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No.310「伝染性単核症で入院中の4歳の女児が、病院食であるバナナを誤嚥して死亡。医師らに誤嚥および救命措置に関する過失があるとして、遺族の請求を一部認容した地裁判決」

東京地方裁判所平成13年5月30日判決 判例タイムズ1086号253頁

(争点)

  1. 誤嚥についての過失の有無
  2. 救命措置についての過失の有無

(事案)

平成9年4月1日、A(4歳の女児)は、鼻水を出し、風邪のような症状を来したので、Aの母親であるX1は、AをかかりつけのBクリニックに連れて行き、診察を受けさせ、薬を処方された。

しかし、翌2日になっても、Aの症状は改善されず、かえって喉が腫れてきたので、X1は、再びAをBクリニックにつれていったところ、Bクリニックの医師は、リンパ腺に雑菌が入ったかもしれないと判断し、Aに注射をしたが、X1に対し、様子を見た上で、抗生剤の点滴治療ができる病院に行った方が良いかもしれないこと、近隣であればY(生活協同組合)が開設・経営する病院(以下「Y病院」という。)がその治療を行っていることを告げた。

Aの喉の腫れが引かないことから、同月3日、X1は、AをY病院に連れて行き、同病院の小児科医であるH医師の診察を受けた。Aの全身症状は良好であったが、扁桃肥大が二度ないし三度であり、両側頸部の腫脹、発赤および軽度膿汁付着がみられ、また、白血球数及びCRPの軽度上昇、血小板数の軽度減少、GOT、GPT及びLDHの上昇等が認められた。

H医師は、Aの症状を頸部リンパ節炎、扁桃炎及び伝染性単核症の疑いと診断をし、さらに、細菌感染も疑われ、抗生剤の点滴をした方が良いと考えたこと等から、Aを入院させ、経過観察することが必要であると判断し、X1もこれに同意してAを入院させることにした。X1は、Aの入院に付き添いを希望したが、Y病院の看護師から、完全看護なので、3歳以上は付き添いを許可していないと言われたため、付き添いはしないことにした。Aは同日午後1時10分ころ、Y病院に入院した。

H医師は、Aの病院食として、五分粥、五分菜、小児食を指示した。入院時、Aの体温は38.1度、脈拍が毎分96、呼吸は毎分30であり、両頸部リンパ節腫脹が著明であったが、発赤はさほどではなく、入眠しているためか、Aは触れても痛がらなかった。またAには鼻閉があった。Aは点滴輸液、抗生物質の投与を受け氷枕を使用したが、喉の奥と首の痛みを訴え、夜間、不眠の様子で頻回にナースコールをした。

Aの両側頸部腫脹は同月4日になっても改善がなく、疼痛よりも、鼻閉による不快が強かった。また、口腔呼吸が続いており、H医師の依頼によってY病院の耳鼻科医がAを診察したところ、喉頭蓋浮腫が見られ、呼吸困難を起こす危険性があったことから、耳鼻科医の指示によりステロイド剤であるソルコーテフの点滴が開始された。

Aは、咽頭痛のため、ほとんど食事を摂取できない状態であり、空腹感を訴えていた。

Aの両頸部の腫脹は同日午後7時ころの時点でも著明であり、咽頭痛があり、呼吸がうまくできない様子であったが、夕食はごく少量を摂取した。

Aは、同月5日の午前3時ころには、鼻閉や喉頭浮腫があるためか、ほとんど入眠していなかった。午前6時ころには、体温は38.6度であり、呼吸苦はない様子であったが、両頸部腫脹は著明であり、鼻汁が見られた。また、肺に呼気がよく入り、呼吸も穏やかでチアノーゼはなかったが、喉が痛いとの訴えがあった。

午前7時30分ころ、Aは空腹を訴えた。午前8時ころ、M看護師は朝食をAの病室に持っていき、Aに食べるかと声をかけ、食器の蓋を取ったり、バナナの皮をむいたりしてやったが、Aは食事に手をつける様子を示さなかったためM看護師はナースステーションに戻った。

