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No.125「同種末梢血幹細胞移植のドナーが末梢血幹細胞の採取から1年2ヶ月後に死亡。医師と病院経営法人に対する説明義務違反による損害賠償義務は認め、ガイドラインを発表し、フォローアップ事業を展開する学会の監督義務違反を否定した判決」

大阪地方裁判所平成19年9月19日判決 判例タイムズ1262号299頁

(争点)

  1. 医師に説明義務違反があるか
  2. 学会のガイドライン遵守に関する監督義務違反があるか

(事案)

患者A(昭和14年生まれの女性)は、平成13年7月10日、実弟であるBのために同種末梢血管細胞移植(PBSCH)のドナーとなるため、Y1法人が設置するY1病院を受診し、血液検査等を受けた。Bの主治医であるY2医師は、Aにドナーとしての適格があると判断し、Aの担当医を兼任することとなった。Y2医師は、Aに対し、骨髄移植や末梢血幹細胞移植の治療法、危険性、安全性等を説明した。その際、ドナーのフォローアップに関する説明にはほとんど時間を割かず、年1回の定期検査があることは説明したが、ドナー登録やドナーのフォローアップに関する説明は行っていない。

同年8月28日、Y2医師は、同種末梢血幹細胞ドナー登録センターに対し、Aに係るドナー登録申請書を送付した。

同年9月6日、Aは末梢血幹細胞を採取するため、Y1病院に入院した。Y2医師は、Aに対し、入院診療計画書によって、Aがドナーとして入院すること、入院後の医療行為等の内容を説明したが、ドナー登録やドナーのフォローアップに関する説明に関する説明は行わなかった。なお、当時Y1病院にはドナーになることについての同意書はなく、入院診療計画書を用いていた。Aは同日顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)製剤の投薬を受けた。そして、同月10日、11日に末梢血幹細胞(PSBC)採取(アフェレーシス)が実施された。アフェレーシスの実行中、Y2医師はAに退院後、Bに面会に来た際に声をかけてくれれば血液検査を行う旨を説明したが、血液検査の目的や必要性については説明しなかった。また、入院中のAは退院後のケアー等について不安を口にしていた。同月12日にAはY1病院を退院した。退院後、AはY1病院での検査等を受けていない。

平成14年11月21日、Aは急性骨髄性白血病のためW病院に入院し、同年12月1日、急性骨髄性白血病により死亡した。

有限責任中間法人であるY3学会は、「同種末梢血幹細胞移植のための健常人ドナーからの末梢血幹細胞の動員・採取に関するガイドライン」(平成12年4月1日公表、同年7月21日に改訂第2版。以下、「本件ガイドライン」という。)を発表しているほか、ドナーフォローアップ事業を展開していた。患者Aの死亡は有害事象報告例として学会内で発表し、ニューズレターないし学会のホームページで発表した。

患者Aの夫Xが、Aの損害賠償請求権を相続して原告となり、Y2医師に対しては不法行為に基づき、Y1に対しては、選択的に診療契約上の債務不履行又は使用者責任に基づき、Y3学会に対しては、本件ガイドライン遵守に関する監督義務違反などの過失に基づき、損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

遺族の請求額:500万円(患者の精神的苦痛に対する慰謝料)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:200万円(患者の精神的苦痛に対する慰謝料)

(裁判所の判断)

医師に説明義務違反があるか

まず、裁判所は一般に診療ガイドラインは、作成時点でもっとも妥当と考えられる手順をモデルとして示したものであることが認められ、具体的な医療行為を行うにあたって、ガイドラインに従わなかったとしても、直ちに診療契約上の債務不履行又は不法行為に該当すると評価することができるものではないが、当該ガイドラインの内容を踏まえた上で医療行為を行うことが必要であり、医師はその義務を負っているとしました。

そして、改訂後の本件ガイドラインにおいて、末梢血幹細胞を採取するためには、ドナーに対し、G-CSFを投与する必要があるが、その短期及び長期の安全性について十分認識されていないことから、同種末梢血幹細胞移植の概略を説明した上で、G-CSF投与及びアフェレーシスの目的、方法、危険性と安全性について詳しく説明し、文書による同意を得るようにすること、その際、G-CSF投与後の短期及び長期の安全性調査(フォローアップ制)を実施し、調査への協力を依頼することなどが定められている点を指摘しました。

その上で、Y2医師は、患者Aやその夫である原告Xに対し、ドナーの安全性を確保するための制度として設置されたフォローアップ制度について、その目的等を説明せず、単に年1回の定期検査があるとの説明及びBに面会に来た際に声をかけてくれれば血液検査を行う旨を告げたにすぎず、Y2医師の説明内容は、ドナーの安全性確保というフォローアップ制度の趣旨、目的を適切に伝えたものであるといえず、本件ガイドラインを踏まえた説明をしたとは認められないとして、Y2医師の説明義務違反を認めました。そして、Y2医師がフォローアップ制度について説明義務を尽くしていれば、Aは短期及び長期フォローアップを受けていた高度の蓋然性が認められるとして、Y2医師の説明義務違反と、Aの被った自己決定権侵害による精神的苦痛との間に因果関係を認め、Y1とY2医師に損害賠償義務を認めました。

学会のガイドライン遵守に関する監督義務違反があるか

裁判所は、Y3学会がガイドラインを発表しフォローアップ制度を導入しているのは、すべてのドナーを事前登録して短期及び中長期の有害事象を前方向視的に調査研究するという点にあるものと解しました。

そして、このような点から、ドナーの生命身体の安全管理は、同種末梢血幹細胞移植を実施する各医療機関が、それぞれの責任において行うべき問題であり、Y3学会が、ガイドライン発表及びフォローアップ事業を展開していることを理由として、各医療機関に対して、ガイドラインを遵守しているかどうかを監視する義務があると評価することはできないとし、Y3学会のガイドライン遵守に関する監視義務を否定しました。

カテゴリ: 2008年8月12日
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