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No.367 「常位胎盤早期剥離から産科DICを発症し妊婦が死亡。遺族の請求を棄却した一審判決を変更して、医師らに産科DIC防止に関する過失、ショックに対する治療に関する過失、出血量チェック及び輸血に関する過失があるとした高裁判決」

東京高等裁判所平成28年5月26日判決 判例タイムズ1441号42頁

(争点)

  1. 常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失の有無
  2. 産科DIC及びショックに対する治療に関する過失の有無

(事案)

A(身長164cmの女性)は、Y医療法人の運営する病院(以下、「Y病院」という。)の産婦人科を受診していた。

Y病院は、産婦人科のほか、内科、外科、脳神経外科、麻酔科等合計14の診療科を有し、病床数265床を有する病院であるが、平成20年当時ICUはなかった。また、Y病院は平成20年4月1日から開始された妊産婦緊急搬送入院加算の届出を行い受理されていた。妊産婦緊急搬送入院加算の施設基準は、(1)産科又は産婦人科を標榜している保険医療機関であること、(2)妊産婦である患者の受診時に、緊急の分娩について十分な経験を有する専ら産科又は産婦人科に従事する医師が配置されており、その他緊急の分娩に対応できる十分な体制がとられていること、(3)妊産婦である患者の受診時に、緊急に使用可能な分娩設備等を有しており、緊急の分娩にも対応できる十分な設備を有していることである。

Y病院の産婦人科の診察日及び診察時間は、月曜日から金曜日の午前8時30分から午後0時であり、火曜日及び木曜日については午後も診察を行っている。なお、婦人科については土曜日の午前8時30分から午後0時も診察を行っている。

Y1医師、Y2医師、Y3医師はいずれも平成20年4月27日(日曜日)に、Y病院の産婦人科の医師としてAの診療を担当した医師である。

Aは初診以降、Y病院産婦人科を定期的受診し、Y3医師およびY2医師による診察を受けた。妊娠経過は概ね順調であり、母児ともに異常は認められなかった。

平成20年4月27日(以下において、時刻のみ表記している場合は、同日を指す。)Aは、午前0時頃、Y病院に自ら電話し、陣痛を訴えた。対応した看護師は、陣痛が強くなったら再度電話するよう伝えた。

午前6時50分頃、AはY病院に再度電話し、その後、Aは夫であるX1の運転する車でY病院に向かい、午前7時20分ころまでにY病院に到着した。Y病院は通常の診察時間でなかったことから、分娩を担当できる医師が不在であり、助産師が対応した。Aは独步で来院し、ふらつきはなかったが、口唇色がやや不良で、発汗が著明であった。

Aを診察した助産師は、午前7時20分頃、AにNST(胎児心拍モニタリング)を装着し、胎児の心音を聴取しようとしたが、聴取することができなかった。ドップラー、エコーでも同様であったため、異常と判断し、午前7時53分頃、担当医であるY2医師に対して電話連絡を行った。

Y2医師は、午前8時過ぎ、Y病院に到着し、直ちにAをエコーで診察したところ、Aの胎盤と子宮壁の間に血液と思われる胎盤後血腫の像があり、胎盤自体が厚くなっていたこと、胎児の心拍も認められなかったこと、Aの腹部が非常に硬くなっていたこと等から、Aが常位胎盤早期剥離を発症したと判断し、帝王切開で胎児を出産させることを決定した(以下、この手術を「本件手術」という。)。

午前8時25分に採血された血液検査の結果が午前9時13分頃得られたが、その結果は、赤血球数(以下「RBC」という。)3.19、ヘモグロビン濃度(以下「Hgb」という)8.2g/dl、ヘマトクリット値(以下「Hct」という。)25.4、活性化部分トロンボプラスチン時間(以下「APTT」という)29.3、プロトロンビン時間国際標準比(以下「PT(INR)」という。)1.11、出血時間8.0<であった。

Y病院医師らは、上記血液検査において、産科DICスコアをカウントするのに有用であるFDP及びDダイマーの検査は指示しなかった。

産科DICとは、産科的基礎疾患によって血液の凝固線溶の平衡が崩れ、血管内の過凝固と二次線溶が交互に繰り返されて、全身的な微少血栓の形成と出血傾向をきたす疾患をいう。特に産科DICを発症しやすい基礎疾患として、児が死亡した常位胎盤早期剥離、2000ml以上の出血による出血性ショック、重度感染症、羊水塞栓症が知られている。

なお、上記血液検査の数値はいずれも基準範囲を下回っており、Aの体内で出血が起こっていることを示唆するものであり、特にHctは相当低い数値であることから、赤血球の数が減少しているだけでなく、血液が希釈された状態になっていることも窺われる状態であった。

