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No.39「医師の過失と患者の死亡との因果関係が証明されない場合でも、適切な医療がなされていれば、救命できた相当程度の可能性がある場合、過失ある医療をした医師は損害賠償責任を負うとした最高裁判決」

平成12年9月22日 最高裁判所第二小法廷判決(判例時報1728号31頁)

(争点)

  1. 医師が医療水準にかなった医療をしなかった場合において、医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていれば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の損害が証明されるときは、医師は損害賠償責任を負うか

(事案)

患者A(男性)は平成元年7月8日午前4時30分ころ突然の背部痛で目を覚まし、午前5時35分ころY病院の受付をすませ、その後まもなくして夜間救急外来でY病院B医師の診察を受けた。Aの主訴は、上背部(中央部分)痛及び心窩部痛であった。Aは、7、8年前にも同様の痛みがあり、そのときは尿管結石であった旨伝えた。尿検査の結果潜血は否定されたので、B医師は症状の発現、その部位及び経過等から第一次的に急性すい炎、第二次的に狭心症を疑った。そして、B医師は、看護師に鎮痛剤の筋肉内注射させ、更に、看護師に急性すい炎に対する薬を加えた点滴をAに静注させた。

点滴中にAの呼吸が停止し、午前6時ころAは集中治療室に搬入され各種の蘇生術が試みられたが、午前7時45分頃Aは死亡した。

死因は、不安定型狭心症から切迫性急性心筋梗塞に至り、心不全を来したことにある。

(損害賠償請求額)

患者遺族(妻子)の一審(東京地裁)での請求額 6622万3466円
 内訳: 患者の逸失利益3086万7605円+患者の慰謝料2000万円+妻固有の慰謝料400万円+死亡した患者の葬儀費用335万5861円+妻の弁護士費用200万円+子供2人合計の慰謝料400万円+子供2人合計の弁護士費用200万円)

(判決による請求認容額)

一審での認容額 0円
 原審(東京高裁)の認容額 220万円
 内訳:200万円(患者の慰謝料)+20万円(弁護士費用)
 最高裁の認容額 高裁と同一 (高裁判決を維持して、上告を棄却)

(裁判所の判断)

裁判所は、「背部痛、心窩部痛の自覚症状のある患者に対する医療行為について、本件診療当時の医療水準に照らすと、医師としては、まず、緊急を要する胸部疾患を鑑別するために、問診によって既往症等を聞き出すとともに、血圧、脈拍、体温等の測定を行い、その結果や聴診、触診等によって狭心症、心筋梗塞等が疑われた場合には、ニトログリセリンの舌下投与を行いつつ、心電図検査を行って疾患の鑑別及び不整脈の監視を行い、心電図等から心筋梗塞の確定診断がついた場合には、静脈留置針による血管確保、酸素吸入その他の治療行為を開始し、また、致死的不整脈又はその前兆が現れた場合には、リドカイン等の抗不整脈剤を投与すべきであった」と判示しました。

そのうえで、B医師は、Aを診察するに当たり、触診及び聴診を行っただけで、胸部疾患の既往性を聞き出したり、血圧、脈拍、体温等の測定や心電図検査を行うこともせず、狭心症の疑いを持ちながらニトログリセリンの舌下投与もしていないなど、胸部疾患の可能性のある患者に対する初期治療として行うべき基本的義務を果たしていなかったと認定しました。

そして、B医師がAに対して適切な医療を行った場合には、Aを救命し得たであろう高度の蓋然性までは認めることはできないが、これを救命できた可能性はあったと判示しました。

これらの前提に立ち、裁判所は、「疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療水準が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療行為が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である」と判断しました。その理由として、「生命を維持することは人にとって最も基本的な利益であって、右の可能性は法によって保護されるべき利益であり、医師が過失により医療水準にかなった医療を行わないことによって患者の法益が侵害されたものということができるからである」と判示しました。

カテゴリ: 2005年1月26日
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