ところが、M看護師が、午前8時10分ころ様子を見に行くと、Aは、口に手をやり自分で異物を吐き出そうともがいており、顔色も悪かった。そこで、M看護師は、Aが食物を誤飲したものと考え、Aの背部を叩いたが、異物は取れなかった。M看護師は、吸引器を持って来てもらおうと考え、ナースコールを数回押したが、応答がなかったため、自分でナースステーションに吸引器を取りに行った。M看護師が吸引器を持って戻ってみると、N副師長が来ており、また、間もなく他の看護師らも応援に来た。M看護師は、これらの看護師と一緒に吸引器でAの鼻腔、口腔を吸引したところ、バナナ片が引け、A自身も口からバナナ片を吐き出した。

その結果、顔色や口唇の色がやや良くなり、啼泣があり、呼名に対する返答もあった。しかし、Aは、まだ歯を食いしばっている状態であったことから、午前8時15分ころ、バイトブロック(開口器)を装着し、鼻腔、口腔からの吸引を行ったところ、さらにバナナ様片少量が引け、呼名に対するはっきりとした返答があり、自発呼吸も認められた。更に観察が必要と考えられ、また、他の同室の小児患者が不安そうに見ていたことから、午前8時20分ころ、看護師らは、Aをナースステーションの隣で、当時空き室であった347号室へ移動し、SaO2パルスオキシメーター(心拍数・動脈血酸素分圧測定装置)をAの右手指に装着したところ、酸素分圧は70ないし80%台と低かったので、鼻口に酸素マスクを当てて酸素吸入を行った。

すると、Aの酸素分圧は90%台に上昇し、顔色も良くなったが、酸素吸入をやめると酸素分圧が90%以下に低下してしまう状態であった。そこで、M看護師らは医師を呼ぶことにした。

午前8時30分ころ、まず外科医のK医師が到着した。K医師がAを診たところ、Aの口唇にチアノーゼが見られ、もがき苦しんでいたため、Aに装着していたバイトブロックを取り外し、アンビューバッグ(送気用ゴム袋)の付いたマスクをAの鼻口に当てて、酸素バギングを施行した。間もなく、内科医や耳鼻科医、脳外科の当直医、内科の当直医などが到着した。

K医師は、午前8時40分ころ、Aに対して、咽頭浮腫を抑えるためにソルコーテフ200mgを、アチドーシス(窒息に伴う血液の酸性化)を防ぐためにメイロン20mlをそれぞれ投与したが、症状の改善は見られなかった。

午前8時41分ころにH医師がAの病室に到着したが、この時点ではAの脈拍は185、酸素分圧は90台であった。

K医師は、午前8時50分ころ、気管内挿管が必要と判断し、静脈麻酔薬である1パーセントディプリパン、筋弛緩剤であるミオブロック2mlをAに注射した。その結果、心拍数は70台に下がった。 

K医師が気管内挿管を試みたが、口腔奥が狭窄していたため、挿管は困難を極め、気管チューブが食道に入ってしまったので、抜管し、再度酸素マスクを装着してアンビューバッグで酸素吸入を続行した。

耳鼻科医は、トラヘルパーを気管に穿刺したが、呼気を吹き込んでみても入らず、かえって酸素分圧は67%に低下し、心拍数が119に上昇したので、抜去した。K医師がトラヘルパー穿刺を試みたがこれも成功せず、さらに耳鼻科医が再度試みたものの、やはり不成功だったので、酸素バギングが続行された。

午前8時55分ころになると、Aの心拍数は毎分70台から50台に低下し、内科医が心臓マッサージを行ったものの、午前8時58分ころ、心停止となり、Aにはボスミン(強心剤)が投与された。