Aは午前8時45分頃、手術室に入り、その際のAの状況は、顔色がやや不良で冷汗が認められた。内診を行ったところ、Aの子宮口は4cm開大であり、出血が認められた。

本件手術は、Y2医師が執刀医を、Y1医師が助手をそれぞれ務め、Y2医師及びY3医師が麻酔を担当して行われた。麻酔は腰椎麻酔で時間は午前9時05分から午前11時02分、手術時間は午前9時15分から午前10時45分であった。

Y病院には、RCC(濃厚赤血球)4単位、FFP(新鮮凍結血漿)4単位の在庫しかなかったため、Y2は、午前9時頃、看護師に対し、日赤血液センターからRCC10単位、FFP10単位を取り寄せるよう指示したが、看護師の発注ミスにより、FFP10単位は発注されなかった。

Y2医師が取り寄せの指示をした上記RCC10単位は、午前9時20分頃、Y病院に到着した。

Y1~Y3医師は午前9時23分に人工破膜を行い、午前9時24分に胎児を娩出し、午前9時26分に胎盤を娩出し、子宮を体外に娩出した。小児科医師が午前9時27分に胎児の死亡を確認し、その後胎児とともに手術室を退室した。

胎児娩出直後から胎盤及び大量の凝血塊が切開創から溢れてきたが、凝血塊は手で何度か鷲掴みに出来るほどの量で、Y2医師とY1医師が次々に子宮から除去した。除去後の子宮は全体に柔らかく表面色も早期胎盤剥離時のそれを呈していたが、強出血は認められず、子宮の大きさが一般の子宮と比べて大きい状態になっていたわけではなく、浮腫状でもなかった。Aの子宮は収縮が不良であると認められたが、Y1~Y3医師は、Aが初産婦であったこと、輪状マッサージで子宮の収縮がやや良好と認められたことから、子宮温存可能と判断し、Y2医師が子宮切開創を縫合し、Y1医師がそれを結紮して閉じ、腹腔内に戻す処置を開始した。この間、じわじわとした出血はあったものの、出血が止まらないということはなかった。

Y病院医師らは、Aに対し、午前9時30分までに、合計1350mlの輸液(ヴィーンD100ml、ヘスパンダー1000ml、ラクテック約250ml)を行った。

Aの血圧は、午前9時05分に収縮期140/拡張期83であったものが、午前9時10分に収縮期125/拡張期69、午前9時15分に収縮期115/拡張期58、午前9時25分に収縮期101/拡張期43と徐々に低下し始め、人工破膜後も低下を続け、午前9時30分頃、Aは収縮期血圧がショックの目安となる90を下回り、ショックに陥った(以下、Aが陥ったショックを「本件ショック」ということがある。)

Aの血圧は、午前9時40分に収縮期93/拡張期48といったん改善したものの、午前9時45分には収縮期58/拡張期35と再び悪化した。

Y3医師は、その頃Aに対し、血圧を上げる目的で輸液を全開とし、昇圧作用のあるエフェドリン8mlを投薬し、午前9時50分頃からはカコージンを継続的に投与したが、RCC2単位の輸血が開始された後である午前10時35分に至るまで、収縮期血圧が90を上回ることはなかった。脈拍については、手術室に入室した午前8時45分の段階では90であったが、本件手術開始前の午前8時50分に130となり、その後一貫して100を超える高い状態が続いた。

Y3医師は、午前9時45分から午前9時50分頃の間及び午前10時頃の2回、Aに痙攣様の動きがあったことを確認し、アレビアチンを投与し、下顎の開口が困難な状態であったため、舌の圧挫を予防するためAにバイトブロックを使用した。

午前10時、Aの収縮期血圧が49にまで低下した。Y3医師は、血圧を上げる目的で、末梢血管を拡張する効果のある(すなわち血圧を下げる効果のある)笑気ガスを切った。その後収縮期血圧は60程度に上昇したが、ショック状態から回復はしなかった。

Y2医師は、午前10時頃までにAの子宮切開創の縫合を終え、同時刻頃、Aの子宮を腹腔内に戻し、閉腹を開始した。ただし、Y2医師には、Aが本件ショックに陥った時点から後記腹膜縫合の直前ころまで、Aの血圧が低下していることの認識はなかった。

