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No.84「腰痛捻挫等の症状のある患者に対し治療のため投薬がなされたところ、ショックを起こして心臓停止に至り、右股関節運動障害の後遺症を負う。投薬をした医師に損害賠償責任を認めた判決」

大阪地方裁判所 平成8年1月29日判決(判例タイムズ910号180頁)

(争点)

  1. 医師に注意義務違反があるか
  2. 後遺障害と医師の注意義務違反との因果関係
  3. 損害

(事案)

X(昭和18年生まれの男性・A鉄工株式会社の工場長取締役)は平成4年2月27日、会社工場での作業中、腰部を捻り、腰痛による歩行困難に陥った。同月28日、XはY医師が経営し、院長でもあるB整形外科・外科医院(以下「B医院」という。)を訪れ、Y医師から、腰痛捻挫、右根性座骨神経痛(腰部椎間板ヘルニア)との診断を受け、平成4年2月28日から同年4月4日、B医院に入院した。Xの入院中、Y医師は、Xに対し、ビタノイリン、ノイロトロピンを含む溶液を点滴投与及び静脈注射したところ、Xにアレルギー反応が出たため、平成4年3月6日以降は内服薬のみに切り替え、運動療法を施行した。

平成4年4月9日、退院していたXがB医院に来院受診し、Y医師は、腰痛症、右下腿の痺れ感に対する治療として、ビタノイリン1バイアル、ノイロトロピン特号3ccを5パーセントブドウ糖20ccとともに静注投与した。この注射の約20分後、X気分が悪くなったと訴えY医師が直ちに診察したところ、顔面はやや紅潮、発疹は認めず、嘔気強く、嘔吐なし、血圧低下し、呼吸困難を認めたので、薬剤によるアナフィラキシー・ショックと判断し、治療を開始したが、意識の消失を認め、症状の悪化が予想されたため、直ちにXをC救急延命センターに搬送したが、同センター到着時には既に心臓停止の状態にあった。そこで、すぐに蘇生手術が施され、心臓マッサージ、気管内挿管による酸素投与、大腿部切開による大動脈内バルーンパンピング、各種薬剤投与等の救急措置が施行され、Xは一命をとりとめたが、右股関節運動障害が残った。

(損害賠償請求額)

患者の請求額4491万4012円
(内訳:治療関係費39万2668円+休業損害166万8092円+後遺症逸失利益3836万6920円+慰謝料484万円�既受領額35万3668円)

(判決による請求認容額)

裁判所が認容した額1559万9472円
(内訳:治療関係費39万2668円+休業損害101万9370円+後遺症逸失利益1254万1102円+慰謝料200万円�既受領額35万3668円)

(裁判所の判断)

医師に注意義務違反があるか

裁判所は、ビタノイリンやノイロトロピン特号3ccは、いずれも日常臨床において汎用されていること、どちらの使用説明書にも使用上の注意として、副作用としてまれにショック症状があらわれることがある等の記載があることを認定し、それらの事実によれば、ビタノイリン、ノイロトロピン特号3ccは広く臨床で採用されている反面、それらの使用上の注意に記載されているショック等の副作用の危険性についても一般的に認識されているものといえ、その投与については、過敏症の既往歴ある患者には投与を中止する等の注意義務が認められると判示しました。そして本件においても、Y医師は、XがB医院に入院中、ビタノイリン、ノイロトロピン特号3ccを投与した際に発疹等の過敏反応を認めているから、これら薬剤について、Xがアレルギー体質でショック症状を起こす可能性があることを知っていたか、少なくともこれを十分予見しえたものと認めることができ、Y医師には、Xに対する右薬剤の投与を避けるべき注意義務があったと認定しました。

そして、Y医師は、ビタノイリン1バイアル、ノイロトロピン特号3ccを投与し、その直後、Xが、アナフィラキシー・ショックを起こして心臓停止に至っているから、Y医師には前記の注意義務の違反があったと判示しました。

後遺障害と医師の注意義務違反との因果関係

裁判所は、大腿部切開による大動脈内バルーンパンピングでの循環補助は、心臓停止に対する治療として有用な措置であると一般的に認識されていることが認められると判示しました。そして本件でY医師によるビタノイリン及びノイロトロピン特号3ccの投与からアナフィラキシー・ショックを起こして心臓停止に至ったXに対し、C救急延命センターが、大腿部切開による大動脈内バルーンパンピングでの循環補助を施行したことは、救命措置として通常予測される必要な措置を適切に施行したにすぎないから、Yの前記過失行為と、右大動脈内バルーンパンピングのための大腿部切開の結果生じたXの後遺障害は、相当因果関係にあると認定しました。

損害

裁判所は、後遺症逸失利益について、Xが勤務するA鉄工株式会社の定年は60歳であるが、Xの前任者の工場長の例から、Xも60歳以降、前任者と同様、会社に雇用されて従前と変わらない額の給与の支払いが受けられる可能性が高いことが認められるとしつつ、他方で60歳以降の職務内容は、Xの前任者の例からすれば、従前のような各種管理業務、現場作業等ではなく、非常勤の嘱託として、適宜、会社に出勤して、後輩の指導等にあたるようなものと推認されるから、60歳以降は、本件後遺障害が就労上、特に支障をもたらすものとは考えられないとし、本件後遺障害による労働能力の喪失は、60歳までに限って考慮するのが相当であると判示し、上記金額を認定しました。

カテゴリ: 2006年12月18日
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