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No.401 「大学病院で右第2CM関節固定術及び骨移植の手術を受けた患者につき、医師の過失により橈骨神経が損傷したと認定した高裁判決」

札幌高等裁判所平成30年7月20日判決 ウエストロー・ジャパン

(争点)

医師が手術の際に、神経を損傷したと認められるか否か

(事案)

X(手術当時40歳の女性)は、右手背に固い隆起ができ、平成23年夏頃から右手母指周囲から右手背にかけて痛みが生じるようになった。

平成24年1月25日、Xは、Y公立大学法人の経営する病院(以下「Y病院」という)の整形外科を受診し、同病院に勤務する整形外科医であるB医師の診察を受けた。

B医師は、Xについて、Xの右手背部に腫瘤ができており、腫瘤部に限局した疼痛や圧痛が認められ、右第2CM関節裂隙に狭小化が生じていることから、手関節の軟骨の編成により、骨棘が形成されて背側に骨隆起が出現し、これによって関節運動が阻害されて疼痛が生じる右第2CM関節変形性関節症と診断した。そして、Xが、薬は駄目であるとして手術を希望したため、同年2月17日入院した。

Xは、Y病院に入院した時点で、安静時及び背屈時に右手に痛みがあり、同時点でのY病院の検査では、第2CM関節背側部に腫脹及び圧痛が認められ、右手の握力は25kgであった。

Xは、同月20日、B医師より、Xの右第2CM関節に形成された骨棘を切除して同関節の一部を削り、骨移植をして同関節を固定する本件手術を受けた。

本件手術は、全身麻酔、腕神経叢ブロック下で、右手背の隆起部分及び手首の2か所の皮膚を横に切開し、骨棘を含めてCM関節を切除し、ガイドワイヤー及び手回しドリルを使用して固定用のチタン製スクリューを刺入し、橈骨から骨片を採取して、関節切除部の間隙にこれを充てんし、橈骨の際骨部に人工骨を充てんして閉創するというものであった。

本件手術は、同日午後3時10分に終了し、Xは、午後3時35分に手術室を退室して病棟に移った。Xは、本件手術の直後から腕全体がガンガンするような痛みを感じ、切る痛みは仕方ないと思っていたが、ここまで痛いとは予想していなかったとして、同日午後4時ころ、看護師に対し、「結構痛い。こんなに痛いんだ。」と述べて、患肢の痺れと疼痛を訴え、処置を希望した。

Xは同月21日、Y病院を退院した。なお、本件手術で皮膚切開した部位には、橈骨神経浅枝の分枝(以下「本件神経」という。)が走行していた。

Xは、Y病院を退院してからも右腕全体に強い痛みが生じており、同月24日、B医師から、痛み止めの処方を受けた。

その後、Xの右手首の動きは徐々に改善され、平成24年4月27日のB医師による検査では、右手の背屈が65度、掌屈が55度で、左手の背屈が75度、掌屈が80度であった。

同年6月29日、Xは、B医師の診察を受けた。同日頃にはXは、右手首を動かすことができるようになっており、背屈が75度、掌屈が65度であったが、握力については、左手が26kgであるにもかかわらず、利き手である右手が13kgであった。

平成25年5月31日、Xはbクリニックを受診し、C医師から右橈骨神経障害との診断を受けた。

C医師は、同年7月10日、Xに対し、右橈骨神経剥離術を行おうとして、Xの右手背の皮膚切開をしたところ、本件神経に紡錘状の神経腫(以下「本件神経腫」という。)が形成されており、その遠位側が狭細化し(以下「狭細部」という。)、狭細部が瘢痕組織に癒着している様子を認めた。

C医師は、本件神経を瘢痕組織から剥離しようとしたが、狭細部より遠位側で本件神経が連続性を失っていることから本件神経腫を近位側で本件神経より切除した(以下、C医師による手術を「第2手術」という。)。

Xは、本件手術前には、本件手術後に生じたような腕の痛みはなかったとする一方で、本件手術後は痛みが継続しており、第2手術の前後で痛みの性質はほとんど変わらず、橈骨神経ブロック注射を受けた時だけは痛みが消えるが、改善はなく、現在も痛みがある。

そこで、Xは、B医師の過失により橈骨神経が損傷し、損害を受けたとして、Yに対し不法行為に基づく損害賠償請求をした。

第一審裁判所(平成30年2月7日札幌地裁)はYに使用者責任があるとしてXの請求を一部認めたが、XYがそれぞれの敗訴部分を不服として控訴した。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
5822万7332円 (内訳:治療費14万8769円+通院交通費7480円+入院雑費7500円+休業損害1104万2304円+逸失利益2972万1279円+傷害慰謝料200万円+後遺障害慰謝料1000万円+弁護士費用530万円)

(裁判所の認容額)

