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No.307「胃全摘出術の際の術中所見により、肝臓の切除も行われた胃癌患者が術後急性肝不全により死亡。医師の器具操作及び止血方法の過失を認めた地裁判決」

福岡地方裁判所小倉支部平成14年5月21日判決 判例タイムズ1141号219頁

(争点)

執刀医の器具操作及び止血方法の過失の有無

(事案)

患者A(死亡当時53歳の主婦)は、平成7年1月ころから胸痛や固形物が飲み込みにくいことを自覚していたが、これを放置していたところ、4月になると食事摂取時に空気を飲み込むような感じがするようになり、5月になると食後に心窩部痛や前胃痛が出現するようになった。そこで、Aは、同月10日に近医のM診療所で受診したところ、検査の必要があるとして、Y病院(Y株式会社の開設する病院)を紹介された。

Aは、同月12日、M診療所の紹介状を持参してY病院でY医師の診察を受けた。Y医師は同日、胃内視鏡検査を実施し、食道と胃噴門部直下の小弯前壁よりにボールマンⅢ型(潰瘍を形成し、潰瘍を取り巻く胃壁が肥厚して周堤を形成するが、周堤と周辺粘膜との境界が不明なもの。)の潰瘍を認め、胃がんの所見を得るとともに、併せて生検を行った。

Y医師は、Aに胃がんである旨を告知することを避け、診療録には食道噴門部腫瘍と記載して、Aに対し、手術が必要である旨を告げた。そして、Y医師は、同月16日ころ、上記生検につき、病理診断の結果も胃がんであることを確認した。

Aは18日、手術目的でY病院に入院した。Y医師は同行したX1(Aの夫)に対してAが胃がんである旨を告げたが、X1の希望でAへのがん告知は行わないこととなった。

Y医師は翌19日に放射線科にエコー検査及びCT検査を依頼した。同エコー検査の結果、肝臓の両葉に最大3.2cmの腫瘍を含む多数の腫瘍があること等が判明し、がんが肝臓に多数転移しているという所見が得られた。また、同CT検査の結果も、肝臓に多数のがん転移があるという所見であった。

Y医師は、上記各検査の結果に加え、CT画像上で中肝静脈と左肝静脈の合流部に大きな腫瘤を認めたことから、肝臓に転移したがんを取り切る根治術ができないであろうと判断し、Aに対して胃全摘術のみを行う計画を立てた。Y医師は、同月29日、手術日が同月30日であり、胃を摘出することになる旨をAに告げた。

同月30日午前、Y医師は、X1及びX2(Aの子)に対し、CT画像を示しながら、Aは胃も肝臓もがんに冒されていること、今回の手術では胃全摘術を行って食事ができるようにすること、肝臓については手の施しようがないので手術しないことなどを説明した。

Aは、30日の午後0時過ぎころ、手術室に搬入され、午後1時過ぎころから手術が開始された。Y医師は、Aに腹水や腹膜播種が認められなかったものの、脾臓と膵臓にがんの転移が認められたことから、胃の摘出に伴い、脾臓及び膵体尾部を切除した。

そして、Y医師は、肝臓の状態を視診、触診、術中エコーで調べたところ、腫瘍は肝両葉にまたがっているものの、左葉外側区域にはごま粒大の小さな腫瘍を2個認めるだけで、そのほとんどが右葉及び左葉内側区域に存在していた。その上、中肝静脈と左肝静脈の合流部にある大きな腫瘤は、拡大肝右葉切除を行う場合に残存させるべき左肝静脈と接触しておらず、1cm程度の距離があった。そこで、Y医師は、A及びX1に説明していなかったものの、拡大肝右葉切除を行えば、肝臓のがんの根治術も可能であると判断し、肝切除術を行うこととした。

Y医師は、キューサー(超音波外科吸引装置)やモスキートペアンを使用しながら、まず、肝動脈、胆管、門脈各右枝を結紮切離して肝右葉の血行を遮断し、右肝静脈を処理した後、肝実質を少しずつ圧挫しながら切断・剥離する作業を進めた。その結果、中肝静脈と左肝静脈の合流部で中肝静脈を結紮切離すれば、合流部にある大きな腫瘤とともに肝右葉を完全に切除できる状態となった。そこで、Y医師は中肝静脈を処理しようと、モスキートペアンを用いて合流部の腫瘤の裏側に回り込んでいったが、腫瘤が手前にあって十分な視野を確保できずにいたところ、モスキートペアンが中肝静脈と左肝静脈の合流部辺りに当たったため、同所の血管が損傷され、そこから出血を来した。

