医療判決紹介:最新記事

No.375 「子宮筋腫手術の前後に発症した脊髄クモ膜下出血により半身不随となった事故につき、麻酔科医に手術中止を申し出るべき義務違反を認めた地裁判決」

名古屋地方裁判所平成7年8月28日判決 判例タイムズ919号220頁

(争点)

  1. 麻酔科医の注意義務違反の有無
  2. A医師の過失とXの後遺症との間の相当因果関係の有無

(事案)

昭和57年、X(昭和5年生まれの女性)は、A産婦人科で受診し、子宮筋腫との診断を受けたもののそのまま放置していたが、昭和59年12月20日から不正性器出血が持続したため、昭和60年1月4日、Y市の設置する大学病院(以下「Y市大病院」という。)で、M助教授の診察を受けた。診察の結果、子宮体部筋腫と診断がされ、血液検査、生化学検査の結果、著明な貧血状態と認められたので、Xは同日貧血の治療と子宮筋腫の手術目的で入院した。当時、Xは自力では歩行できず、車椅子を必要とする状態であった。

昭和60年(以下、特段の断りのない限り同年のこととする。)1月4日、入院後、Xは主治医のN医師らの診察を受けたが、Aの入院時の現症は、過多月経、不正性器出血の持続、動悸や立ちくらみ、顔面表情不安、貧血あり、眼瞼結膜が貧血状で白色、胸部収縮期の雑音、脈拍数100(頻脈)であり、内診所見の結果、超手拳大の筋腫が認められた。

以上の診察の結果、治療方針を貧血の改善、子宮摘出と決定し、Xに対し、貧血手術と子宮、卵管、卵巣の摘出を行うと説明した。

1月5日、血液学的検査及びヘモグラム(血液像の検査)の結果、貧血が入院時より進んだことが判明したため、濃厚赤血球3本を輸血し、以後、同月11日まで輸血を継続した。

1月11日、心臓、胸の所見の精査をしたところ、手術には影響はないとされたので、翌12日手術日を1月16日と決定した。

1月13日、午後9時30分、Xは看護師に腹部痛を訴え、また、午後10時当直医に対し、腹部痛のほか、右背部痛、右大腿部のしびれ感を訴えた。午後11時30分腹痛が軽減したが、頭痛を訴えたため、午後11時45分セデスG(鎮痛剤)を投与した。

1月14日午後6時にXが左偏頭痛、午後7時に頭痛を訴えたため、セデスGを投与した(効果がなければセルシンにする予定だった。)。午後9時頭痛は消失した。午後6時の血圧は最高118、最低60だった。

1月15日、Xは、朝から軽度の頭重感を訴えていたが、午後6時に頭部全体の拍動痛を訴えたため、セデスGが投与された。午後8時、不眠除去のためベンザリン(睡眠薬)5ミリグラムが投与された。午後10時、頭痛、腰背部痛を訴えてナースコールがあったが、悪心、嘔吐、眩暈等の訴えはなかったので、看護師は、局部にゼラップ(湿布薬)を貼った。

午後6時の血圧は最高168、最低92、午後10時の血圧は最高184、最低80、午後12時の血圧は最高148、最低80であった。

1月16日午前1時、腰背部痛によりナースコールがされた。痛みの場所が特定できず、場所が移動するということであり、不定愁訴がみられたため、看護師は、Xが興奮気味で不安げという感じを抱いた。午前1時15分報告を受けた当直のT医師の指示によりソセゴン(鎮痛剤)15ミリグラムの筋肉注射がなされたが、5分後再びXは疼痛を訴えた。午前3時15分ナースコールがあり、腰背部痛、下肢のしびれ感、軽度の腹部膨張感を訴えた。午前3時40分ナースコールがあり、K医師が診断したが、Xから咽頭痛、腰背部痛、両足のしびれ感等の訴えがあったものの、腹部、下肢等に異常所見を認めなかったことから、ヒステリー発作と判断し、セルシン10ミリグラムを投与した。午前4時15分、疼痛が持続していた。午前4時20分、Xの希望でXの夫に架電して来院を促したところ、午前5時、同人がY市大病院に来て、自宅でも時々下肢がしびれる、頭、腰が痛いということがあり、鎮痛剤を飲んでいたと説明した。

