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No.400 「点滴ルートの確保のために左腕に末梢静脈留置針の穿刺を受けた患者が複合性局所疼痛症候群(CRPS)を発症。看護師が、深く穿刺しないようにする注意義務を怠った結果、橈骨神経浅枝を損傷したと認定した高裁判決」

東京高等裁判所平成29年3月23日判決 第一法規法情報総合データーベース

(争点)

看護師に、穿刺行為の際に深く穿刺しないようにする注意義務を怠った過失があるか

(事案)

平成22年12月19日、X(昭和51年生まれの女性)は翌20日に甲状腺右葉半切除手術(以下「本件手術」という。)を受けるため、日本赤十字社法に基づいて設立されたY法人の運営する病院(以下「Y病院」という。)の耳鼻咽喉科に入院した。

翌12月20日午前9時30分頃、Y病院のF看護師は、本件手術の準備としてXの左前腕に点滴ルートを確保するためにXの病室を訪れた。そして、利き腕が右腕とのことであったことから左前腕に穿刺することとした。F看護師は、Xの左上腕に駆血帯を装着し、把握運動をさせ、親指を中に入れる形で握らせた上で、指の腹でXの左前腕を擦って血管を探したところ、橈側皮静脈及び手背の静脈が怒張した。F看護師は、Xに対し、手背に穿刺してよいか尋ねたところ、避けてほしいと言われたことから、右腕の血管を同様に探したが、右腕の手背と前腕正中皮静脈が怒張したが後者は細く弾力が弱かったことから、F看護師は、Xの左手関節から4ないし5センチメートル付近の部位(以下「本件穿刺部位」という。)に末梢静脈留置針を穿刺した。Xは、穿刺された瞬間、これまで点滴ルート確保の際には感じたことのない鋭い痛みを感じ、「痛い。」と声を上げた。F看護師は、Xに対して痺れの有無を確認したところ、痺れはないと言われたことから、そのまま更に1ないし2ミリメートル進め、留置針を留置した。本件穿刺部位には血液の漏出が見られ、小さく膨らんだ内出血の痕ができた。F看護師は、点滴が落ちていなかったことから、留置針が穿刺された状態のまま上記内出血の周辺を軽く叩くなどしたが、点滴の落下等に変化がなかったことから留置針を抜いた。本件穿刺部位には、皮下が腫れたような少なくとも3ミリメートル程度の大きさの瘤ができたところ、F看護師は、ガーゼを当てて瘤を強く圧迫した。Xは、このときも強い痛みを感じた。なお、F看護師は、上記の瘤について、留置針がスムーズに進まず、血管の内壁を少し傷付けたことによって出血したためであると判断した。

次に、F看護師は、右前腕の正中皮静脈に穿刺することとし、留置針を穿刺して点滴ルートを確保したが、上記穿刺部位には、雪だるまのような形の内出血の痕ができた。

Xは、点滴スタンドを左手で押しながら歩いて手術室に入室した。Xの右前腕の穿刺部位からの点滴落下が良好ではなかったため、左手背に留置針を穿刺し直された。その際、Xは、医師に対し、本件穿刺行為により左手が痛みで思うように動かせず全体的におかしいなどと訴えた。

Xは、点滴ルートからプロポフォール(静脈麻酔薬)、筋弛緩剤及び抗生剤等を投与され、本件手術を受けた。なお、本件手術により摘出した甲状腺は、病理検査の結果、甲状腺乳頭がんであることが判明した。

平成22年12月24日、Y病院のH医師は、Xの左腕に握力低下、骨間筋筋力の低下、橈側放散痛の症状が見られたことから、橈骨神経浅枝の損傷を疑い、診断名を「左橈骨神経損傷」とする「リハビリテーション総合実施計画書」が作成され、同月27日、Xに対して説明がされた。

O医師は、平成23年3月15日、「平成22年12月20日に甲状腺右葉半切除術を行っています。手術時の点滴ライン確保の際に左橈骨神経領域の疼痛が生じました。それをきっかけとして上肢・頚部等の疼痛、左手指の運動障害が生じています。整形外科としては慢性複合型局所性疼痛症候群を考えています。」などとする「外来診療依頼箋」を作成した。

また、K病院のL医師も平成23年3月18日、Xについて「末梢神経障害、末梢神経障害性疼痛」と診断し、同月25日、「左橈骨神経損傷によるCRPS(2型)」との診断書を作成し、平成24年6月29日に「複合性局所疼痛症候群(2型)」と診断した。M病院のN医師もXを「左橈骨神経浅枝損傷」などと診断した。

そこで、Xは、Yに対して、Y病院のF看護師が十分な注意を払わずに注射を行ったことにより橈骨神経浅枝の損傷を受け、複合性局所疼痛症候群(以下「CRPS」という。)を発症し後遺障害を負った等として、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求をした。

