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No.279「抗がん剤であるイレッサについて、添付文書の記載における指示・警告上の欠陥等があったとはいえないとして、これを輸入販売した製薬会社の責任を否定した最高裁判決」

最高裁判所第三小法廷 平成25年4月12日判決 判例タイムズ1390号146頁

(争点)

イレッサの添付文書第1版の副作用の記載についての指示・警告上の欠陥の有無

 

(事案)

Yは英国の製薬企業であるZ社を親会社とする製薬会社(資本金20億円)である。平成14年1月、Yは、Z社が合成・開発した抗がん剤である「イレッサ錠250」(以下「イレッサ」という)の輸入承認申請をし、同年7月5日、厚生労働大臣の輸入承認を得た。また、同大臣は、輸入承認と同時に、イレッサを、劇薬及び医師等の処方箋がなければ販売等ができない要指示医薬品に指定するとともに、添付文書を記載すべき医療用医薬品と定めるなどした。

事件当時、医薬品の添付文書に記載すべき事項については厚生労働大臣が定める医療用医薬品の具体的な記載要領(以下、本件記載要領という)が定められていた。本件記載要領では、添付文書の「警告」欄は、「致死的又は極めて重篤かつ非可逆的な副作用が発現する場合、又は副作用が発現する結果極めて重大な事故につながる可能性があって、特に注意を喚起する必要がある場合に記載する」とされた。また、医師等に対して必要な情報を提供する目的で設けられている「使用上の注意」欄の「副作用」欄は、「重大な副作用」と「その他の副作用」とに分けられ、「重大な副作用」には、「当該医薬品にとって特に注意を要するもの」を記載するとされていた。

そして、製薬会社によって構成される任意団体の自主基準では、上記の「特に注意を有するもの」については、「重篤度分類基準」における3分類のうち最も重篤なグレード3を参考に記載するとされているところ、グレード3に分類される副作用とは、「重篤な副作用と考えられるもの、すなわち、患者の体質や発現時の状態等によっては、死亡又は日常生活に支障をきたす程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの」とされており、間質性肺炎はこれに分類されていた。

Yは、平成14年7月16日からイレッサの輸入販売を開始したが、当時の添付文書(第1版)には、副作用である間質性肺炎につき、「警告」欄には記載されず、「重大な副作用」欄に、「重度の下痢(1%未満)、脱水を伴う下痢(1~10%未満)」、「中毒性表皮壊死融解症、多形紅斑(頻度不明)」及び「肝機能障害(1~10%未満)」との記載に続けて、4番目に「間質性肺炎(頻度不明):間質性肺炎があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には、投与を中止し、適切な処置を行うこと。」と記載されたが、間質性肺炎が致死的となりうる旨の明示的な記載はされなかった。

患者A(昭和45年生・女性)は、平成13年9月に病期Ⅳの非小細胞肺がんと診断され、同年12月に化学療法が開始されたが、副作用である吐き気、食欲低下、脱毛等が現れたため、平成14年7月1日の投与をもって中止された。そして、同年8月15日から、イレッサの投与が開始されたところ、自覚症状の改善、肺がんの陰影の縮小といった所見が認められたため、同年9月21日に一旦退院し、自宅でイレッサの服用を続けた。しかし、同年10月3日の通院時に肺に異常陰影が認められたため、イレッサの投与が中止され、再度入院することとなったが、その後、呼吸症状が急速に悪化し、同月17日、31歳で死亡した。

患者B(昭和10年生・男性)は、平成14年5月に病期Ⅲの非小細胞肺がんと診断され、化学療法が開始されたが効果が生じず、かえって、副作用による疼痛、発熱、食欲不振等の症状が生じたため、化学療法は中止された。Bは、従前から間質性肺炎の治療を受けていたが、がんの進行により間質性肺炎もやや悪化し、酸素投与が行われるなどしていたところ、同年9月2日からイレッサの投与が開始された。しかし、腫瘍縮小効果はみられず、かえって、がんの増悪が疑われ、同年10月9日には既存の間質性肺炎が急性憎悪して呼吸困難となり、同日、67歳で死亡した。

イレッサが発売されてから平成14年10月11日までの約3ヶ月の間に、Y又は厚生労働省に対し合計34例の間質性肺炎についての副作用症例報告がされた。このうち少なくとも3例は、同日までの追加報告で間質性肺炎の発症が否定され、その余の31例のうちの死亡症例は17例であった。

Yは、平成14年10月15日、厚生労働省の指導を受け、イレッサによる急性肺障害、間質性肺炎について緊急安全性情報(「1.本剤の投与により急性肺障害、間質性肺炎があらわれることがあるので、胸部X線検査等を行うなど観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。」、「2.急性肺障害、間質性肺炎等の重篤な副作用が起こることがあり、致命的な経過をたどることがあるので、本剤の投与にあたっては、臨床症状(呼吸状態、咳および発熱等の有無)を十分に観察し、定期的に胸部X線検査を行うこと。」などの記載がされた。)を発出するとともに、イレッサの添付文書の第3版を作成し、その冒頭に「警告」欄を設け、同欄や「使用上の注意」欄の「重要な基本的注意」欄に本件緊急安全性情報と同旨の記載をするとともに、「重大な副作用」欄の筆頭に「急性肺障害、間質性肺炎があらわれることがある」などと記載した。

患者A、Bらの遺族であるXらは、Yに対して、イレッサには医薬品添付文書における副作用の記載が不適切であるなど製造物責任法2条2項に規定する欠陥があり、そのために患者らは死亡したとして、同法3条又は不法行為に基づく損害賠償請求を、また、国に対して、イレッサの輸入承認をした厚生労働大臣の行為に国家賠償法1条1項の適用上の違法があるとして損害賠償請求をした。

