医療判決紹介:最新記事

No.335 「野球部の練習中に高校生が熱射病に罹患し、その後多臓器不全により死亡。適切な冷却を行わなかった過失があるとして、救急搬送先の市立病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

福岡地方裁判所平成15年10月6日判例タイムズ1182号276頁

(争点)

適切なクーリング方法を行うべき注意義務に違反した過失の有無

(事案)

平成11年7月28日、A(事件当時15歳の高校1年生)は、午前中、高校の野球部の練習で炎天下の中グランドをランニング中、気分を悪くし意識を失い、同日午後0時25分、救急車でY市が開設する市立Y病院(以下「Y病院」という。)に搬送された。搬送時のAの体温(腋窩温。以下同じ)は39.9℃であった。Aは来院時、発汗、高体温、意識障害があり、便・尿失禁、嘔吐症状もあり、看護師の呼びかけに対する反応は悪かったが、痛みに対する反応は示した。Aに対し、血液検査、心電図、レントゲン撮影等の検査が実施された。

Y病院に勤務するO医師は、救急外来でAを診察し、熱射病の可能性もある重篤な熱中症を発症したと考え、輸液ヴィーンD500ml、ヴィーンF500mlを投与した。外来では、氷のうによるクーリングは行われなかった。

午後2時ころ、AはY病院内科に入院した。同時点の体温は39.9℃、眼球上方固定気味で、全身が硬直していた。看護師の呼びかけに対する反応は無かったが、痛みに対する反応はあり、意識レベルは日本式昏睡尺度における100(呼びかけても覚醒しないが、痛み刺激に対して払いのける動作をする状態)だった。

O医師は、体温を下降させることを考え、氷のう、氷枕、アイスノンをタオルに包み、腋下・体側にあてることによって体温を下降させることにした。看護師らは、内科入院直後の午後2時ころから、O医師の指示に従い、氷のうを腋の下と大腿部各2ヵ所に置き、アイスノンを首の下に置いてクーリングを行ったが、それ以外のクーリングは行わなかった。

O医師は、クーリングに関し、看護師に対して氷で冷やすよう指示した際、体温を37℃まで下げる目標は持っていたが、何時間で下げるという具体的な目標は持っていなかった。

その後、Aは、看護師に対し、ジュースが飲みたい、目が見えないと言い、対光反射のときに大声を出し、体動が強く、抑制を必要とするほどだった。黄色化消化便を大量に出し、意識朦朧状態で、眼球の焦点が合わなかった。

午後3時30分、Aの体温は40.4℃に上昇した。Aの意識レベルは、夕方ころから回復傾向となったが、その後も午後6時の体温は39.5℃、午後8時は39.8℃、午後10時の体温は39.4℃であり、高温状態が続いていた。

翌7月29日午前0時、Aの体温は38.8℃に下がり、午前6時は37.0℃にまで下降した。

同日午前10時、O医師がAを診察したところ、Aには意識があり、質問に答えることができたが、体温は38.1℃に再び上昇し、GOTは395、GBTは381と肝機能は依然増悪傾向にあった。また、血小板数は3万1000だった。

同日午後2時のAの体温は38.6℃であり、同日午後4時になると、Aの体温は39.6℃に上昇し、GOTは1万4260、GBTは1万3580なりと肝機能はさらに増悪し、血小板数も4万1000になった。

同日6時30分ころ、Y病院は、血液検査の結果から、AをK大学病院救命救急センター(以下、K救急センターという)へ転院することを決定した。Aは同日午後7時ころ、救急車でK救急センターへ搬送された。

Aは、K救急センターにおいて、治療を受けたが、同年8月4日、脳死状態になり、同月12日、熱射病による多臓器不全(急性腎不全、播種性血管内凝固症候群、肝腫大、肝壊死)のため死亡した。

そこで、Aの遺族(父母)は、Aが死亡したのは、Y病院が熱射病に対する適切な冷却(クーリング)を行わなかった過失によるとして、Y市に対し損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
1億0649万1708円
(内訳:逸失利益6389万1708円+慰謝料3200万円(本人2200万円+遺族合計1000万円)+葬儀費用100万円+弁護士費用960万)

(裁判所の認容額)

認容額:
4413万3554円
(内訳:逸失利益4413万3555円+慰謝料2000万円(本人1800万円+遺族合計200万円)+葬儀費用100万円-損失填補(学校健康センターからの死亡見舞金)2500万円+弁護士費用400万円。相続人が複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

