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No.53「手術後の麻酔薬注入により患者がショック状態、その後死亡。看護師の責任は否定、主治医、病院管理者、病院の責任を認める判決」

大阪地方裁判所 平成11年3月8日判決(判例タイムズ1034号222頁)

(争点)

  1. 主治医O医師の責任
  2. K看護師の責任
  3. 病院管理者H医師の責任
  4. 病院を開設するY教団(宗教法人)の責任

(事案)

患者A(死亡当時88歳の女性)は、平成5年8月21日、転倒して左大腿部頚部を骨折し、Y教団(宗教法人)が開設するY病院に運ばれ、H医師の診察を受け、同日入院した。

患者Aは8月21日と8月22日の2回、麻酔薬キシロカインの硬膜外注入後血圧低下に陥った。平成5年8月26日に、Y病院のO医師の執刀により、患者Aは左大腿骨頸部骨折の観血的内部整復法による手術(本件手術)を受けた。

本件手術の際も、キシロカイン硬膜外注入後に血圧低下が見られたため、本件手術終了近くに2回キシロカインを注入した際には、血圧低下等の防止のため、キシロカインとともにエホチールを投与する方法が採られた。本件手術は午前9時45分に終了した。

O医師は、本件手術後、患者Aが痛みを訴えたときは、必要に応じて最低4時間以上の間隔をおいてマーカイン8ミリリットルを硬膜外注入すること等を医師指示票に記載した。

患者Aが痛みを訴えたので、K看護師は午後3時13分ないし14分ころにマーカイン8ミリリットルを硬膜外注入したところ、患者Aの血圧が急激に低下し、呼吸・脈拍が停止した。人工呼吸・心臓マッサージなどの緊急処置が行われたが、患者Aの全身状態は悪化し、平成5年9月16日、心不全により死亡した。

O医師とK看護師は、業務上過失致死被疑事件等で取調べを受けた結果、O医師については、業務上過失致死罪による略式起訴が行われ、罰金15万円の裁判が確定した。

(損害賠償請求額)

遺族4名合計で4030万9348円
(内訳:遺体搬送費2万7000円+葬儀関係費291万5200円+逸失利益370万2664円+慰謝料3000万円+弁護士費用366万4486円。これらの合計は4030万9350円ですが、4で割った金額が、各自の裁判上の請求額のため、端数が一致しません。)

(判決による請求認容額)

遺族4名合計で2457万3712円
(内訳:遺体運送料及び葬儀関係費120万円+逸失利益317万3712円+患者固有の慰謝料1200万円+遺族固有の慰謝料4名合計で600万円+弁護士費用220万円)

(裁判所の判断)

主治医O医師の責任

裁判所は、キシロカイン投与後患者Aの血圧が低下したことを認識していたO医師としては、患者Aが本件手術後に痛みを訴えた場合の処置について、局所麻酔薬の硬膜外注入の方法は避け、これと同様の効果が得られる鎮痛剤の筋肉注射や座薬投与を指示すべきであり、仮に局所麻酔薬を硬膜外に注入するのであれば、副作用発現の危険を避けるため、少なくとも現実に副作用が生じたキシロカイン8ミリリットルの投与よりも濃度・量・効用を相当減じた麻酔薬を投与するよう指示すべき義務があったと判示しました。

また、裁判所は、患者Aに副作用であるショック症状が発現した場合には、即時に適切な対応がとれるように、看護師に対してあらかじめ教示するとともに、必要な器材を備えて準備すべき注意義務がO医師にあったとも判示しました。

そして、O医師が、患者Aの血圧が低下する危険性に対する対処について特段の指示を与えることなく、漫然とキシロカイン以上に薬効のあるマーカインの投与を指示し、しかも危険性に対する対処の準備をすることなく、K看護師らに投与させたことは医師としての注意義務に違反したとして、O医師の過失を認定しました。

K看護師の責任

裁判所は、K看護師は、O医師の補助者にすぎず、O医師の指示内容の当否について判断し得る立場・能力ではなかったと判示し、また、O医師の指示は、一応マーカインの投与に関して一般的に考えられる注意事項を記載したものであって、K看護師が看護師としての知識・経験に照らし、当然に疑問を持つべき内容であるとはいえないとして、K看護師の過失を否定しました。

病院管理者H医師の責任

裁判所は、Y病院の病院管理者(医療法第10条1項には、病院又は診療所の開設者は、その病院又は診療所が医業をなすものである場合は臨床研修修了医師に、これを管理させなければならないという規定があります。 判決紹介者注)であるH医師は、医師・看護師に対して適切な監督をする義務を負う(医療法第15条1項には、病院又は診療所の管理者は、その病院又は診療所に勤務する医師、歯科医師、薬剤師その他の従業者を監督し、その業務遂行に欠けるところのないよう必要な注意をしなければならないという規定があります。 判決紹介者注)から、Y教団がY病院で使用するO医師の注意義務違反について、民法第715条2項の事業監督者(同条同項は、使用者に代わって事業を監督する者も使用者と同様の責任を負うという規定です。 判決紹介者注)として責任を負うと判示しました。

病院を開設するY教団(宗教法人)の責任

裁判所は、O医師の使用者であるY教団は民法第715条1項(同条同項本文は、ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負うという規定です。 判決紹介者注)に基づき、O医師の注意義務違反について使用者責任を負うと判示しました。

カテゴリ: 2005年8月25日
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