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No.321 「診察後にケアホームに帰宅した患者が汎発性腹膜炎を発症し、敗血症により死亡。診察にあたった一般内科医が、消化管穿孔を疑い輸液等により循環状態を安定させた上で、高次医療機関に転医させるなどの注意義務を怠ったとして、病院側の責任を認めた地裁判決」

大阪地方裁判所平成27年5月26日判決 医療判例解説第62号103頁

(争点)

  1. 一般内科医であるY2医師が、その当時知り得た情報を前提に、本件X線写真から小腸拡張及び遊離ガス像を読み取れるか
  2. Y2医師の注意義務違反とAの死亡との相当因果関係の有無

(事案)

患者A(死亡時59歳の男性)は、統合失調症のため、B医療法人が障害者自立支援法に基づき共同生活介護施設として開設するケアホームに入所していた。

平成21年7月13日17時20分頃、Aはケアホームの玄関ホールでうずくまっており、腹痛を訴えたため、同日17時35分頃、B医療法人が開設するB病院を受診した。B病院の精神科医師は急性腹症を疑ったが、B病院では時間外のため検査ができないとして、Y1医療法人の開設する病院(以下、Y病院という。)を紹介した。

Aは、同日18時頃、Y病院を受診した。なお、Y病院は、同日、17時から19時まで内科のみ診察を行っていた。

Y病院のY2医師(循環器を専門とする内科の医師)は、腹部X線撮影等の検査および以下のとおり診察(以下、本件診察という)をした結果、「便秘症、腸管蠕動不全疑い」と診断し、グリセリン浣腸60mLを施行した。

B病院からの診療情報提供書には、「急性腹症」、「2、3日前より嘔吐や腹痛がありました。本日夕食後より激しい上腹部の痛みがあり当院受診されましたが、時間外で精査加療ができない為、ご紹介させていただきました。」と記載されていた。

Aは、問診票に、来院理由について、「本日ヒル~胃がしめつけられる様にいたい」と記載した。

Aのバイタルサインは、血圧103/86mmHg、心拍数127回/分、体温35.7度であり、ショックインデックス(心拍数÷収縮期血圧で計算され、正常値は0.5~0.7であり、0.9を超えたらショックを強く疑う必要がある。ショックインデックス1.0で1,000mL以内、1.0~1.5で約1,500mL、1.5~2.0で約2,000mLの血管内脱水があるとされる)は1.23であった。

Y2医師は、Aに対し、腹部の触診をしなかった。

Y2医師は、Aに対し、腹部X線検査を行った。本件X線写真の右上部分には、事後的にみれば小腸拡張(ケルクリングサイン)及び遊離ガス(free air)像がある。

Aは、Y病院を出た後も腹痛が続くことから、同日19時50分頃再度B病院を受診した。担当の精神科C医師は、Y2医師作成の報告書に従い、ワゴスチグミン1Aを筋注し、グリセリン浣腸を行った。

Aは、同日22時50分ころ、ケアホームの自室に戻り、台所前の床で横になったが、同日23時ころ、ケアホームの入居者からAの様子がおかしいとの連絡があり、B病院の看護師長が赴いたところ、Aは、自室の前の廊下で寝ており、意味不明なこと(「迷惑をかけたら・・・・。」など)を話していたものの、排便があったため腹痛は軽減しているとのことで、自室のベッドに誘導された。

Aは、7月14日9時ころ、ケアホームの自室において、ベッドにもたれかかるようにあぐらをかいた姿勢で、心肺停止状態で発見され、同日9時9分、死亡が確認された。

Aは、十二指腸潰瘍の穿孔により汎発性腹膜炎を発症し、さらに全身性炎症反応症候群(SIRS)に至り、敗血症性ショックにより死亡した。

そこで、Aの相続人であるXらは、Y2医師が、必要な問診、検査等を行わず、腹部X線撮影等の検査の結果から明らかなAの消化管穿孔を見落として誤診したことなどの過失があったと主張して、Y1医療法人に対しては債務不履行(民法415条)による損害賠償請求権に基づき、Y2医師に対しては不法行為(民法709条)による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金の支払いを求めた。

