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No.34「薬剤添付文書記載の副作用が発症して患者失明。薬剤を投与した医師の過失を否定した高裁判決を、最高裁判所が破棄差戻。」

平成14年11月8日最高裁判所第二小法廷判決 (損害賠償請求事件)判例時報1809号30頁

(争点)

  1. 薬剤添付文書記載の副作用と疑われる過敏症状の発症が認められた患者に対して、医師が向精神薬を投与する場合の注意義務

(事案)

患者X(昭和42年生)は、Y1医師が開業し、妻のY2医師と2名で常勤する精神科専門のY病院を昭和61年2月7日受診し、その後再訪した同月12日に「もうろう状態・病的心因反応」と診断され、同日から同年4月21日までY病院に入院した。

XはY病院に入院中、フェノバール(フェノバルビタール製剤。催眠・鎮静・抗けいれん剤)を含む複数の向精神薬の投与を受けた。昭和61年3月当時のフェノバールの添付文書には、「使用上の注意」の「副作用」の項に「(1)過敏症 ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には、投与を中止すること。(2)皮膚 まれにスティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)、Lyell症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような症状があらわれた場合には、投与を中止すること。」と記載されている。

3月半ばころ、Xの顔面に発赤、手足に発しんが生じ、同月20日、看護師がXの身体全体に発赤を認め、Y2医師は、同日、発しんの出現と手掌のしゅ脹を認め、投与中の薬剤のうちテグレトールによる薬しんを疑い、その投与の中止を指示し、代替薬の増量及び皮膚症状に対する薬剤の投与を開始した。その後Xの精神症状に応じてフェノバールの投与量が増減した。4月8日からXの皮膚粘膜症状が悪化し、同月13日からチアノーゼ様、悪寒の症状が加わり、同月15日、発熱や全身に浮しゅ等が認められた。そこで同日、Y1、Y2医師の依頼を受けてXを診察した国立K病院の精神科医は、フェノバールの副作用による薬しんを疑って、直ちに処方から除くように指示した。

Xは4月21日、K病院に転院し同月28日まで入院した。この間Xの高熱は持続し、眼症状も現れた。Xは同月28日、国立R病院に転院し、平成元年2月21日まで同病院に入院したが、この間に眼症状は角膜せん孔によりほぼ失明状態となった。Xは平成元年2月21日以降、O大学医学部附属病院眼科において手術及び治療を受けた。

Xは、精神症状は回復したものの、右眼が光覚のみ、左眼が0.01(矯正不能)という視覚障害が後遺症として残った。

Xは、Y1、Y2医師から入院中に投与された向精神薬の副作用によってスティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)を発症し失明した旨主張して、Y2医師及び故Y1医師の相続人らに対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として合計5000万円の支払を求めた。

1審・原審(2審)とも、Y1、Y2医師らが投与したフェノバールによってXがスティーブンス・ジョンソン症候群を発症して失明したとものと認定したが、医師らの過失を否定した。

(損害賠償請求額)

■1審での請求額; 1億3000万円(内訳:逸失利益9000万円+慰謝料3000万円+介護費用4600万円+弁護士費用1000万円の合計1億76000万円の内金)
 ■原審(2審)での請求額; 5000万円(内訳不明)

(判決による請求認容額)

■1審での認容額; 0円
 ■原審(2審)での認容額 0円

(裁判所の判断)

添付文書記載の副作用と疑われる過敏症状の発症が認められた患者に対して、医師が向精神薬を投与する場合の注意義務

最高裁判所は、「精神科医は、向精神薬を治療に用いる場合において、その使用する向精神薬の副作用については、常にこれを念頭において治療に当たるべきであり、向精神薬の副作用についての医療上の知見については、その最新の添付文書を確認し、必要に応じて文献を参照するなど、当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである」と判示しました。

その上で、最高裁判所は、フェノバール(本件薬剤)の投与によってXにスティーブンス・ジョンソン症候群(本件症候群)を発症させ失明の結果をもたらしたことについてのY1、Y2医師(本件医師)らの過失の有無は、当時の医療上の知見に基づき、本件薬剤により過敏症状の生じた場合に本件症候群に移行する可能性の有無、程度、移行を具体的に予見すべき時期、移行を回避するために医師の講ずべき措置の内容等を確定し、これらを基礎として、本件医師らが上記の注意義務に違反したのか否かを判断して決めなければならない、と判示しました。

そして、原審が上記の点を何ら確定することなく、本件医師らに本件症候群の発症を回避するための本件薬剤の投与中止義務違反等はないものと判断し、本件医師らの過失を否定したとして、原判決を破棄し、過失の有無について更に審理を尽くさせるために、本件を原審に差し戻しました。

(注)広島高裁に電話で尋ねたところ、本件は今年(平成16年)の6月7日に和解が成立して終了したとのことです。
和解だと、内容は公表されないので、これ以上は広島地裁に行って閲覧でもしない限りわかりません。

カテゴリ: 2004年11月26日
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