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No.140「肝硬変の患者への投与薬剤についての保険適用の便宜上、病名を肝炎として診療を継続。医師が正しい病名を失念した結果、肝細胞癌の発症を看過し患者が死亡。適切な検査及び治療を行っていれば、発見可能時から5年程度(現実の死亡時よりも3年8ヶ月)の余命が期待できたとして、医師の損害賠償義務を認めた判決」

東京地裁平成18年9月1日 判例タイムズ1257号196頁

(争点)

  1. 腫瘍マーカー検査及び画像検査を行わなかったため肝細胞癌を発見できなかったことにつきY1医師に過失はあったか
  2. Y1医師の過失と死亡との間に因果関係はあるか
  3. 損害

(事案)

患者A(死亡時45歳・日本に帰化する前は中国籍の男性)は、昭和60年ころに中国の病院で慢性B型肝炎と診断されたが、平成7年になって全身倦怠感が増強したため、同年10月11日にS病院を受診し、肝硬変(B型)との診断を受け、同年11月9日にS病院に入院していた。しかし、知人から、重症の肝炎治療の専門家(大学の消化器内科教授・日本肝臓学会でも指導的役割を果たしていた)としてE大学C病院(以下C病院)に勤務するY1医師を紹介され、治療費に関する便宜をも期待して、平成7年11月21日にC病院でY1医師の診察を受け、同月29日よりC病院に転院した。Aは平成7年12月1日、肝硬変と診断され、今回の急変増悪の後も、さらに活動性を持続し、再燃する可能性もあると診断された。Y1医師は12月7日より、インターフェロン及びサイクロスポリンの投与を開始した。インターフェロンについては、健康保険の適用とすることでAの経済的負担を軽減するため、Y1医師は、保険病名をB型肝炎とし、サイクロスポリンについては、自らの研究費で負担した。

Aは平成7年12月12日、C病院を退院し、D病院に転院したが、D病院においてもY1医師が引き続き治療に当たっていた。平成11年10月にD病院が閉院となったため、Aは平成11年11月17日、Y2医療法人社団が設置運営するY病院を受診し、問診票にはそれまでに肝臓病と診断されたことがあると記載して、Y1医師の診察を受けた。

Y1医師は、平成7年末より患者Aの保険病名を慢性肝炎として診療を継続してきたことから、患者Aが肝硬変に罹患したまま治っていないことを失念し、診療録に傷病名をB型慢性肝炎と記載した。なお、11月17日の超音波検査の結果は「慢性肝炎ないし肝硬変及び肝内に室間選挙性病変3コ」との所見であった。

同月24日、Y病院を受診したAをY1医師の代診で診察した医師は、超音波検査で高エコー塊が認められたことからB型肝硬変と診断し、その旨及び腫瘍マーカーを追加すべきことをカルテに記載した。

平成12年1月5日、Y1医師の指示により、患者AはC病院にて、MRI検査を受け、その結果、肝硬変のパターンであること、肝細胞癌の像は確認できないこと、との所見が出た。

しかし、Y病院では、その後、腫瘍マーカー検査や画像検査を行わなかった。

患者Aは、その後、平成12年3月と5月に1回ずつY病院を受診したが、その後は同年11月8日まで受診せず、同年12月13日から平成13年4月11日までは、月に1回ないし2回の頻度で、Y病院でY1医師の診察を受けていた。

平成13年6月15日、激しい右季肋部痛が生じたAはJ医科大学付属病院を受診した。CT検査の結果、肝腫大が著明で、mass像が認められた。

AとAの妻はJ医科大学付属病院の紹介状及びCT画像を持参してY病院を受診した。Y1医師は、CT検査を行ったところ、手拳大の肝癌と思われる腫瘤状陰影が認められ、Aの病変につき、肝癌と診断した。しかし、Y1医師はAにも、Aの妻にもこれを告げず、患者Aから出張の予定があると告げられても、その期間を確かめず、次の診察日も決めないまま許可し、帰国後直ちに入院するよう告げた。

Aは、平成13年6月下旬から、中国へ出張に出かけたが、同月29日に体調不良を感じ中国のS病院に受診し、同年7月3日に入院した。CT検査等の結果、肝臓の右葉に腫瘍があると診断され、同月11日には部分的肝臓切除術を受けた。手術の結果、腫瘍の大きさは12×7㎝であり、肝細胞癌は、右横隔膜にも浸潤し、肝門部リンパ節にも転移していることが確認された。