Y医師は、出血した血液が視野を妨げ、正確な出血部位を確認することができなかったため、出血部位辺りにいったんサテンスキー鉗子を掛けて止血し、視野を得るために中肝静脈を手前で切離して、切除すべき肝臓を取り除いた(切除部分は、肝臓の70%程度に及んだ)。

Y医師は、次に、サテンスキー鉗子を外して出血部位を確認したところ、左肝静脈に沿って長さ1cmくらいの細い裂け目が確認できた。そこで、Y医師は、Y医師が通常使用する縫合糸である4-0ネスピレン糸を用いて、出血部位を縫合止血しようとしたが、血管が裂けて止血することができなかったため、血管外科を専門とするY病院副院長のB医師にその縫合を依頼したが、縫合止血をすることはできなかった。そのため、Y医師は、アビテンフラワー、トロンビン、熱生理食塩水を用いて圧迫止血を行った上、食道と空腸を吻合して消化管を再建し、午後11時ころ手術を終えたが、術後出血の管理ため、Aを集中治療室に搬入した。出血から上記圧迫止血までには約4時間30分を要し、Aの術中の出血量は11,000mlに達した。

術後、Aは、腹痛を訴えたり、呼びかけに対して開眼してうなずくなど意識は低下していなかった。ところが、6月3日午後8時ころから、開眼しているが眼球は上方に固定した状態となり、呼応もしなくなって、それ以後、Aの意識が戻ることはなかった。

6月8日午後7時5分、Aは、圧迫止血等による左肝静脈の狭窄から循環不全を招き、術後急性肝不全により死亡した。

そこで、Aの夫及び子らは、Y医師に肝切除術中の器具操作及び止血方法等に過失があったとして、Y株式会社及びY医師に対して、A死亡による損害賠償を請求した。

(損害賠償請求)

遺族(夫、子のうち2人)の請求額 合計 : 3853万0410円
{内訳:(患者の逸失利益1519万6492円+患者固有の慰謝料1700万円合計3219万6492円)のうち、夫の相続分(1/2)1609万8246円及び子の相続分(各1/6)2名合計1073万2164円+葬祭費130万円+夫の慰謝料400万円+子の慰謝料2名合計300万円+弁護士費用340万円}

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 合計 : 1726万8015円
{内訳:(患者の逸失利益148万1618円+患者固有の慰謝料1000万円合計1148万1618円)のうち、夫の相続分(1/2)574万0809円及び子の相続分(各1/6)2名合計382万7206円+葬祭費120万+夫の慰謝料300万円+子の慰謝料2名合計200万円+弁護士費用150万円}

(裁判所の判断)

執刀医の器具操作及び止血方法の過失の有無

この点について、裁判所は、まず、右葉切除以上の肝切除が行われる場合には、正常に機能している肝臓が大量に切除される結果、術後の肝不全や合併症を併発する危険性が高くなること、肝予備能が正常である場合には70~80%の肝切除が可能であるものの、それは肝の循環動態が安定している場合に限られ、静脈壁の損傷や圧迫止血等により肝静脈が狭窄する場合には、循環不全から肝予備能の低下をもたらして肝不全に至る危険があることを認定しました。

そして、裁判所は、患者Aに対して肝臓の70%程度に及ぶ拡大肝右葉切除術を行ったY医師は、術後の肝予備能を維持し、肝不全の発生を防止するために左肝静脈の循環動態を安定させる措置を講じなければならず、狭窄の原因となる左肝静脈の損傷や圧迫止血等を回避すべき義務を負うと判示しました。

その上で、裁判所は、Y医師は、術中所見により肝臓の腫瘍切除が可能であると判断して、当初は困難な手術であるとして予定していなかった同切除を断行したものであるところ、モスキートペアンの操作によりAの中肝静脈と左肝静脈の合流部辺りを損傷した上、その圧迫止血を行った結果、左肝静脈の狭窄から循環不全を招き、術後急性肝不全によりAを死亡させたものであるから、左肝静脈の損傷やその圧迫止血がやむを得ないものであった事情が主張立証されない限り、Y医師にはAに実施した肝切除術におけるモスキートペアンの操作や止血方法について、過失があったものと推定されると判断しました。

そして、裁判所は、左肝静脈の損傷やその圧迫止血がやむを得ないものであった事情はなかったとして、Y医師の器具操作及び止血方法についての過失を認めました。

以上のことから、裁判所は、Y株式会社及びY医師に対して、上記「裁判所の認容額」を連帯して賠償するように命じました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年3月10日
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