午前6時、術前の定例措置としてSE(高圧浣腸)500ミリリットルを施行した。午前7時30分、ホリゾン(麻酔前投薬、鎮痛剤)10ミリグラムの筋肉注射をした。午前8時30分、手術前の前投薬の措置としてソセゴン15ミリグラム、硫アト0.5ミリグラムの筋肉注射をした。午前8時45分、主治医のN医師が当日初めてXに接し、術前、膣腔内の洗浄をし、膀胱内に留置バルーンカテーテルを入れた。問いかけに対しはっきりとものを言えない状態であり、N医師は、Xに手術前に不安状態や興奮状態が出ており、不安愁訴の多い人と考えた。

午前3時15分の血圧は最高が160、最低が70で、午前7時30分の血圧は最高が130、最低が72であった。

午前8時55分頃、A医師は、T医師から、病棟の看護師からの申し送りでXに頭痛、下肢のしびれ感があるから診て欲しいと言われて、Xを診察した。意識は、話かけても返事がない状態であり、頭痛に対して、首の硬さを診たところ、少し硬いと感じた。A医師は、病棟の看護師の申し送り等を総合的に考えて、上記症状は普段からあった症状で病的なものではないと判断した。

午前9時の最高血圧は210、心拍数は毎分約104であった。M医師(腰椎穿刺の経験10回前後の研修医)、T医師(腰椎穿刺の経験20回前後の上級医師)は23ゲージの針を使用しても少なくとも各1回ずつ腰椎穿刺を行ったところ、いずれも血液様の液体が出た。

そこで、A医師(腰椎穿刺の経験70ないし100回)が腰椎穿刺を行ったが2回続けて血液様の液体が出た。また、Xは、頸部硬直のため、腰椎穿刺時の背中を丸める体位がとれなかった。

A医師は、右血液体の液体を床に落とし液体の色を見て静脈叢に針が刺さって血液が出てきたと考えたが、Xが頭痛を訴え、首が少し硬かったことから、他の手術室にいた脳外科医のI医師に、腰椎穿刺をしても血液しか出てこないこと、術前から頭痛を訴えていること、首が少し硬いような気がするからと伝えて、Xの診察を依頼した。I医師は、首を少し上げて首の硬さを診たり、腱反射を診て、術前から上記のような状態があったことでもあり、特に問題はないと述べた。

A医師は、N医師に、脳外科医にXの診療を依頼したことを伝えたところ、N医師から、術前も同様の症状だったことを聞いたA医師は、脊椎麻酔下の手術は不可能だが、全身麻酔下の手術は可能であるとの判断を示したので、全身麻酔下の手術を実施することになった。

午前9時50分から笑気、酸素、フローセンを使用した全身麻酔下に(麻酔担当はD医師)、N医師、H講師、J医師によって子宮全摘出術が行われた。午前11時35分手術が終了し(手術所要時間1時間45分)、Xは午前12時過ぎに入院室に戻った。

1月17日午前6時の血圧は最高180、最低120であった。午前中のS医師による診察の結果、Xは脱水症状で肢位に力が入らない状況であると認められた。午後2時、Xは首が痛くて曲がらなかった。夕刻、脳外科のG医師は、診察の結果、第一にヒステリー、第二に腰椎の動静脈奇形などの脊椎の出血性異変の疑いと診断した。右診断に基づき、1月18日、神経内科を副科にして、Xの治療にあたることになった。

1月22日頃から、Xはやや発熱をして、23日に尿路感染症が疑われたため、尿の細菌培養検査が行われた。1月29日、腰椎穿刺をしたが、髄液は出ず、注射器で吸引し、黒褐色状の濃い胆汁様の液体を少し採取した。Xの発熱は続き、尿路感染症、DIC(播種性血管内凝固症候群)が疑われ、1月30日、胸椎10番目以下の触覚鈍麻がみられた。

2月22日、頸椎側方穿刺によるミエログラフィー施行により胸椎2番で完全ブロックが判明し、同月25日には、腰椎穿刺によるミエログラフィーで胸椎の11番で完全ブロックが判明した。同月27日脊髄血管障害の部位が広範囲に渡っているため、手術の適応はないと診断され、リハビリテーションを行う方針を固めた。

