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No.128「大腸癌切除手術後、患者がカテーテル感染症になり、約7ヶ月後死亡。患者の死期が早まり平穏の日常生活に復帰できなかったことなどにつき、1200万円の慰謝料を含む損害賠償が認められた判決」

東京地方裁判所平成18年11月22日 判例時報1986号75頁

(争点)

  1. IVHカテーテルを早期に抜去すべき義務の有無
  2. 病院の担当医師の義務違反と死亡結果との因果関係
  3. 損害額

(事案)

患者A(昭和5年生まれのギャラリーを経営する女性)は、平成13年4月24日、同月8日より足元がふらつき、頭痛があると訴えて、Y医師の設置及び運営するY外科胃腸科病院(以下、「Y病院」という。)を受診した。同月25日、Y病院で脳CT検査を受診したところ、同検査の結果から、脳に腫瘍及び梗塞が認められ、同月26日、Y病院に入院した。

入院後、脳腫瘍は大腸癌の転移であることが判明した。診察に当たったY病院のH医師は、腸閉塞直前の状態と判断し、絶食を指示した上で、5月2日、Aの鎖骨下に高カロリー輸液等のための中心静脈カテーテル(IVHカテーテル)を留置し、高カロリー輸液を行った。

同月8日、AはO病院に転院し、サイバーナイフによる脳腫瘍の手術を受け、同月9日、Y病院に帰院した。

同月22日、Y病院において大腸癌の摘出手術が行われた。執刀はH医師が行いO大学病院からの応援のT医師及びK医師が手術の助手を担当し、特に問題なく手術は終了した。しかし、その8日後の同月30日午前7時にAは左腹部が少し痛いと訴え、午後4時ころには38度7分の熱を発した。H医師はカテーテル感染症及び腎盂腎炎とともに、縫合不全を疑い、胸部及び腹部のレントゲン撮影をしたが、小腸ガス及び大腸ガスが認められた以外に異常は認められなかった。同月31日にも、Aの高熱は続き、またIVHカテーテルの滴下不良が見られるようになった。6月1日午後0時15分ころ、Aに38度7分の発熱がみられ、その後IVHカテーテルの滴下不良も生じた。そして、6月2日午後0時にIVHカテーテルルートの入替えの処置が行われた。このときに抜去したカテーテルの先端について培養検査をした結果、カンジダ菌が検出されており、その報告は同月4日以降にあった。

6月3日午後9時頃、H医師は、O病院から来院したT医師及びK医師に相談の上、IVHカテーテルを抜去し、末梢から点滴を行った。同日午後11時10分頃、H医師らは腎不全及び心不全と診断し、AはO大学病院に救急車で転院した。6月5日、同病院での血液検査の結果、カンジダ抗原が検出されたことから、カンジダを原因菌とするカテーテル感染症と診断され、同日より、抗真菌剤であるフロリードが投与された。

7月10日、AはICUから一般病棟に転出したが、積極的な意思表示はできず、家族とも十分なコミュニケーションが取れない状態であった。

10月18日、慢性腎不全に対する透析を継続するため、Aは、Y病院から心臓病センターS病院に転院した。入院期間中、Aは食事は摂取していたが、発語などの意思表示は行えない状態であった。11月21日、Aに下血が見られたため検査したところ肛門からすぐの位置に腫瘍が発見されたことから、内視鏡的粘膜切除術が行われ、腫瘍が切除されたがクリッピングはできなかった。生検の結果、癌細胞が認められた。その後も下血が見られ、12月17日、血圧が低下し、同月18日には昏睡状態に近い状態となり、同月19日、Aは死亡した。

そこで、患者Aの夫と長男が、Aの損害賠償請求権を相続し、Yに対して債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

遺族の請求額:遺族両名(患者の夫と子)合計4532万3732円
(内訳:逸失利益1482万3732円+慰謝料2500万円+葬儀費用150万円+弁護士費用400万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:遺族両名合計1320万円
(内訳:慰謝料1200万円+弁護士費用120万円)

(裁判所の判断)

IVHカテーテルを早期に抜去すべき義務の有無

裁判所は、まず患者Aの5月30日午後4時の発熱以降の病態については、O大学病院が診断したとおり、カンジダによるカテーテル感染症を発症していたものと認めるのが相当であり、他方、同人には臨床的に問題にすべき縫合不全は生じていなかったと認定しました。

