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No.106「生後6ヶ月の男児が開業医から転院先の脳外科で開頭手術を受けたが、硬膜外血腫による後遺症が残存。開業医に転送の際の注意義務違反を認め、患者側が逆転勝訴した高裁判決」

大阪高等裁判所平成8年9月10日判決 判例タイムズ937号220頁

(争点)

  1. 専門領域外の他院に転送する際に、開業医であるY医師に注意義務違反があったか否か
  2. Y医師の過失と相当因果関係のある損害の項目

(事案)

患者Xは当時生後6ヶ月の男児で、Y医師は内科、小児科、放射線科を標榜科目とするY医院を経営していた。

昭和61年4月26日午前11時20分ころ、Xの母親がXを抱いてY医院を訪れベビーベッドから落ちて泣きやまないとしてXの診察を求めた。Y医師は診察やレントゲン撮影の結果、特に異常な点が認められなかったので、経過観察の方針をとることにして、少しでも変化があれば直ちに連れてくるよう述べ、いったんXは帰宅した。

同日午後4時ころ、患者XはY医院に着いたが、そのころの様子は顔面蒼白で呼吸が荒く、意識も無い状態であり、左足が異常に外側に開いていた。Y医師はXの下半身のレントゲン撮影を行ったが、腰椎の損傷は無かった。Y医師がXの右後頭部を触診したところ、腫れていた。Y医師はこれらの容態からXが頭蓋内出血を起こしているのではないかと疑い、確定はできないものの、緊急に開頭手術を行うべきであると考えた。そして、24時間体制の救急病院で、脳外科的治療ができるK病院に「右後頭部が腫れて左足が麻痺している患者がいるので受け入れてほしい」旨転院を依頼し、K病院の承諾を得た。

Xらは同日午後5時16分ころK病院に到着し、Xは、土曜日の午後の時間外の患者として受け付けられた。その後約4時間後にXの開頭手術が開始され、広範囲かつ大量の硬膜外血腫、頭皮下血腫が確認され、約150グラムの血腫が除去された。その後、P病院小児科に転院し、引き続き治療を受けたが、後遺症として左片麻痺、発育遅延、発語障害等の重大な障害が残った。

患者X及びその両親が原告となりYを被告として損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者の一審での請求額:1億1230万8606円
(内訳:治療費21万6247円+通院交通費164万6860円+自動車購入費76万円+介護料4811万5202円+逸失利益3257万0297円+慰謝料2000万円+弁護士費用900万円)

患者の両親の一審での請求額:2名合計1100万円
(内訳:慰謝料1000万円+弁護士費用100万円)

患者の控訴審(大阪高裁)での請求額:6000万円
(内訳:1億1230万8606円の内金)

患者の両親の控訴審での請求額:2名合計1000万円
(内訳:1100万円の内金)

(判決による請求認容額)

一審の認容額:0円

控訴審の認容額患者につき:880万円
(内訳:慰謝料800万円+弁護士費用80万円)

患者両親につき:0円

(裁判所の判断)

専門領域外の他院に転送する際に、開業医であるY医師に注意義務違反があったか否か

一審の大阪地方裁判所堺支部は、Y医師について、本件において開頭手術が必要であることを転院先に明確に告げる義務があったとまではいえず、Y医師は転院にあたって要求される説明義務を尽くしたとみるのが相当であるとして、患者側の請求を認めませんでした。

これに対し、高裁は、次のように述べて、Y医師の過失を認めました。

「Y医師の専門領域外の脳外科へ転院させる場合であり、開頭手術等の脳外科的治療が必要かどうかは、精密検査を行ったうえでの脳外科専門医の判断によって決定されることになるので、Y医師において、K病院に対し、開頭手術が必要であるとの断定的判断までを伝える義務はないものの、当時は土曜日の午後という時間帯であって、24時間体制の救急病院であり、かつ脳外科を主たる標榜科目としている病院であっても、常に緊急に開頭手術等の脳外科的治療を行える態勢がとられているとは限らないから、K病院に対しXが緊急の開頭手術を要する可能性が高い救急患者であることを確実に告知し、その準備態勢についても重々の依頼をするなどの義務があったものというべきであり、Y医師には右義務に違反した過失があるというべきである。」

Y医師の過失と相当因果関係のある損害の項目

この点につき、裁判所は、まず、「Y医師の過失が具体的にどの程度Xの後遺症に悪影響を及ぼしたかを確定することはできないが、より早期に手術をうけていればXの後遺症がより軽度のものにとどまった蓋然性を否定することができない、すなわち手術の遅れが相当な悪影響を及ぼしたものと認められる」と判示しました。

そして、「手術の遅れがなければXに後遺症が生じなかった」ことを前提とする損害(治療費、通院交通費、自動車購入費、介護料、逸失利益)をY医師の過失と相当因果関係のある損害とすることはできないが、Y医師の過失がXの後遺症の程度に悪影響を及ぼしたものと認められる以上、これにより被ったXの精神的苦痛は、Y医師の過失により通常生じるべき損害として認められると判示し、慰謝料として800万円が相当と判断しました。

カテゴリ: 2007年11月 8日
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