Aは、同年7月29日に帰国し、帰国後は、T大学附属病院やF大学病院などを受診し、TAE(肺動脈塞栓療法)を受けるなどした。

Aは平成14年4月5日、上海で容態が悪化し、上海の病院に入院したが、同月18日、原発性肝癌により死亡した。

Aの妻は、Y1医師及びY病院を設置運営するY2医療法人社団に対し、損害賠償を求めて、訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

患者の遺族の請求額:1億0233万1966円
(内訳:死亡慰謝料2800万円+死亡による逸失利益6164万9906円+遺族固有の慰謝料200万円+葬儀関係費用120万円+証拠保全費用18万2060円+弁護士費用930万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:5183万5219円
(内訳:死亡慰謝料2800万円+遺族固有の慰謝料200万円+死亡による逸失利益1575万3159円+葬儀関係費用120万円+証拠保全費用18万2060円+弁護士費用470万円)

(裁判所の判断)

腫瘍マーカー検査及び画像検査を行わなかったため肝細胞癌を発見できなかったことにY1医師に過失はあったか

この点につき、裁判所は、まず、Aが平成7年以降肝硬変に罹患して治癒しないままの状態であったのに、Y1医師がより適切な医療をより安価に提供できるようAに便宜を図るために、Aの保険病名を慢性肝炎として長期間診察を継続したことから、Y1医師とAがともに平成11年11月ころまでにはAの疾患が肝硬変であることを失念し、慢性肝炎であると思いこむに至っていたと認定しました。そして、このように患者の疾患が何であったかを失念し、他の疾患であると誤解すること自体が、医師としての初歩的かつ重大な義務違反に当たると言わざるを得ないと判示しました。

さらに、裁判所はその後の診療過程(平成11年11月17日の超音波検査の結果・同月24日の代診医師によるカルテ記載・平成12年1月5日のC病院でのMRI検査結果)において、その誤解を解く機会が十分にあった、としました。

その上で、裁判所は、Y1医師は、平成12年1月5日に行われたC病院でのMRI検査の結果を確認した以降は、Aの疾患が肝硬変であったことを思い出し、それに対応した経過観察措置(腫瘍マーカー検査や画像検査)をとるべきであったのにこれらを怠った過失がある、と判断しました。

Y1医師の過失と死亡との間に因果関係はあるか

この点につき、裁判所は、まず、Y1医師が平成12年1月5日以降に腫瘍マーカー検査及び画像診断検査を実施していれば、平成14年4月18日の死亡が避けられたかにつき検討しました。

そして、Aの肝臓癌が、平成12年1月時点では確認できなかったが、平成13年6月に発見された際の大きさなどからすると、平成12年中には2cm以内の大きさにとどまっていたものと認められるとしました。そして、平成12年1月5日以降に上記各検査を実施していれば、平成12年末の時点で腫瘍径2cm以内の肝臓癌を発見できたと認定しました。

他方、この平成12年末からAの現実の死亡までは約1年4月が経過しているところ、第15回全国原発性肝癌追跡調査報告のデータからすれば、平成12年1月5日以降に肝切除またはエタノール注入療法を行っていれば、Aの現実の死亡時である平成14年4月18日においてAが生存していた高度の蓋然性が認められるとしました。

そして、「医師が注意義務を尽くして治療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性」が認められるとして、Y1医師の過失とAの死亡との因果関係を肯定しました。

損害

裁判所は、死亡による逸失利益について、Aは、適時に適切な検査によって平成12年末に癌が発見されて、適切な治療が行われれば、それから5年間、平成17年末まで生存していた高度の蓋然性が認められると判断しました。そして、現実の死亡時である平成14年4月18日から平成17年末までの3年8カ月を逸失利益の基礎となる生存期間であるとして、逸失利益を算定しました。

その他、慰謝料、葬儀関係費用、証拠保全費用、弁護士費用を、それぞれ過失と相当因果関係にある損害と判断し、Y1医師及びその使用者であるY2医療法人社団に、連帯して、上記「裁判所の認容額」記載の損害賠償義務を認めました。

カテゴリ: 2009年5月 1日
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