Y1~Y3医師は、Aの腹膜縫合の直前頃からAの血圧の低下及び頻脈が頻発していることを確認し、また呼びかけへの反応が不良であり、不穏状態が認められるとして、Aに循環血液不足又は子癇発作を疑った。また、このころ、Y3医師はRCC4単位が手術室に搬入されたことの連絡を受けたが、Y2医師と相談し、今は血圧が低いが、本件手術の出血は多量とは思われず、Aが若年であることからRCCは輸血せずに様子を見ることとした。

午前10時30分、Aの収縮期血圧は48に再び低下した。Y3医師はY2医師に相談の上、午前10時30分頃から、AにRCC2単位の輸血を行った。この輸血開始の直後である午前10時35分、Aの血圧は収縮期102/拡張期75となり、一時的に上昇した。

午前10時45分頃、Y2医師は閉腹手術を終え、本件手術は終了した。このころ、RCC2単位の輸血が終了したが、直後の10時47分、再びAの血圧は低下した(収縮期55/拡張期28)ことから、Y病院医師らは、追加でRCC2単位の輸血を開始した。このころFFPも手術室に届けられたが、未解凍の状態であったため、直ちに輸血はできず、解凍を行った。

午前11時頃、血圧が一時的に回復し(収縮期97/拡張期77)、AはY3医師からの呼びかけに一度うなずくなどした。そこで、Y病院医師らは、Aに子癇発作や脳出血の可能性も考え、CT撮影を行うこととした。

Aは、午前11時15分、CT室に移され、同18分に頭部CT検査が施行された。

なお、CT撮影中、看護師がAの呼吸の異変に気付き、「呼吸がおかしいから挿管した方がよいのでは」とY1医師に申し出たが、Y1は直ちに同申し出に応じることはなかった。

Aは、午前11時30分頃、普通病棟に移された。Y1~Y3医師は、午前11時40分頃からAにRCC2単位の輸血を行い、同45分頃からFFP(新鮮凍結血漿)2単位(1単位は120ml)の輸血を行った。

午後0時02分のAの体温は、33.0度、心拍数は136であり、SpO2及び血圧は測定不可であった。その後午後0時10分、右鼠径部から血液ガスの採取が行われたが、PO2は255.5、PCO2は16.7、Ph7.002であり、Y3医師はAが代謝性アシドーシス、代償性過換気になっていると考えた。この際、血液採取及び血液検査も行われ、その結果は午後0時52分に判明したが、血小板数8.1万/μl、Dダイマーは73.1であり、遅くとも午後0時10分の段階で、Aは重症の産科DICを発症していた。また、同血液検査において、Hgbは7.5g/dl、Hctは22.1であり、手術開始前に比しても更に貧血が進んでいる状態であった。

午後1時10分頃、Aの夫と母が面会のために病室に入ったところ、Aは人工呼吸器を付けていた。同19分には医師が心臓マッサージを施したが、同24分心拍停止となり、同40分、Aの死亡が確認された。

そこで、Aの遺族(Aの夫及びAの母)はAの死亡は担当医師の治療行為上の過失に基づくものである旨主張して、Y医療法人に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)による損害賠償請求として、担当医師であったY1~Y3に対しては不法行為による損害賠償請求をした。

原審(静岡地方裁判所平成27年4月17日判決)は、Y1~Y3医師には、Aに対して抗ショック療法及び抗DIC療法を開始すべき義務があったのにこれに違反した過失があったとしつつ、Aの死亡当時の医療水準に照らした治療では、Y1~Y3医師らがAを救命することができたとは認められず、Y1~Y3医師の過失とAの死亡との間には相当因果関係は認められないと判断して、遺族の請求を棄却した。

そこで、遺族は、これを不服として控訴した。

(損害賠償請求)

請求額:
9262万4676円
(内訳:解剖検案料10万円+葬儀費150万円+死亡慰謝料3000万円+死亡逸失利益4260万4252円+胎児死亡慰謝料1000万円+弁護士費用842万0425円。相続人が複数のため、端数不一致)

(裁判所の認容額)

原審の認容額:
0円
控訴審裁判所の認容額:
7490万4251円
(内訳:葬儀関係費用150万円+死亡慰謝料2400万円+逸失利益4260円4252円+弁護士費用680万円。相続人が複数のため、端数不一致)

(裁判所の判断)

1 常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失の有無

裁判所は、本件手術が行われた平成20年4月当時において、一般的な産科医にとって、常位胎盤早期剥離の中でも胎児死亡例は極めて産科DICを伴いやすいこと、産科DICは重篤化すると非可逆性になり、生命が危険となることから、治療は時機を失することなく行われる必要があること、常位胎盤早期剥離を発症した場合には母体予後の観点からは産科DICの程度が問題となるため、より早期に産科DIC診断を行うために産科DICスコアを用いた状態の把握を行い、母体に産科DICを認める場合には可及的速やかにDIC治療を開始すべきことは、臨床医学の実践における医療水準となっていたと認定しました。

