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No.72「3歳男児がルンバール施術後、嘔吐、けいれんの発作等を起こし、知能障害・運動障害等の後遺症が残った。ルンバール施術と男児の発作及びその後の病変との因果関係を認める最高裁判決

最高裁判所第二小法廷 昭和50年10月24日判決(判例時報792号3頁)

(争点)

  1. 訴訟上の因果関係の立証の程度
  2. 本件ルンバールと患者の発作及びその後の病変との因果関係

(事案)

患者A(当時3才の男児。もともと脆弱な血管の持主で入院当初より出血性傾向が認められた)は、化膿性髄膜炎のため昭和30年9月6日、国が経営するY大学医学部附属病院小児科へ入院し、T医師、F医師の治療を受け、次第に重篤状態を脱し、一貫して軽快しつつあった。

患者Aは、9月17日午後零時30分から1時頃までの間にF医師によりルンバール(腰椎穿刺による髄液採取とペニシリンの髄腔内注入、以下「本件ルンバール」という)の施術を受けた。

一般に、ルンバールはその施術後患者が嘔吐することがあるので、食後の前後を避けて行うのが通例であるのに、本件ルンバールは、患者Aの昼食後20分以内の時刻に実施されたが、これは、当日担当のF医師が医学会の出席に間に合わせるため、あえてその時刻になされたものである。

そして、右施術は、嫌がって泣き叫ぶ患者Aに看護師が馬乗りになるなどしてその体を固定したうえ、F医師によって実施されたが、一度で穿刺に成功せず、何度もやりなおし、終了まで約30分間を要した。

患者Aは本件ルンバールの15分ないし20分後突然に嘔吐、けいれんの発作等(以下「本件発作」という。)を起し、右半身けいれん性不全麻痺、性格障害、知能障害及び運動障害等を残した欠損治癒の状態で同年11月2日退院したが、後遺症として知能障害、運動障害等がある。

(損害賠償請求額)

患者の当初請求額 19,576,406円(内訳:不明)
差戻後の控訴審で患者が拡張した請求額 38,941,952円(内訳:逸失利益28,298,436円その他不明)

(判決による請求認容額)

一審及び控訴審(差戻前)の認容額 0円
差戻後の控訴審での認容額 24,658,496円(内訳:本件発作後の入院費・治療費・付添看護料31,258円+退院後の治療費352,977円+退院後の看護人雇入費用170,000円+逸失利益16,104,261円+8,000,000円)

(裁判所の判断)

訴訟上の因果関係の立証の程度

この点につき、最高裁判所は、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」と判示しました。

本件ルンバールと患者の発作及びその後の病変との因果関係

最高裁判所は、「本件発作は、患者Aの症状が一貫して軽快しつつある段階において、本件ルンバール実施後15分ないし20分を経て突然に発生したものであり、他方、化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低いものとされており、当時これが再燃するような特別の事情も認められなかったこと、以上の事実関係を、 因果関係に関する、『争点1に対する裁判所の判断』で判示した見地にたって総合検討すると、他に特段の事情が認められないかぎり、経験則上本件発作とその後の病変の原因は脳出血であり、これが本件ルンバールに因って発生したものというべく、結局、上告人の本件発作及びその後の病変と本件ルンバールとの間に因果関係を肯定するのが相当である。」と判示しました。

そして、最高裁判所は、因果関係を否定した控訴審判決を破棄し、担当医師の過失の有無などにつきなお審理する必要があるとして、本件を高裁に差し戻しました。

*差し戻し後の控訴審(東京高裁昭和54年4月16日判決・判例時報924号27頁)では、「ルンバール施術に要する時間、方法等から、患児に与えるルンバール施術のショックが異常に大きい場合には、治療目的をこえて患児に害悪を及ぼし、場合によっては右のショックが脳出血等の原因となり、患児に重大な脳障害を発生させることのあることは十分予見しえたと判示し、F医師が、患者Aのショックの軽減をはかる処置を施すこともしないまま、悪条件下での本件ルンバール施術を続行したことについて、過失があったと判断して、上記「差戻後の控訴審での認容額」記載の損害賠償を国に命じました。

カテゴリ: 2006年6月12日
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