一審裁判所(札幌地裁)の認容額:
1728万0160円
(内訳:治療費14万7639円+通院交通費7480円+入院雑費7500円+休業損害441万7222円+逸失利益743万0319円+傷害慰謝料80万円+後遺障害慰謝料290万円+弁護士費用157万円)
控訴審裁判所の認容額:
3385万5640円
(内訳:治療費14万7639円+通院交通費7480円+入院雑費7500円+休業損害441万7222円+逸失利益1857万5799円+後遺障害慰謝料690万円+弁護士費用300万円。合計不一致)

(裁判所の判断)

医師が手術の際に、神経を損傷したと認められるか否か

この点について、裁判所は、本件手術により本件神経を損傷した可能性について検討しました。

裁判所は、B医師が、本件神経を保護する標準的な手順を怠ったことを示す証拠は何ら存しないが、医原性末梢神経損傷の事例を研究したところ、整形外科医による上肢の末梢神経損傷の事例が多く、外科医の経験年数の長い術者により神経損傷が引き起こされている傾向があることを指摘する文献が存すると判示し、B医師が通常の手順で本件手術を行ったとしても、本件手術により本件神経を損傷した可能性が直ちに否定されるものではなく、本件手術後の本件神経の状況やXの症状その他を考慮して、総合的に判断すべききものであるとしました。

次に、裁判所は、本件神経が損傷した時期について検討しました。

裁判所は、第2手術の午前10時49分4秒頃の時点で本件神経の連続性が失われていることを確認した旨のC医師の証言は、第2手術の術中写真の状況及び同写真から認められるC医師の行動と整合しており、信用することができるとしました。

裁判所は、本件神経が損傷していたことについて、本件神経は、第2手術の開始時点で既に損傷していたと認められ、第2手術の時点では連続性が保たれていたのにC医師がこれを切断しながら、これを糊塗しているとのYの主張は採用できないとしました。

さらに、裁判所は、本件神経種は外傷性神経種であるというべきであり、第2手術の開始時点で本件神経種が形成されていた以上、第2手術よりも相当程度前に、本件神経は損傷していたものと認められると判示しました。

そして、裁判所は、Xは、本件手術直後から、Y病院の看護師に右腕の痛みを訴えて、痛み止めの点滴及びロキソニンの処方を受けているほか、Y病院を退院してからも、平成24年2月24日には、B医師からロキソニンの処方を受け、同年4月27日は、B医師に対し、右手首を動かすと痛みがある旨を、同年6月29日には、B医師に対し、本件手術の創部に痛みがある旨を訴え、同日には、本件手術前には25kgであった右手の握力が13kgにまで低下していることを指摘しました。また、Xは、同年3月26日からおよそ1か月から2か月に1回程度の頻度で、dクリニックの医師からロキソニンの処方を受けていると判示しました。

その上で、裁判所は、神経が損傷した場合に疼痛が生じることもあり得るから、Xが本件手術直後から右腕の痛みを訴えていたのは、本件神経が損傷したことによって本件神経付近で激しい痛みが生じたことにより、右腕全体で痛みを感じたものと考えることができると判示しました。

また、Xは、bクリニックを受診する際には、明確に感覚障害である痺れや違和感を訴え、かかる症状が本件手術の直後から生じていたと述べており、第2手術の直前には、神経の損傷を表すチネル様徴候が認められているのであるから、Xの症状は、本件手術の際に本件神経が損傷したことと整合すると判示しました。

以上より、裁判所は、本件手術後のXの症状は、本件手術の際に本件神経が損傷した場合に生じる症状と整合しているというべきであり、精神疾患による症状である、あるいはXが虚偽の供述をしているとのYの主張は採用できないとしました。

その上で、裁判所は、B医師の過失について下記のように判断しました。

本件神経は、第2手術の開始時点で既に切断されていたか、神経剥離術に耐えられない程度に損傷されていたことが認められ、外傷性神経種の原因となる神経の損傷は、第2手術の際、既に生じていたものと認められるとしました。

このことに加え、上記検討した本件手術後からのXの症状、本件手術の内容、本件手術を行った関節の直上で本件神経が狭細化し、途絶していたこと、他に本件神経が損傷する原因となる事情が認められないことを総合すると、本件神経は、本件手術の際に損傷したものと認めるのが相当であり、これに反する証拠はないとしました。

皮膚の切開から閉創に至るいずれの段階のいずれの手技により、本件神経が損傷したかは特定されていないが、本件手術において注意義務を尽くしたとしても、橈骨神経を損傷することがあり得るといった主張もない以上、本件においては、B医師に何らかの手技上の過失があったものと推認せざるを得ないと判断しました。

控訴審では、主にXの後遺症の程度について原判決が変更され、医師の過失についての判断を争ったYの控訴は理由がないとして棄却されました。

以上より、上記(裁判所の認容額)の控訴審裁判所の認容額の範囲でXの請求は認められ、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年2月10日
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