医療判決紹介:最新記事

No.205「精神神経科の医師が、患者に対し、「人格障害」であるとの病名を告知。これによりPTSD(外傷後ストレス障害)を発症したとする患者の請求を一部認めた控訴審を破棄し、医師の言動と患者の症状との間の相当因果関係を否定し、患者の請求を認めなかった最高裁判決」

最高裁判所第三小法廷 平成23年4月26日判決 判例タイムズ1348号92頁

(争点)

医師の言動と患者の症状との間の因果関係の有無

(事案)

X(昭和38年生まれの女性)は、看護師として勤務していたが、改めて大学の法学部に進学するため退職し、大学卒業後の29歳頃から11年間にわたり町役場に勤務していた。町役場勤務時代にストーカー等の被害を受けたことがあり、Xは、平成15年1月、頭痛を訴えてA市立病院の精神科を受診し、抑鬱神経症と診断され薬物療法が開始されたが、同年3月、町役場を退職し、別の地域で看護師としてアルバイト勤務を始めた。

Xは、同年11月及び12月、頭痛を訴えてY共済組合が開設するY病院の精神神経科を受診し、B医師の診察を受けた。Xは、初診時に、以前に抑鬱神経症であると診断されたこと、10年くらい前にストーカーのようなものがあったことなどを話し、B医師は、Xが鬱状態にあると診断し、精神・情動安定剤を処方した。

Xは、平成16年1月9日、Y病院精神神経科において、B医師から引き継ぎを受けたC医師の診察を受け、頭痛を訴えるとともに、平成15年11月の診察時に鬱状態と言われてショックを受けたなどと話したが、C医師は、主訴である頭痛についての精査を優先させることとし、Xに対し、器質的な要因の有無を確認するために脳神経外科を受診するよう指示し、同科において必要性が認められた場合にはMRI検査を受けることになる旨を説明した。しかし、Xはこれを聞き入れず、早くMRI検査を受けたいとして、強引にC医師にMRIの検査依頼をしてもらった。

Y病院の脳神経外科の医師は、その後、MRI検査及び診察の結果を踏まえて、Xにつき筋緊張性頭痛との診断を行い、C医師に対し、その診断内容と同科においても経過観察をする旨を連絡した。

Xは、平成16年1月30日の診療受付終了時刻の前頃、Y病院の精神神経科受付に電話し、受付時間に少し遅れるが診察して欲しいと述べた。応対した看護師は、用件が緊急でなく検査結果の確認のみであるなら次回にお願いしたいと告げると、Xは興奮した状態で診察を受けたいと要求を続けたので、C医師は、検査結果を伝えるだけという条件でXと会うことを了承した。

C医師は、Xに対し、MRI検査の結果は異常がないこと及び頭痛のコントロールが当面のテーマであることを説明した上、脳神経外科を受診するよう指示し、精神神経科にはもう来なくてよいと告げて面接を終了しようとした。

しかし、Xが、これに応じず、自らの病状についての訴えや質問を繰り返したため、C医師は、これに答えて、Xは人格に問題があり普通の人と行動が違う、Xの病名は「人格障害」であるなどの発言をした後、なおも質問を繰り返そうとするXに対し、話はもう終わりであるから帰るように告げて、診察室から退出した(以下、「本件言動」という)。

Xは、平成16年2月10日から、妹の友人の精神科医であるD医師が開設するDクリニックにおいて、同医師の診療を受けるようになった。

Xは、Dクリニックにおける初診時に、頭痛、集中力低下、突然泣いてしまうなどの症状を訴えるとともに、かつてストーカー等の被害を受けたこと、Y病院の初診時に鬱病と言われてショックで頭から離れないことなどを述べ、同日の診療録には、D医師によるPTSDとの診断が記載されたが、XがC医師の本件言動について話した旨の記載はない。

Xは、その後も1週間に1度程度Dクリニックに通院し、初診時と同様の症状や町役場勤務時代にいろいろあったことを思い出すことなどを訴え、D医師の問診に対し、過去の体験の1つとして、本件言動に対する怒りを述べるなどした。

その後、Xは、Y病院を開設・運営するY共済組合に対して、C医師の本件言動により、診療時には発現が抑えられていたPTSDの症状が発現するに至ったと主張し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めて、訴えを提起した。

第一審裁判所はXの請求を棄却したため、Xが控訴。

控訴審裁判所は、面接におけるC医師の本件言動は医師としての注意義務に反するものであり、Xの症状はPTSDの発症と認められるとした上で、Xは、過去にストーカー等の被害を受けていたことから、面接時において、PTSDを発症する可能性がある状態にあったところ、C医師の本件言動により、その主体的意思ないし人格を否定されたと感じたことから、これが心的外傷となり、そのとき保持されていたバランスが崩れ、過去の外傷体験が一挙に噴出してPTSDの症状が現れる結果となったと判断して、C医師の本件言動とXの本件症状の発症との間に相当因果関係があると認め、Xの請求を一部認容した。Yが上告受理申立てをしたところ、最高裁はこれを受理。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:計679万6544円
(内訳:治療費40万6830円+交通費13万9300円+休業損害84万2012円+減収による損害95万0534円+通院慰謝料184万円+固有の慰謝料200万円+弁護士費用61万7868円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:
【第一審の認容額】計0円
【控訴審の認容額】計201万円余り(正確な額及び内訳は不明)
【最高裁の認容額】0円

(裁判所の判断)

医師の言動と患者の症状との間の因果関係の有無

この点について、最高裁判所は、事実関係等によれば、C医師の本件言動は、その発言の中にやや適切を欠く点があることは否定できないとしても、診療受付時刻を過ぎて本件面接を行うことになった当初の目的を超えて、自らの病状についての訴えや質問を繰り返すXに応対する過程での言動であることを考慮すると、これをもって、直ちに精神神経科を受診する患者に対応する医師としての注意義務に反する行為であると評価するについては疑問を入れる余地があると判示しました。また、本件言動がXの生命身体に危害が及ぶことを想起させるような内容のものではないことは明らかであって、それ自体がPTSDの発症原因となり得る外傷的な出来事に当たるとみる余地はなく、C医師の本件言動は、PTSD発症のそもそもの原因となった外傷体験であるとXが主張するストーカー等の被害と類似し、又はこれを想起させるものであるとみることもできないし、また、PTSDの発症原因となり得る外傷体験のある者は、これとは類似せず、また、これを想起させるものともいえない他の重大でないストレス要因によってもPTSDを発症することがある旨の医学的知見が認められているわけではないと判示しました。なお、D医師は、平成16年2月10日の初診時に、XがPTSDを発症していると診断しているが、この時のXの訴えは平成15年1月にA市立病院の精神科で診察を受けた時以来の訴えと多くの部分が共通する上、上記初診時の診療録には、C医師の本件言動を問題にする発言は記載されていないとしています。

以上を総合すると、C医師の本件言動とXに本件症状が生じたこととの間に相当因果関係があるということができないことは明らかである、と判断しました。

また、最高裁判所は、Xの診療に当たっているD医師が、C医師の本件言動が再外傷体験となり、XがPTSDを発症した旨の診断をしていることは、この判断を左右するものではない、と判示しました。

以上から、最高裁判所は、控訴審判決中のY共済組合の敗訴部分を破棄し、一審同様、Xの請求を全て認めませんでした。

カテゴリ: 2011年12月13日
ページの先頭へ