(損害賠償請求)

患者遺族(兄と甥姪)の請求額:遺族合計4392万5437円(内訳:慰謝料3000万円+逸失利益797万3760円+葬儀費用295万1677円+弁護士費用300万円)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額:遺族合計3450万円(内訳:慰謝料3000万円+逸失利益0円+葬儀費用150万円+弁護士費用300万円)

(裁判所の判断)

1.一般内科医であるY2医師が、その当時知り得た情報を前提に、本件X線写真から小腸拡張及び遊離ガス像を読み取れるか

この点について、裁判所は、ア.まず、Y2医師は、Aの腹部触診をしておらず、これをしていれば、Aの腹部が硬いという所見が得られたものと認められると判示しました。次に、イ.B病院からの診療情報提供書には、急性腹症の疑いがあることや、2、3日前より嘔吐や腹痛があり、当日(7月13日)夕食後より激しい上腹部の痛みがあることなど、また、問診票にも、同日昼より胃がしめつけられるように痛いとの記載がされており、重篤な腹部状態をうかがわせるものといえると指摘しました。

よって、本件X線写真から小腸拡張及び遊離ガス像(消化管穿孔の存在を示唆する典型的所見)の読影を読み取れるかについては、上記ア及びイの所見を前提として検討すべきであると判断しました。

その上で、裁判所は、医師である鑑定人及び証人の意見をふまえて、上記ア及びイのその当時知り得た情報を前提に、本件X線写真を読影すれば、一般内科医の読影能力をもってしても小腸拡張及び遊離ガス像を読み取ることが可能であったと認められることから、一般内科医であるY2医師においても、当時知り得た情報を前提として、本件X線写真から、消化管穿孔の存在を示唆する典型的所見である小腸拡張及び遊離ガス像を読み取ることができたと認定しました。

そして、裁判所は、Aは、本件診察時、Y2医師をして消化管穿孔を疑わせるような状態にあり、緊急手術の必要がある急性腹症か否かの精査をすることが必須であったといえるから、Y2医師には、Aについて、消化管穿孔を疑い、又は、更に腹部CT検査を行うために高次医療機関に転医させる義務があったというべきであると判示しました。しかるに、Y2医師は、上記転医をさせることなく、Aをケアホームへと帰宅させたのであるから、Y2医師には上記注意義務違反があったと認定しました。

2.Y2医師の注意義務違反とAの死亡との相当因果関係の有無

この点につき、裁判所は、まず、Aは、本件診察時(7月13日18時頃)に循環血流量減少性ショックの状態であり、その後も、輸液等の治療をされることがなく、腹水や出血による循環血液量減少(血管内脱水)が継続していたところ、同日23時以降に、潰瘍部分の近くを走行していた動脈を傷害して大量出血を来たし、その大量出血がきっかけとなって全身の循環不全を急速に進行させたことで、SIRSとなり、死亡に至ったものと認定しました。

そして、裁判所は、死亡に至る機序を踏まえた検討並びに十二指腸穿孔による死亡率の統計数値及び消化管穿孔例の予後予測の簡便な手段とされるMPIの値に照らせば、Y2医師が、本件診察時に、消化管穿孔を疑い、輸液等により循環状態を安定させた上で、腹部CT検査及び手術ができる高次医療機関に転医させるなどの適切な措置をしていれば、Aが死亡した時点(7月14日0時~4時頃の間)における死亡結果を回避することができた高度の蓋然性があると認め、Y2医師の注意義務違反とAの死亡との相当因果関係を認定しました。

以上のことから、裁判所は、上記認容額の限度でXらの請求を認め、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年10月 5日
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