極めて困難であるが、29日午後4時の痙攣時には、瞳孔が不同となり、対光反射も消失し、除皮質姿勢をとっているから、神経学的重症度を示す基準であるNGの分類上、NG4aと評価され、その数分後には除脳姿勢をとるに至っており、この時点ではNG4bとみられるが、脳圧降下剤等の投与により、20分程度で瞳孔不同は消失し、対光反射も回復し、午後7時には生年月日も正しく答えられるようになり、意識状態もやや改善しているから、右の手術を開始すべき時点では、NG3ないし4a程度であったと推定するのが相当であると判断しました。

そして、術前の精神学的重症度がNG3ないし4a程度の場合、予後の状態(ADL)が、ねたきり(ADLⅣ)や植物状態(同Ⅴ)になったり、死亡する例も相当数あるが、ADLⅡが23%、ADLⅢが34%であり、ADLIからⅢまででは60%に及んでおり、実際の結果(術前のNGは4bであり、予後はADLⅣないしⅤとみられる)よりは良好な結果が期待され、現実の結果ほどの重篤な後遺症を残すことはなかったものと認めるのが相当であると判断しました。

裁判所は、したがって、Y3法人は、上記限度で、Aに生じた損害を賠償する義務があると判示しました。

3.Xらの損害の評価

この点について、裁判所は先に判断した時期に手術が開始されていたとした場合に、Aの術後の状態がどのようであったかを正確に判断することは不可能であり、平均的にいえばADLⅢ(日常生活は可能だが、他人の助けを必要とし、社会復帰は困難)程度に回復する可能性があるというに止まると判示しました。その上で、裁判所は、上記の程度の予後を前提とすれば、労働能力の喪失による損害を認めることはできず、建物改造費等一部の財産的損害もあるとしても、不確定要素が多く、確実な判定はできないというべきであり、本件の損害の評価は、財産的損害も考慮した慰謝料として評価するのが相当であると判示しました。

裁判所は、以上、右に認定してきたY3の注意義務違反の程度、期待される予後と現実の予後との差を基本としつつ、軽度の症状しかなかった段階でY3病院に転院していながら、22歳という若さで植物状態に近い高度の障害を残す事態となり、8年余の闘病の末、生涯を閉じるに至ったAの無念さは想像に余りあるものというべきであり、そのような事情も総合的に考慮し、その慰謝料額は2000万円と判断しました。

以上より、裁判所は、上記裁判所認容額の限度において請求を一部認容しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年4月10日
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