適切なクーリング方法を行うべき注意義務に違反した過失の有無
(1)7月28日の午後0時25分の時点でのクーリングについて

この点について、裁判所は、Aは炎天下の中ランニングをして気分不良になったこと、Aには意識障害、脱水症状があったこと、同日午後0時25分におけるAの体温は腋窩温で39.9℃であり、腋窩温は通常直腸より、0.8℃から0.9℃低いとされているから、当時のAの直腸温度は40.7℃から40.8℃であったと推定されること、熱射病は深部体温(直腸温)が40℃以上の高温のものであるとされていることからすれば、Aは熱射病に罹患していたと認めるのが相当であり、少なくともAは極めて熱射病の疑いが強いものとして対処すべき病態にあったものと認めるのが相当であると判示しました。

O医師は、Aには発汗があり、体温が39.9℃であるなど教科書的に一般的に書かれているすべての診断基準は満たしていないと供述しましたが、裁判所は、一般的に熱射病の基準は直腸温40℃と考えられており、仮に熱射病の基準を直腸温で41℃としても、Aの体温は直腸温に換算すると41℃近くになると推定されること、熱射病でも病院到着前に応急措置として体を冷却されている場合には体温が40℃を下回ることも多くあり、体温が低いからといって熱射病を否定することがないように注意喚起されていること、また、熱射病においては、症状の時期により発汗の認められる場合もあることが指摘されていること、O医師も、熱中症の中でも重症で熱射病に至る可能性もあると認識していたことから、本件においては、熱射病の診断基準を満たしているかその疑いが極めて強いものとして、熱射病に対する治療を行うべきだったといえると判断しました。

そして、熱射病は緊急措置が必要であり、直ちに身体の冷却などの処置を開始しなければ、器官の不可逆性損傷をきたし死に至ることがあること、素早い体温低下が救命の鍵といえることから、Y病院はAが搬送された7月28日午後0時25分の時点又はその直後にはクーリングを開始すべき注意義務があったと判示した。しかしY病院が、同日午後0時25分から同2時までの間は、着衣を脱がせ、体を拭き、血圧、体温、脈拍などのバイタルサインの検査を実施し、血液検査、心電図、レントゲン撮影等を行ったのみで、熱射病の患者に対する処置としてその時間帯における最も重要な処置であるクーリングを開始しなかったものであるから、Y病院が7月28日午後0時25分の時点又はその直後にクーリングを行うべき注意義務に違反したと認定しました。

(2)7月28日午後3時30分の時点でのクーリングについて

裁判所は、Y病院は、Aの体温について、ほぼ2時間おきに腋窩で検温したが、7月28日午後2時の段階で39.9℃あり、午後3時30分に40.4℃まで上昇し、同日午後10時過ぎまで39℃を超える高体温が続いたことから、Y病院が行ったクーリングの効果は上がっていないと認定しました。

そして、熱射病の重症度は、高熱が持続した時間の長さにより決まること、熱射病は緊急措置が必要であり、1時間を目標に積極的に冷やすためにはできるだけ複数の冷却法を組み合わせて行うことが勧められていること、クーリング方法としては、その場で施行し得る方法がすべて適応になること、Y病院の採用した氷のう法は、冷却速度が比較的遅く、効率も良くないとされ、他の冷却方法との組み合わせで採用するよう勧められていること、蒸発法(衣服を除去し、体表面に水やアルコールを浸したガーゼを置き、扇風機などで送風し、気化により冷却する)は、特殊な機器を必要とせず、どこの医療機関でも可能であり、効果的なクーリング方法とされていることから、Y病院としては、7月28日午後2時以降より頻回の検温をし、氷のう法による冷却の効果を確認しながら、遅くとも同病院が行った氷のう法によるクーリングの効果がないことが判明した同日午後3時30分の時点で氷のう法から蒸発法に変更するか、または蒸発法や冷却した輸液を使用する方法などを追加して冷却の効果を上げるべき注意義務があったと判示しました。

その上で、裁判所は、Y病院は7月28日午後3時30分の時点でも漫然と氷のう法によるクーリングを継続したままであったのであるから、Y病院は遅くとも同時点では適切なクーリングを行うべき注意義務に違反したと認定しました。

以上より、裁判所は上記裁判所の認容額記載の賠償を命じ、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年5月16日
ページの先頭へ