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No.389 「腹腔鏡下胆嚢摘出術を受けた患者に大腸癒着の後遺症が残る。医師が術中に電極を腸管に接触させて穿孔させたか、または、腸管壁の近くを剥離して熱損傷を与えて術後に穿孔させたかいずれかの過失があると判断した地裁判決」

横浜地方裁判所平成13年7月13日判決 判例タイムズ1183号314頁

(争点)

腹腔鏡下胆嚢胆摘出術により十二指腸に穿孔を生じさせた過失の有無

(事案)

平成9年2月26日、X(昭和10年生まれの女性・公園内で売店を経営)は、Y社団法人の経営する病院(以下、「Y病院」という。)で成人病検診を受けて、腹部エコー検査により、胆石症であることが判明した。そして、Xは、同年3月17日、精査のため、Y病院の内科外来で受診し、同月31日腹部CT検査を受け、これによっても胆石が確認された。

同年10月4日、Xは、心窩部痛を訴えて、救急車でY病院に搬送され、そのまま入院した。

同月6日、Xに対する腹部エコー検査及び腹部CT検査が実施されて、胆嚢体部に直径約1.8センチメートル大及び胆嚢頸部に直径約1.9センチメートル大の合計2個の結石が認められ、さらに、同月14日に胆道造影検査が施行され、総胆管には結石がないことも判明した。そこで、Xの胆嚢症は腹腔鏡下胆嚢摘出術の適応と判断され、Xに対し、同年11月6日に同手術を施行することとし、同年10月30日、Xは、同手術を実施するY病院外科へ転科した。

手術の前日である平成9年11月5日、H医師は、X及びXの娘に対し、腹腔鏡下胆嚢摘出術が開腹手術に比べ侵襲が少なく早期退院が可能であること、胆嚢と多臓器との癒着が強く剥離が困難な場合には開腹手術に切り替えることがあることなどを説明し、Xは同手術を受けることを承諾した。

同年11月6日午後1時35分ころ、Xに対する腹腔鏡下胆嚢摘出術(以下、「本件胆摘手術」という)が開始された。本件胆摘術の執刀医は、O医師であり、これにH医師及びT医師が助手として立ち会った(以下、これら3名の医師を合わせて「担当医ら」という。)。

まず、担当医らは、Xに全身麻酔を施し仰臥位とした上、気腹(腹腔内に気腹針を刺入して、気腹装置から腹腔内に炭酸ガスを送気し、腹腔に内圧をかける。)を開始し、臍下部にトロカール(体腔や管腔臓器を穿刺しカニューレやチューブを挿入するための器具)を穿刺し、そこから腹腔鏡を挿入して腹腔内を観察しながら、剣状突起下、右肋骨弓下中鎖骨線及び右肋骨弓下前腋窩線にそれぞれ鉗子等手術器具用のトロカールを刺入した。

そして、O医師は、内視鏡で腹腔内の胆嚢が炎症によって緊満しているのを認め、23Gカテラン針で胆嚢を穿刺して膿性胆汁約20ミリリットルを吸引し、さらに、胆嚢と大網が癒着しているのを認め、把持鉗子で胆嚢を牽引挙上しながら剥離鉗子で胆嚢と大網との癒着を剥離した。次に、O医師は、胆嚢の体部から頸部にかけての部分と十二指腸球部前壁が癒着していることを認め、剥離鉗子で癒着している胆嚢と十二指腸の剥離を試みたが、剥離鉗子のみによる剥離が困難であったため、電気メスを胆嚢の筋層から入れ、その漿膜側を剥ぐようにして十二指腸の癒着を剥離した。

そして、さらに、O医師は、主として剥離鉗子で胆嚢周囲やキャロー3角部の癒着を剥離し、胆嚢管及び胆嚢動脈が露出すると、これらをクリップした上で切離した後、電気メスで胆嚢を胆嚢頸部から底部に向かって胆嚢床から剥離し、これにより腹腔内に遊離した胆嚢をサージカルポートで体外に摘出した。

その後、担当医らは、約4リットルの温生食水で腹腔内を4回くらい繰り返し洗浄し、出血、胆汁、腸液等の漏出がないことを確認した上、ペンローズドレーンを肝下面に留置し、腹壁を閉鎖し、同日午後2時50分ころ、手術を終了した。

