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No.190「自然医学療法を治療方針とする開業医の診療を受けていた乳癌患者が死亡。患者の病状を把握した上で実施する自然医学療法の内容及び治療成績等について説明する義務を怠った点に医師の過失を認め、損害賠償を命じた地裁判決」

東京地方裁判所平成12年3月27日判決 判例タイムズ1058号204頁

(争点)

  1. 社会通念上一般的ではないと考えられる特殊な治療法を実施する医師が負う義務
  2. 医師の過失と患者の死亡との因果関係

(事案)

Y医師は患者本人の体質及び病状にあった食餌箋を処方し、患者はこれに従った規則正しい自宅療養をするという自然医学療法を提唱し、自らが開設したY医院で実践していた。患者A(初診当時40歳の女性)は、Yの自然医学療法に関して述べたYの著書を読み、平成4年5月21日、Yの治療を受けるためY医院を初めて訪れた。

AはY医院で、体力測定、尿検査、血液検査、マルチレーターによる内蔵機能検査をうけた。この検査に続き、Y医院スタッフからY医院では自然医学療法を実施していること、現代医学療法を希望するならば他の病院で施療すべきことを記載した書面(「受診上の注意とお願い」)をAに交付し、口頭でその内容を説明し、AはY医院で治療を受けることに同意し、初診のカルテの下段にある『受診上の御注意』の説明を受けました」との欄に署名した。その後、AはYの問診をうけ、その際Yに対して、3日前に他の医者から乳癌の疑いがあるといわれたこと、11年くらい前から右胸にあるしこりに気付いていたこと、平成3年4月に右胸に窪みができたことを訴えた。

これに対し、Yは、Aの右胸を服の上から触ってしこりの存在を確認し、Aの愁訴内容と総合して、乳癌の疑いが非常に濃い症状であると判断した。そして、Yは、Aに玄米雑穀、Yが健康強化食品と呼んでいる食品及び薬草茶の摂取について具体的に指導し、それらの食品等を処方した。

その後、Aは死亡する約5か月前までの平成7年12月までの約3年半の間、平均して月1回のペースで神戸の自宅から東京のY医院に通ってYの診療を受けた。

Aは、来院の度に、検査を受け、問診後Yから食事指導や補助療法の指導を受け、Yの処方に従ってY医院における食品等の販売部門から玄米雑穀、健康強化食品及び薬草茶を購入していた。Y医院でAが受けた検査は、身長、体重、肺活量、血圧、両手の握力測定の他、通常の医院で行われるような、血液検査、尿検査があり、更に一般の病院で通常使われていない、マルチレーター及びMRAなる機械による検査があった。

Aは、Y医院に通院している間、他の医師の診療を受けたことはなく、Yの指導を守って、Yが指導したとおりの食事や補助療法を忠実に実践し続けた。

平成8年3月16日、Aは体調の悪化からY医院に来院できず、代わりにAの夫がY医院に来院しYのアドバイスをうけ、Aに対しほぼそれまでと同様の健康強化食品等を継続して処方した。

平成8年4月5日、Aの夫だけがY医院に来院し、Aの症状について、体力、食欲がなく、何もしたくないと言っていること、ほとんど寝たきり状態であること等を伝えた。これに対しYは、Aの夫に対し「基本食中心で徹底して食事療法をやっていきましょう」などとAへのアドバイスを伝え、ほぼそれまでと同様の健康強化食品等を継続してAに処方した。Aは、帰宅した夫からYのアドバイスを聞いた後、眠りにつき、翌平成8年4月6日午前2時そのまま自宅において死亡した。

同日、所轄の警察署により、K大学医学部においてAの死体が検案され、Aの死因は乳癌と判定された。

Aの母親で相続人(相続分1/3)であるXが、Yに対して債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者遺族(母)の請求額:計6697万円
(内訳:{(逸失利益6091万円+患者固有の慰謝料5000万円)×患者の母の相続分 1/3}+遺族固有の慰謝料3000万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計200万円
(内訳:患者固有の慰謝料600万円×1/3(患者の母の相続分))

(裁判所の判断)