そして、同月31日午後7時の時点までには、前日の胸腹部のレントゲン検査によっても異常所見が見当たらず、ドレーンからの排出液も引き続き異常が認められなかったことから、縫合不全については、前日よりもさらに否定的に考えるべき要素が加わっていたのに対し、カテーテル感染症については、IVHルートの滴下不良というカテーテル感染症を強く疑わせる所見が生じていたのであるから、縫合不全についての疑いを理論的には否定はできないとしても、臨床的には、これを否定し、まず第一にカテーテル感染症を疑うべき状況にあったと認定しました。その上で、カテーテル感染症に対する処置は、感染源となるカテーテルを抜去することとされているのであるから、縫合不全の危険性を念頭に置いて抜去の判断に慎重になるべきことを考慮しても、この時点において、担当医師であるH医師にはIVHカテーテルを抜去すべき義務があると判示しました。

しかし、H医師は、この時点ではIVHカテーテルの抜去をせず、6月2日の午後0時に至ってようやくIVHルートの入替えを行ったにすぎず、その抜去は6月3日午後9時まで行われなかったものであるから、担当医師であるH医師には、IVHカテーテルを抜去すべき義務を怠った過失があると判示しました。

Y病院の担当医師の義務違反と死亡結果との因果関係

まず、患者Aの死亡原因について、Aは、死亡に至るまで、Y病院で発症したカテーテル感染を原因とする敗血症の影響から脱却できなかったものと認められるところ、これによって同人の全身状態が低下していたことは明らかであり、そのような状態の下で、再発腫瘍切除術後に下血が継続したことにより、Aは、術後に全身状態が急激に悪化して死亡するに至ったと認定しました。そして、上記の腎不全等がなくても、下血の継続によりAは早晩死亡するに至ったとは認められるものの、前提としての全身状態の低下がない以上は、その経過はより緩慢なものとなり、死期もまたより遅くなったと認めるのが相当であり、そのように認められる以上、上記のカテーテル感染を原因とする敗血症に続発した腎不全及び心不全は、Aの死期を有意に早めたものであると認めました。

次に、Aの死亡原因とY病院担当医師の義務違反との因果関係について、まず一般論として、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係については、経験則に照らして医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の当該不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるとしました。

本件においては、5月31日午後7時の時点でカテーテルが抜去されていれば、Aは敗血症性ショックにまでは至らず、その後の経過は同人が現実に辿った経過よりも良好であったと認定しました。

そして、Aの死亡には再発した大腸癌切除術後の下血が大きく寄与したことが認められるものの、Y病院におけるカテーテル感染症を原因とする敗血症に続発した腎不全及び心不全による全身状態の低下が死期を有意に早めたものと認められることからすると、カテーテル感染症が敗血症性ショックにまで至る以前に治癒していれば、その後の経過は亡Aが現実に辿った経過よりも良好であったと認められ、Aは現実の死亡時点である平成13年12月19日になお生存していた高度の蓋然性があると判示しました。

以上より、Y病院担当医師であるH医師の過失とAの死亡には因果関係が認められることから、Y病院の運営者であるYは、H医師の使用者として不法行為責任を負うとしました。

損害額

裁判所は、患者Aの癌は相当程度進行したものであるから、Aは日常生活に復帰することは可能であるとしても、さらに仕事に復帰し、稼働可能な状況になったか否かまでは明らかでないとし、逸失利益を認めませんでした。また、葬儀費用についても、もともとAの予後については、厳しいものと予想されている事実関係の下で、葬儀費用をH医師の過失と相当因果関係にある損害とは評価できないとしました。

他方で、慰謝料については、Aの損害は経済的には評価が困難といわざるを得ないが、Aは敗血症性ショックに陥って以降、入院を継続しており、その間、意思表示ができず、家族とも十分にコミュニケーションがとれない状態であったという事情は、その精神的損害として十分に評価すべきものであるとしました。そして、いかにAにつき厳しい予後が予想されていたとしても、人生の最期の時期を自宅に戻って親しい人間と交流をしつつ身辺整理をする等の期待を奪われたばかりか、看病による疲労から夫にも入院を余儀なくさせ、顔を合わせることすらままならなくなったのであるから、この間、平穏な日常生活に復帰し得たこととの差異はあまりにも大きく、若干にせよ死期が早まったことを考え合わせると、Aの精神的損害は大きいといわざるを得ないと判示しました。

以上に加え、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、精神的損害に対する慰謝料としては、1200万円が相当であるとしました。

カテゴリ: 2008年10月15日
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