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No.137「ポリープ摘出手術を受けた患者が術後9日目に出血性ショックで死亡。医師の過失を否定した高裁判決には採証法則違反があるとして、高裁判決を破棄して差し戻した最高裁判決」

最高裁判所平成18年11月14日 判例時報1956号77頁

(争点)

  1. 主治医が追加輸血を行わなかったことについて過失がなかったとした原審の判断の是非
  2. 医師の行為と心肺停止という結果との因果関係を否定した原審の判断の是非
  3. 損害

(事案)

患者A(死亡時56歳の男性)は平成12年2月、近隣の医院で受けた成人病の検診で大腸の精密検査が必要であると指摘され、3月4日にY1医療法人の開設するY病院を受診した。4月4日、Aは検査入院をしてY病院のY2医師(消化器外科を専門とする)による大腸の内視鏡検査を受けたところ、上行結腸から横行結腸への移行部に径1.5cm大のポリープが認められた。

4月24日、H医師の執刀によりポリープの摘出手術が行われた。

Aは4月29日には粘血便が10回あり、そのうち午後4時30分以降はタール便となり、出血量は1000~1500mlと推定された。5月1日にはタール便や暗赤色便となる下血が14回あり、下血量は約1100gであった。

また、4月30日にヘモグロビン値が5g/dl台に、ヘマトクリット値が13~15%台にそれぞれ参考基準値をかなり下回る値にまで急に下降した。

Aには4月29日から同月30日にかけて頻脈が見られ、ショック指数も1.0を超えることが少なくなかった。

4月29日、H医師は、AとAの妻X1に対し、輸血が必要であると説明し、当初Aは同意しなかったが、Y2医師からAに対し、本日出血したと考えられること、腹腔内に血液の貯留がないため、吻合部から腸管内へ出血し、今は止まっていると考えられること、血圧90、ヘモグロビン値6台なら輸血をする方がよいことなどの説明をし、Aはこれを了解した。

4月30日、Aの朝のヘモグロビン値が5.6であったため、Y2医師は午前8時50分から濃厚赤血球400mlを輸血した。Y2医師は過度の輸血は心不全や肺不全を併発する可能性があると考え、Aの血圧が80を割るまでには至っていないことから、午後3時から濃厚赤血球400mlを輸血して、この日の輸血量を800mlにとどめた。

5月1日、Aの体温は37度台であった。血圧は115/67以上を維持していたが、下血は14回あり、ヘモグロビン値は朝が5.3、午後3時30分が5.6であった。Y2医師は濃厚赤血球を午前と午後で合計800ml輸血した。Y2医師は、午後9時、AとX1に対し、下血が続くため、翌日のヘモグロビン濃度をみて再手術を考える旨説明し、Aはこれを承諾した。

5月2日、Aの体温は37度であったが朝のヘモグロビン値は5.0、ヘマトクリット値は13.5であった。そのためY2医師は再手術を予定した。Aには午前6時に1475gの大量のタール便の下血があったが、「おはよう」との会話もあり、意識は清明であった。午前7時15分のヘモグロビン値は5.0、心電図モニターは140台であったが、Aは、午前7時20分、心電図モニターが50台に低下して、意識レベルも低下するなど症状が急変し、ショック状態となった。

Y2医師は濃厚赤血球の輸血を行うとともに、心マッサージを施したが、午前8時31分、Aの死亡が確認された。解剖の結果、胃から直腸の内腔に血液の貯留が認められ胃粘膜面には露出血管を伴う多発性の潰瘍が認められたので、これが出血源と考えられた。 Aの妻X1と子X2は、Y病院のY2医師には、Aに対し十分な輸血と輸液を行って、全身の循環状態が悪化しないよう努めるなどしてAのショック状態による重篤化を防止する義務があったのに、これを怠った過失があるなどと主張して、Y1医療法人とY2医師に対し不法行為に基づく損害賠償を求めた。

原審は事実経過とB大学病院教授作成のB意見書を総合すると、追加輸血の選択は医師の合理的裁量の範囲内であったとして、Y2医師の過失を否定した。また、追加輸血があったとしても、心肺停止の回避は困難であった蓋然性が高いと判断して、X1X2の請求を棄却した。