本件において、手術が開始された午前9時15分頃の段階における産科DICスコアは9点(常位胎盤早期剥離・胎児死亡:5点、冷汗1点、蒼白:1点、脈拍≧100:1点、出血時間≧5:1点)であり、本件ショックが生じた午前9時30分頃の段階においては、10点(上記に加え、血圧≦90:1点)であったものであって、産科DICに進展する可能性が高いといえる状態であったと判示しました。

そして、Y1~Y3医師は、遅くとも本件手術前には、Aが常位胎盤早期剥離を発症しており、しかも胎児が死亡している可能性があることを認識していたのであるから、産科DICスコアを経時的にカウントして早期に産科DICの診断を行い、必要に応じて産科DICへの対応を行うべきであったと判示しました。しかしながら、Y1~Y3医師は、本件手術当日、産科DICスコアのカウントを全く行わず、産科DICの確定診断に向けた血液検査等も実施しなかったものであり、上記の注意義務に違反したと認定しました。

2 産科DIC及びショックに対する治療に関する過失の有無

この点について、裁判所は、本件手術が行われた平成20年4月当時、産科ショックは産科DICを併発しやすいことから、ショックが疑われる場合にはタイミングを失することなく対応することが肝要であること、一般に血液消失量の肉眼的評価は過少になるのでSI(ショックインデックス:心拍数を収縮期血圧で除した値で、出血量ないしは出血性ショックの重症度を測るための指標)により評価するのが望ましく、SIが2.0は2000g以上の血液喪失を考え、1.0以上で輸液、輸血を考えるべきであること、産科ショックの臨床症状・所見として、皮膚蒼白、Hct低下、中心静脈圧低下が見られるときは循環血液量の減少によるショックを疑うこと、産科ショックの治療としては、ショックの原因となる疾患に対する治療と全身管理を併せて行い、全身管理としては、(1)気道の確保、酸素投与(2)血管の確保及び輸液、(3)輸血、(4)血圧の監視、(5)尿量の監視及び(6)薬物療法(副腎皮質ホルモンの大量投与等)を行うこと、このうち輸液及び輸血について、循環血液量の20%~50%の出血があった場合には、乳酸(酢酸)加リンゲル液とともにRCCが適応とされ、50%を超える出血があった場合には、RCC及び膠質液・アルブミン製剤が適応とされていることは、臨床医学の実践における医療水準となっていたと認定しました。

そして、本件手術中のAのSIは、午前9時15分以降1を超え、午前9時45分には2を超えるような状態であったこと、Aは、来院時から蒼白であり、午前8時25分に採血された血液検査(午前9時13分頃結果判明)においてHctの低下が認められたこと、午前9時30分にはAが本件ショックに陥ったことが認められると判示しました。

Y1~Y3医師は、遅くとも本件手術前からSIによる評価を行って、遅くとも本件ショックが発生した午前9時30分の時点では速やかに輸血を実施すべきであったし、抗ショックの治療を実施すべきであったとしました。

しかしながら、認定の事実によれば、Y2医師の指示にも関わらず、Y医療法人はFFP10単位の発注を行わなかったものであり、そもそも本件手術が開始されてから終了するまでの間、Y病院内には医師が必要と判断した輸血用のFFPが存在しない状態であったと指摘しました。そればかりではなく、Y1~Y3医師はAの出血量の把握を行わず、午前10時30分にRCC2単位の輸血を行うまで輸血を行わず、実際に行われた輸血の量も、後に把握された出血量である3438mlからみて極端に少ないRCC4単位、FFP2単位だったこと、副腎皮質ホルモンの投与等の抗ショック療法も行わなかったと認定しました。

裁判所は、以上のとおり、Y医療法人及びY1~Y3医師には、出血性チェック及び輸血に関する過失及びショックに対する治療に関する過失が認められると判断しました。

さらに、Y1~Y3医師の過失(常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失、ショックに対する治療に関する過失、出血量チェック及び輸血に関する過失)がなかったならば、Aは適時に輸血等の抗ショック治療を受け、産科DIC対策が行われて救命できたものと認められるので、Y医療法人及びY1~Y3医師の過失とAの死亡結果との間には因果関係があり、Y1~Y3医師にはAの死亡結果につき共同不法行為が成立すると判断しました。

以上から、裁判所は一審判決を変更して、上記(裁判所の認容額)の控訴審裁判所の認容額の範囲で、遺族の請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年9月 6日
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