第1審(東京地方裁判所平成23年3月23日判決)は、国につき、厚生労働大臣が、イレッサの輸入承認時、Yに対し、本件添付文書第1版に、イレッサの副作用である間質性肺炎が致死的になる可能性があることなどの記載をするよう行政指導しなかった行為は、国家賠償法1条1項の適用上違法であると判断した。

また、イレッサは、販売開始当時、本件添付文書第1版に、その副作用である間質性肺炎が致死的となる可能性がある旨の記載がなかった点において、製造物責任法上、指示・警告上の欠陥を有するものであって、輸入販売業者であるYは、製造物責任法3条に基づく責任を負うと判断した。そして、第1審裁判所は、Xらのうち、X1(Aの父)及びX2(Bの子)の国及びYに対する請求を一部認容した。

これに対して、控訴審(東京高等裁判所平成23年11月15日判決)は、本件添付文書第1版について、記載に指示・警告上の欠陥があったものと認めることはできないと判示してYの責任を否定し、Yに責任が認められない以上、国Y2の責任も認められないとして、第一審認容部分を取り消し、患者遺族の請求を全て棄却した。

そこで、患者遺族らは、これを不服として上告及び上告受理の申し立てをしたところ、最高裁判所第三小法廷は、国に対する請求部分の上告等は棄却・不受理決定により退けた。

 

(損害賠償請求)

原告ら(患者3名の遺族)の請求額 :合計7700万円

 

(裁判所の認容額)

一審裁判所(東京地方裁判所)の認容額 :(国と輸入販売業者の連帯責任で)合計1760万円
(内訳:患者2名の遺族の慰謝料計1600万円+弁護士費用計160万円)

控訴審裁判所(東京高等裁判所)の認容額 :0円

最高裁判所の認容額 :0円

 

(裁判所の判断)

イレッサの添付文書第1版の副作用の記載についての指示・警告上の欠陥の有無

裁判所は、医薬品は、人体にとって本来異物であるという性質上、何らかの有害な副作用が生ずることを避け難い特性があるとされているところであり、副作用の存在をもって直ちに製造物としての欠陥があるということはできないと判示し、むしろ、その通常想定される使用形態からすれば、引渡し時点で予見し得る副作用について、製造物としての使用のために必要な情報が適切に与えられることにより、通常有すべき安全性が確保される関係にあるのであるから、このような副作用に係る情報が適切に与えられていないことを一つの要素として、当該医薬品に欠陥があると解すべき場合が生じると判示しました。そして、裁判所は、医療用医薬品については、上記副作用に係る情報は添付文書に適切に記載されているべきものといえるところ、上記添付文書の記載が適切かどうかは、上記副作用の内容ないし程度(その発現頻度を含む。)、当該医療用医薬品の効能又は効果から通常想定される処方者ないし使用者の知識及び能力、当該添付文書における副作用に係る記載の形式ないし体裁等の諸般の事情を総合考慮して、上記予見し得る副作用の危険性が上記処方者等に十分明らかにされるといえるか否かという観点から判断すべきものと解するのが相当であると判示しました。

その上で、裁判所は、本件輸入承認時点においては、国内の臨床試験において副作用である間質性肺炎による死亡症例はなく、国外の臨床試験及びEAP副作用情報における間質性肺炎発症例のうち死亡症例にイレッサ投与と死亡との因果関係を積極的に肯定することができるものはなかったことから、イレッサには発現頻度及び重篤度において他の抗がん剤と同程度の間質性肺炎の副作用が存在するにとどまるものと認識され、Yは、この認識に基づき、本件添付文書第1版において、「警告」欄を設けず、医師等への情報提供目的で設けられている「使用上の注意」欄の「重大な副作用」欄の4番目に間質性肺炎についての記載をしたものということができると指摘しました。そして、裁判所は、イレッサは、上記時点において、手術不能又は再発非小細胞肺がんを効能・効果として要指示医薬品に指定されるなどしていたのであるから、その通常想定される処方者ないし使用者は上記のような肺がんの治療を行う医師であるところ、そのような医師は一般に抗がん剤には間質性肺炎の副作用が存在し、これを発症した場合には致死的となり得ることを認識していたと判示しました。そうであれば、医師が本件添付文書第1版の上記記載を閲読した場合には、イレッサには上記のとおり他の抗がん剤と同程度の間質性肺炎の副作用が存在し、イレッサの適応を有する患者がイレッサ投与により間質性肺炎を発症した場合には致死的となり得ることを認識することに困難はなかったと判断しました。

そして、イレッサが、手術不能又は再発非小細胞肺がんという極めて予後不良の難治がんを効能・効果として、当時としては第II相までの試験結果により厚生労働大臣の承認を得ることが認められており、このような抗がん剤としてのイレッサのありようも、上記のような肺がんの治療を行う医師には容易に理解し得るところであるなどの事情にも照らせば、副作用のうちに急速に重篤化する間質性肺炎が存在することを前提として添付文書第3版のような記載がないことをもって、本件添付文書第1版の記載が不適切であるということはできないと判示し、本件添付文書第1版の記載が本件輸入承認時点において予見し得る副作用についてのものとして適切でないということはできないと判断しました。

さらに、裁判所は、本件輸入承認時点から患者A及びBへのイレッサの投与開始時点までの間に、本件添付文書第1版の記載が予見し得る副作用についての記載として不適切なものになったとみるべき事情はないと判示して、A及びBの関係では、イレッサに欠陥があるとはいえないと認定し、原審の判断を是認して、上告を棄却しました。

 
カテゴリ: 2015年1月16日
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