第一審裁判所(平成28年3月24日静岡地裁)はF看護師には本件穿刺行為において、深く穿刺しないようにする義務を怠った過失を認め、Xの請求を一部認容したところ、これを不服としてYが控訴した。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
7171万3533円
(内訳:治療費98万9700円+入院付添費6600円+入院雑費3万7500円+入院付添交通費3万0540円+通院交通費9万2680円+文書料2万6300円+傷害慰謝料197万円+後遺障害慰謝料1400万円+逸失利益4804万0801円+弁護士費用651万9412円)

(裁判所の認容額)

一審裁判所の認容額:
6102万6565円
(内訳:治療費86万5615円+入院雑費2万2500円+通院交通費7万9110円+文書料2万6524円+傷害慰謝料180万円+後遺障害慰謝料1400万円+逸失利益3868万4947円+弁護士費用554万7869円)
控訴審裁判所の認容額:
5696万3155円
(内訳:治療費86万5615円+入院雑費2万2500円+通院交通費7万9110円+文書料2万6524円+傷害慰謝料180万円+後遺慰謝料1400万円+逸失利益3498万9406円+弁護士費用518万円)

(裁判所の判断)

看護師に、穿刺行為の際に深く穿刺しないようにする注意義務を怠った過失があるか

この点について、裁判所は、医学文献には、神経損傷、動脈損傷の危険性が高い部位は避ける旨の記載、橈骨皮静脈には橈骨神経の皮枝が密に絡まっていることから、採血の際、手関節部の橈骨茎状突起より中枢側12センチメートル以内の部位は避けるべき血管である旨の記載、手関節部分の橈骨皮静脈からの採血はできるだけ避ける旨の記載、神経損傷の危険性が特に高くなることから、全身麻酔導入時の末梢静脈穿刺の際は、茎状突起より12センチメートル以上中枢側で行うべき旨の記載のほか、手関節部分の橈骨皮静脈からの採血はできる限り避ける旨の記載、手首に近い部位は橈骨神経損傷危険性があるため避けた方がよい旨の記載、静脈注射及び点滴静脈注射の際、蛇行している血管や関節付近は避けるべきであり、神経損傷の危険性が高い部位は避けるべきである旨の本件指針の記載等があり、手関節部から中枢に向かって12センチメートル以内の部位への穿刺について、神経損傷の可能性があることから避けるべきである、あるいは、避けた方がよいとの考え方が主流であったと認められるし、複数の医学文献に「深く穿刺して皮静脈を貫通しないよう注意する。」などと記載されているところであって、手関節部から中枢に向かって12センチメートル以内の部位に穿刺する場合に、橈骨神経を損傷しないように注意して行うべき義務があるのは当然であるとしました。

さらに、裁判所は、診療録によれば、Xは、本件手術後、一貫して左前腕の痛みや痺れを訴えていることが認められるし、橈骨神経浅枝が母・示・中指の背側の知覚を司るからといって、左前腕ないし左上肢の疼痛が橈骨神経浅枝が損傷を受けた時の症状と異なるものと即断することもできないとしました。また、手関節部から中枢に向かって12センチメートル以内の部位への穿刺について、神経損傷の可能性があることから避けるべきである、あるいは、避けた方がよいとの考え方が主流であったと認められ、深く穿刺し過ぎることは神経損傷の危険性を高めることになるから橈骨神経浅枝の損傷と関係がないとはいえないとしました。

さらに、Y病院のH医師は、平成22年12月24日、Xの左腕に握力低下、骨間筋筋力の低下、橈側放散痛の症状が見られたことから、橈骨神経浅枝の損傷を疑い、診断名を「左橈骨神経損傷」とする「リハビリテーション総合実施計画書」が作成されていること、O医師は、平成23年3月15日、「平成22年12月20日に甲状腺右葉半切除術を行っています。手術時の点滴ライン確保の際に左橈骨神経領域の疼痛が生じました。それをきっかけとして上肢・頚部等の疼痛、左手指の運動障害が生じています。整形外科としては慢性複合型局所性疼痛症候群を考えています。」などとする「外来診療依頼箋」を作成したこと、Xを診断したK病院のL医師も、平成23年3月18日、Xについて、「末梢神経障害、末梢神経障害性疼痛」と診断し、同月25日、「左橈骨神経損傷によるCRPS(2型)」との診断書を作成し、平成24年6月29日に「複合性局所疼痛症候群(2型)」と診断しており、Xの神経が損傷していると判断していることが、それぞれ認められるとしました。そして、「CRPS様の症状である。」として、「左橈骨神経浅枝損傷」と診断したM病院のN医師の診断書もこれらの判断と整合するものであるから、医学的に合理的な根拠が認められないとする控訴人(病院側)の主張は採用できないとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の控訴審裁判所の認容額の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年2月10日
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