上記ペンローズドレーンから、同日午後6時ころに黄血性の、同日午後8時ころ、翌7日午前0時ころ及び同日午後2時ころに、それぞれ胆汁様の漏出物があったが、特に担当医らには報告されないまま経過したところ、平成9年11月7日朝に至り、担当医らはペンローズドレーンからの胆汁性腸液の漏出に気づき、さらに、Xに右側腹部の圧痛、筋性防御、発熱、白血球数増多、CRP上昇等の各所見も認められたため、腹部エコー検査及びCT検査を実施し、その結果から胆汁性腹膜炎と診断し、これが進行すれば敗血症に陥り、多臓器不全を来すおそれがあることから、緊急開腹手術を施行する必要があるものと判断し、Xに対し、同手術の必要性を説明し、Xから同手術に対する承諾を得た。

同日午後3時10分ころ、緊急開腹手術(穿孔部縫合閉鎖、胃瘻造設、腹膜炎手術。以下「本件開腹手術」という)が開始された。

T医師は、Xの右季肋部を横切開すると、腹腔内に腸液の貯留が認められたので、腸管の穿孔と判断した。そこで、T医師は、腹腔内の検索を行い、十二指腸球部前壁の前記癒着部分に微小穿孔を発見したため、その穿孔部を縫合閉鎖し、減圧目的で胃屢を増設し、減圧チューブを十二指腸に留置した後、腹腔内を温生食水約10リットルで洗浄し、複数ドレーンを留置し、腹壁をイソジンソープ液と温生食水で消毒、洗浄して縫合閉鎖し、同日午後4時20分ころ、手術を終了した。

Xは、本件開腹手術後、創部感染を併発し、発熱や創部の化膿が継続したため、入院の継続を余儀なくされた。そして、Xは、平成10年1月16日、Y病院において、感染創部(右季肋部)の縫合術(創傷清拭及び創縫合術)を受け、同月30日、退院した。

その後、Xは、胆汁性腸液の漏出を主たる原因とする腹膜炎により大腸に腸癒着の後遺症が残り、また、退院後から現在に至るまで、腹部に強い重苦しさを感じるようになった。

そこで、Xは、執刀医の過失により十二指腸に穿孔が生じた等と主張して、Yに対し診療契約の債務不履行による損害賠償を請求した。

(損害賠償請求)

請求額:
1570万8584円
(内訳:治療費89万4430円+入院雑費11万1800円+通院交通費8800円+休業損害70万9653円+後遺症逸失利益456万3901円+傷害慰謝料160万円+後遺症慰謝料640万円+弁護士費用142万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
306万1317円
(内訳:治療費89万4430円+入院雑費10万2700円+通院交通費8800円+休業損害63万5701円+慰謝料200万円-損益相殺(高額医療費受領分)88万0314円+弁護士費用30万)

(裁判所の判断)

腹腔鏡下胆嚢胆摘出術により十二指腸に穿孔を生じさせた過失の有無

この点について、裁判所は、本件胆摘手術の約5時間後には、Xの肝下面に留置したペンローズドレーンから胆汁様の漏出物が確認されたことが認められ、これによれば、本件穿孔は、本件胆摘手術中又はその直後に発生したものと推認することとができると判示しました。そして、この事実に、本件穿孔部が胆嚢と十二指腸球部前壁の癒着部分と一致していること、O医師が本件胆摘手術の際、同癒着部分につき電気メスによる剥離操作を行ったことを併せ考えると、O医師は、胆嚢と十二指腸球部前壁との癒着部分を剥離するに際し、電気メスを腸管に接触させて術中に十二指腸球部前壁に穿孔を生じさせたか、又は、電気メスで腸管壁に近いところを剥離して十二指腸球部に熱損傷を生じさせ、本件胆摘手術の直後に同部分に穿孔を生じさせたかのいずれかであると推認することができると判断しました。

裁判所は、そうすると、O医師は、本件胆摘手術において、腹腔鏡下で電気メスを使用して胆嚢と十二指腸との癒着剥離を行うにつき、電極が腸管に接触して穿孔を生じさせることのないよう細心の注意を払うべき義務があるのに、これを怠り、術中に電極を腸管に接触させて穿孔を生じさせたか、又は、腸管壁の熱損傷により、術後に穿孔を生じさせることのないよう、腸管壁から安全な距離を保って剥離すべき注意義務があるのに、これを怠り、腸管壁の近くを剥離してこれに熱損傷を与え、術後に穿孔を生じさせたか、いずれかの過失があるものというべきであるとしました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年8月 9日
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