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No.114「虫垂炎の手術後に乏尿状態になった患者に対して、医師が過剰な輸液を投与。急性腎不全、肺水腫で患者が死亡した事案で医師の過失を認めた判決」

東京地方裁判所昭和61年6月30日判決 判例時報1240号79頁

(争点)

  1. 虫垂炎の手術後に乏尿状態となった患者に輸液の投与を継続したW医師に過失が認められるか
  2. 呼吸困難に陥り転院された患者に対して人工透析を行ったものの、透析終了後に再開しなかった転院先の医師に過失があるか

(事案)

患者A(昭和30年生まれ、死亡当時24歳の男性)は、昭和54年10月18日午後8時ころから腹痛があり、22日、医療法人であるY1の開設するI病院で診察を受け、入院し、同日虫垂切除のための外科手術を受けた。外科手術時の患者Aの症状は、急性壊疸性虫垂炎及び汎発性腹膜炎であり、虫垂は壊疸の状態にあったが、これを切除し手術は終了した。この汎発性腹膜炎の発生箇所は虫垂部に限局しており、I病院のM医師は、患者Aの術後の処置として輸液の投与を指示した。

術後の入院中、患者Aの尿の回数は23日が2回、24日が3回、25日が5回という乏尿状態であった。I病院のW医師は、26日にAを診察し、尿蛋白、血沈検査を内容とするいわゆる尿A検査の実施と、BUN値などの検査を内容とするいわゆる血液Bの検査の実施及びラシックス2アンプルの投与を指示した。

また、同日、導尿、膀胱洗浄が行われたが、尿の流出はなかった。

27日の午前10時、W医師は患者Aが尿量が80ミリリットルという無尿状態であること、前日に実施した尿蛋白の検査結果がプラス4であること、尿の回数などから腎不全の可能性も考慮したが、依然として患者Aを脱水であるとする従来の判断を変えることなく、その判断に基づいて、患者Aを脱水であると判断し、1000ミリリットルの輸液の追加投与を指示した。その際に前日の血液B検査の結果を聞かず、また特にその結果について照会をすることもしなかった。

28日午前3時40分、患者Aは呼吸困難な状態にあり、当直医はこれを肺水腫であると診断し、その後患者AはカルテなどとともにJ病院(医療法人Y2が経営)に送られた。

28日午前9時から4時間にわたり、患者Aに対する人工透析が行われたが、透析開始約2時間後には呼吸困難が軽快し、喘鳴も消失し、4時間後には家族との会話を希望する程になった。腎透析前後の体重の比較からこの透析による除水量は1300ミリリットル程度と推定された。

透析終了後に体重測定を受けた際、患者Aは再び喘鳴、チアノーゼ、血性痰の症状を起こしており、このため50ミリリットルの瀉血が行われた。

29日午前2時50分、患者Aの容態が急変し、ナースコールがなされ、午前5時5分急性腎不全、肺水腫により死亡した。 患者Aの両親が、M医師とW医師の使用者である医療法人Y1と、J病院のT医師の使用者である医療法人Y2に対して、損害賠償訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

遺族(両親)合計の請求額:6135万7307円
(内訳:逸失利益4322万5448円+入院治療費及び診断書作成料7万1859円+葬儀費50万円+慰謝料1200万円+弁護士報酬556万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額
遺族(両親合計)の認容額:4235万7850円。
(内訳:逸失利益2769万2851円+死後処置料1万3000円+死亡診断書料2000円+葬儀費用45万円+慰謝料1100万円+弁護士報酬320万円。端数不一致)

(裁判所の判断)

虫垂炎の手術後に乏尿状態となった患者に輸液の投与を継続したW医師に過失が認められるか。

裁判所は鑑定人の鑑定結果に基づき、
(1)一般に脱水であればたとえ500ミリリットルの輸液であっても尿量の増加
傾向が認められるはずであって、輸液にかかわらず尿量の増加傾向が認められないときには、腎不全である可能性を考えて輸液を中止し、もって水分の貯留を避けるべきであること
(2)長時間の透析はかえって心血管系に負担となり、血圧低下などの循環系合併症を来たす危険性があることなどをまず判示しました

また、患者Aは左心不全による肺水腫が持続し、心不全が進行して死亡したものであって、この心不全は体液の過剰によって生じたものであり、このような体液過剰の状態は急性腎不全による乏尿状態において、投与水分が過剰であったことが原因となって生じたものと認定しました。

その上で、裁判所は、本件のような状態にある者に対し、通常の投与量を上回る合計1000ミリリットルもの輸液の指示を行おうとする場合には、万一患者が腎不全であるときには、そのような輸液が決定的な影響を与えることもあるのであるから、その可能性を考慮し、腎不全であるか否かを判断する目的で実施させた検査があるときには、その結果について照会し、これを十分考慮して、患者が腎不全でないことを確認するべき注意義務があるとしました。その上で、W医師はその注意義務があるにもかかわらず、検査結果の照会を怠り、腎不全でないことを確認しないまま輸液を行った点において過失があると判示しました。

更に、W医師が27日午前10時の時点で患者Aの血液B検査の結果について照会を行っていれば、患者Aの死の結果を避けることができたとして、W医師の過失と患者Aの死亡との間には因果関係が認められると判断しました。

呼吸困難に陥り転院された患者に対して人工透析を行ったものの,透析終了後に再開しなかった転院先の医師に過失があるか

J病院での人工透析終了直後の患者Aの症状からは、再度腎透析をすることが望ましいといいうるが、J病院のT医師が、長時間の透析がかえって心血管系に負担を来たすことを考慮して、50ミリリットルの瀉血を行うにとどめ、透析を再開しなかったことは当時の医学水準に照らして誠にやむをえなかったところというほかないとして、T医師の過失を否定しました。

裁判所は医療法人Y1に対して、上記裁判所の認容額記載の損害賠償を命じ、医療法人Y2に対する損害賠償請求は棄却しました。

カテゴリ: 2008年3月18日
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