(損害賠償請求額)

遺族2名合計の請求額:9402万1224円(『判例時報』の評釈部分に依拠・内訳不明)
一審(東京地裁)の認容額:一部認容(金額不明)

(判決による請求認容額)

原審(東京高裁)の認容額:0(遺族側の請求棄却)

(裁判所の判断)

主治医が追加輸血を行わなかったことについて過失がなかったとした原審の判断の是非

最高裁判所は、原審が依拠したB意見書は原審(東京高裁)の第1回口頭弁論期日において初めてY1Y2側から提出されたものであり、第1審(東京地裁)ではB意見書とは意見の異なるO意見書がX1X2側から提出されていたところ、第1審では、原審とほぼ同一の事実認定の下で、O意見書に基づき、十分な量の輸血をしなかった過失があるとして原審とは異なる判断をしたことを指摘しました。

そして、Aについて、「亡くなる当日まで血圧が正常に保たれ、意識も清明であり、尿量も十分確保されていたことを根拠として循環動態を含め、全身状態がほぼ良好に保たれていた」等としているB意見書については、Aの出血量や下血量、ヘモグロビン値やヘマトクリット値の推移、ショック指数の動向に照らせば、Aの全身状態が良好に保たれていたとの意見をそのまま採用することはできないと判示しました。

これに対し、「Aの赤血球、ヘモグロビン値及びヘマトクリット値が4月29日に急激に下がったこと、同日午後3時の血圧も下降し、頻脈も出現していること、看護記録には同日午後2時の欄に「粘血便5回」、同日午後4時30分の欄に「タール便にて多量にあり」との記載があることなどから、同日午後4時30分の時点では迷うことなく上部消化管出血の可能性を考え、緊急内視鏡検査で出血源の検索と止血術を行い、出血性ショックに備えるべきであった」「4月29日から30日にかけての赤血球数、ヘモグロビン値及びヘマトクリット値の下降は極めて急激で、大量の消化管出血が生じていることは明らかであり、4月30日のヘモグロビン濃度約5.2g/dlを10g/dlまで上げるには400cc由来のMAP(赤血球濃厚液)約4本を半日以内に輸血する必要があった」等と指摘しているO意見書の意見が相当の合理性を有することを否定できないと判示しました。

その上で、原審が第1回口頭弁論期日に口頭弁論を終結し、本件の争点に関係するO意見書とB意見書の意見の相違点についてX1X2側に反論の機会を与えることをしなかったこと、原審の判示中にO意見書について触れた部分が全くないことから、O意見書とB意見書の各内容を十分に比較検討する手続きを執ることなく、B意見書を主たる根拠として直ちに、Aのショック状態による重篤化を防止する義務があったとは言えないとしたものと考えられる原審の判断は、採証法則に違反すると判断しました。

医師の行為と心肺停止という結果との因果関係を否定した原審の判断の是非

最高裁判所は、事実経過を踏まえて、Aは5月2日早朝に初めて多量の出血があったのではなく、4月29日から既に出血傾向にあったのであるから、5月2日早朝までに輸血を追加して、Aの全身状態を少しでも改善しながら、その出血原因への対応手段を執っていれば、Aがショック状態になることはなく、死亡の事態は避けられたとみる余地が十分にあると考えられると判示しました。

そして、「4月29日に出血源に対する究明がなされ、迅速な対応がなされていれば本件の患者の救命の可能性は高かったであろう」等とするO意見書の意見は相当の合理性があり、「5月2日の早朝、突然の消化管からの大出血については、まったく予測不能であり、・・・1600mlの輸血が、行われたと仮定しても、・・・心肺停止は防ぐことができなかったと考える」等とするB意見書の意見には疑問があるとしました。

そして、原審はO意見書とB意見書の各内容を十分に比較検討する手続きを執ることなく、B意見書の意見をそのまま採用して因果関係を否定したと考えられ、そのような原審の判断は採証法則に違反すると判断しました。

そして、最高裁判所は、原判決を破棄し、Y2医師の過失の有無、Y2医師の行為とAの死亡との間の因果関係の有無等について、さらに必要な審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻しました。

カテゴリ: 2009年2月 4日
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