社会通念上一般的ではないと考えられる特殊な治療法を実施する医師が負う義務

裁判所はまず、Yが、一般の治療と異なる治療を実施したことについて、AはYの著書を読んでその独特な知見に一応賛同してYの自然医学療法を実践すべくY医院に来院し、Y医院のスタッフから書面及び口頭で確認を受けた後に、Yと診療契約を締結したものであることからすれば、AはYとの間で特にYの自然医学療法を実施するという内容の診療契約を締結したものだと解されると判示しました。従って、YはAに対してYの提唱する自然医学療法を実施する債務を負ったに過ぎず、そうであればYがAに一般の医療水準に照らして通常行うべきとされる診察、検査、治療等を実施しないことが、直ちにYにおいて診療契約の本来的債務の債務不履行ないし違法な診療としての不法行為になるということはできないと認定しました。

そして、常識的な発想をすればYの医学理論や癌の治療におけるYの治療法の効果の程度については疑問を感じざるを得ない部分が少なくないとしながらも、玄米菜食を中心とした食事と規則正しい生活を続けるという治療法を実施する診療契約について、これを公序良俗違反とまで認めることはできないのであって、患者であるA自身が治療法を実施することにつき真摯に合意しているというのであれば、もはや裁判所においてその治療法の効果やその実施を約した契約締結の是非などをとやかく論じる余地がないことはいうまでもないと判示しました。

次に、説明義務違反の点について、裁判所は、一般に診療契約は、人間の生命身体に深く関わる特殊な契約であるとともに、医学的知見の豊富な医療の専門家である医師と、一方、医学的知識にほとんど乏しく時には病気が原因で精神的に不安定になりがちな患者という立場の異なる当事者間で締結される契約であると判示し、そのような契約の特質にも鑑みれば、社会通念上一般的な医療ではないと考えられる特殊な治療法を実施する診療契約を締結する場合には、医師は、医療の専門家として、更には人の生命を扱い時にはこれに支配的な影響を与えることからこれに相応する責任を有する者として、その特殊な治療法につき患者が十分に理解して納得した上で契約締結ができるよう、信義則上、患者に対して上記治療法の内容等につき一定の説明をする義務を負うと判示しました。

その上で本件について、裁判所は、Yについて、例え自ら確信する知見によれば必要がないと考えるものであっても、患者の病状把握のために必要な一般の医療水準に従った基礎的な検査についてはこれを実施した上で、患者に対してその結果を診療法選択のための判断資料として示すことが説明義務の具体的内容として最低限要求されていると判断しました。

そして、Aが一般の医療機関において実施されている手術等の治療法を尽くしても完治しないためにY医院を訪れるに至ったような他の多くの癌患者とは異なり、前医による乳癌との確定診断すら経ていない患者であったこと等を指摘した上で、裁判所は、Yは、Aとの診療契約締結に先立ち、Aに対して、その病状を把握した上で自らの実施する自然医学療法の内容及び治療成績等について説明する義務に違反したと認定しました。

医師の過失と患者の死亡との因果関係

裁判所は、Yの自然療法が癌治療に全く効果がないと断じることはできないことからすれば、YがAに対して本来なすべき説明を十分になしていたとしても、AがYと自然医学療法を実施する診療契約を締結していた可能性が小さくないと思われることこと、Yの指導には他の医師での治療を阻止する心理的な強制という面が若干あったとはいえ、Aは他の医師の治療を受けようと思えばいくらでも受けられる立場にいたこと、Aがいわゆる現代医学の手法によって完治することができたものかは不明である上に、Aが当時まだ40歳位の若い女性であったことに照らせば、Aの生存期間を長くできたかは不明であることという事情からYの説明義務違反とAの死亡との因果関係は認めませんでした。

もっとも、Aが、一般の医療機関による手術の実施を選択していたなら、Aが治癒した確率は決して低いものではないこと、Yの説明義務違反の程度に照らせば、Aの慰謝料は決して低いものではないとして、600万円としました。そして、Aの死亡とYの説明義務違反との間に相当因果関係がないことから、Aの死亡についてのX固有の慰謝料請求は認めませんでした。

その上で、裁判所は上記裁判所の認容額記載の損害賠償をYに命じました。

この判決は後に控訴が棄却されて確定しました。

カテゴリ: 2011年5月10日
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