その後、Xは整形外科に転科し、両下肢完全麻痺、歩行不能、排尿・排便機能障害、肝機能障害のためY市大病院第二内科に入院した。Xの上記後遺症は後遺障害別等級1級(両下肢の用を全廃したもの)に該当した。

そこで、Xは、Y市大病院医師らに過失があったとして、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償請求をした。

なお、Xの現症の原因につき、裁判所は、Xは、脊髄の動静脈奇形(AVM)の破裂により脊髄クモ膜下出血が起こったもので、診療経過を前提としてレトロスペクティブに脊髄クモ膜下出血が起こった時期を判断すると1月15日午後10時に脊髄クモ膜下出血が始まり、17日午後2時に脊髄クモ膜下に大出血が発生したと考えられると判示した。

(損害賠償請求)

請求額:
5000万円
(内訳:逸失利益3103万4000円+介護費用1日につき1万円+慰謝料2400万円の内金)

(裁判所の認容額)

認容額:
1000万円
(内訳:慰謝料1000万円)

(裁判所の判断)

1 麻酔科医の注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、麻酔科医の役割は麻酔を実施するのみではなく、患者の安全を確保するため、麻酔実施直前の患者の状態を把握し、手術に伴うリスクを判定することも重要な任務であって、患者の安全が確保されない場合、あるいは、重大な別の疾患が疑われる場合には、麻酔科医は主治医と協議し当日の手術を中止すべき義務を有すると解すべきであるとしました。

その上で、腰椎穿刺を行って血液が出ることは、経験の浅い研修医を含めた事例の調査でも少なく、まして、4回連続して血液が出ることは極めて稀なことであるから、A医師がM医師、T医師を引き継いで腰椎穿刺を行い、2回連続して血液様の液体を引いたとき、血性髄液を疑うべきであったとしても過度の要求を課すものでないと判示しました。

しかも、Xは頭痛、腰背部痛を訴えており、かつ、頸部硬直のため、腰椎穿刺時の背中を丸める体位がとれない状態であり、さらに、A医師自身、脳動脈瘤破裂を疑ったのであるし、N医師は、Xの入院時の貧血の程度、不正性器出血の持続から考えて不正性器出血によって貧血を繰り返す恐れがあり、できるだけ早い段階で手術をしたいと考えていたが、超緊急性のある手術ではないことが認められるとしました。

以上によれば、少なくとも、A医師は4回目の腰椎穿刺において血液様の液体を引いた時点において、脳神経外科的異変に基づく血性髄液を疑い、脳神経外科医による専門的診察を受けさせるため、一旦は子宮全摘出術の手術を中止することを主治医らに申し出る義務があったものと判示しました。

しかるに、A医師は自己が実施した腰椎穿刺の際出た血液様の液体を床に落とし液体の色を見ただけで血液と判断し、全身麻酔術に切り換えて麻酔術を実施し、N医師ら主治医に子宮全摘術を施行させた過失があると判断しました。

2 A医師の過失とXの後遺症との間の相当因果関係の有無

この点について、裁判所は、腰椎穿刺時に血性髄液を疑い、脳神経外科医による専門的診察を受けさせ、Xの身体状況を管理・観察しておれば、1月17日午後2時の脊髄クモ膜下の大出血に対し、完全に足が動かなくなってから24時間以内に緊急椎弓切除術を実施することは可能であったと認めることができると判示しました。

また、脊髄クモ膜下出血の部位が脊髄外部であれば緊急椎弓切除術でかなりの回復が望めるが、脊髄内部であれば回復は望めないこと、前者と後者の比率は1対2であること、脊髄AVM手術17例のうち、独歩、杖歩行可能は5例(35パーセント)、装具、松葉杖歩行可能は5例(29パーセント)、車椅子、寝たきりは5例(29パーセント)が認められると判示しました。

これによれば、Xに緊急椎弓切除術を実施したとしても、後遺症を回避・軽減する可能性は小さいといわざるをえないが、しかし、後遺症の回避・軽減が全く不可能であったということは出来ないので、A医師の過失とXの後遺症との間に相当因果関係があると判断しました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年1月10日
ページの先頭へ