午前9時ころに、ようやく気管内挿管が成功し、気管チューブを通じて酸素バギングが行われた。また、心臓マッサージ、カウンターショック、ボスミンの投与等が行われたが、心拍数、酸素飽和度等の心機能は回復せず、Aは、午前11時30分ころ、死亡が確認された。

なお、司法解剖の結果、Aは発症初期の伝染性単核症に罹患していたこと、死因は病院食のバナナの誤嚥による窒息死であること、伝染性単核症は、直接の死因とはなっていないが、(ア)喉頭蓋浮腫及び咽頭部、喉頭部のリンパ節腫大のために咽頭腔が狭窄して誤嚥窒息が生じやすい状態にあったこと、(イ)激しい咽頭痛のために嚥下運動が障害されていたと推定されること、(ウ)気管支ないし細気管支周囲のリンパ組織の増生や粘膜浮腫により末梢気道が狭窄、閉塞していて、心肺蘇生術の効果を不良にしたことなどから、窒息死を誘因するものとなったことが判断された。

そこで、Aの両親であるXらは、Yに対し、不法行為ないし診療契約の債務不履行に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者遺族(両親)の請求額 : 合計9866万8127円
(内訳:逸失利益3183万0270円+幼児の慰謝料4000万円+両親の慰謝料2000万円(各1000万円)+葬儀費用183万7857円+弁護士費用500万円)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 : 合計5120万9498円
(内訳:逸失利益2500万9498円+幼児の慰謝料1500万円+両親の慰謝料600万円(各300万円)+葬儀費用120万円+弁護士費用400万円)

(裁判所の判断)

1.誤嚥についての過失の有無

この点につき、裁判所は、Aの診療に当たったH医師は、Aの扁桃肥大や、耳鼻科医から高度の喉頭蓋浮腫による呼吸障害の危険性が指摘されていることなどを認識し得たはずであるから、Aが食物を嚥下しにくい状態にあり、かつ、誤嚥した場合には、容易に窒息するおそれがあることや、Aが当時4歳になったばかりの幼児であり、かつ、満足に食事がとれないことによって空腹感を訴えていたことを考慮して、Aに食事をさせるに当たっては、誤嚥などが生じないよう食物の種類・範囲を制限するだけでなく、食事を担当する看護師に対して、少しずつゆっくり食べさせたり、万が一誤嚥が生じた場合には、直ぐに吐き出させたりするために監視するなどの措置をとるよう具体的に指示をすべき注意義務があったものといわなければならないと判示しました。さらに、裁判所は、Aは、4歳になったばかりの幼児であり、判断力が十分でないことは明らかであるし、喉の痛みから満足な食事が取れず、空腹感を訴えていたことからすれば、適切な指導がなければ、Aが急いで食物を口に入れ、無理に飲み込もうとする危険があったと指摘しました。

裁判所は、しかるに、H医師は、Aの入院時に、五分粥、五分菜の小児食を指示したのみであり、耳鼻科医の診察後も、食事方法について改めて看護師に指示することもなく、漫然と食事をさせていたものであり、その結果、4月5日の朝食を担当したM看護師も、Aに食事を配膳し、食器の蓋を取ったり、バナナの皮をむいてやったりしただけで、Aに何ら注意を与えず、その場を離れ、食事の仕方についてAに任せてしまった結果、Aは、おそらく空腹感のためにバナナを口に頬ばってしまったものと推測されるが、前記のような症状のために口に入れたバナナを嚥下することができずに、窒息するに至ったものと推認せざるを得ないのであり、H医師には、前記注意義務を怠った過失があるというべきであると判断しました。

裁判所は、Xらは、担当看護師の過失も問題にするが、担当看護師がAの当時の具体的症状を知っていたかどうか、具体的症状に基づく誤嚥の危険を知っていたかどうかについては、これを肯定するに足りる具体的な証拠はないとしました。

したがって、裁判所は、Aが死亡したのは、Y病院の医師であるH医師の過失によるものと認められるから、Yは、民法715条に基づき、損害賠償責任があると判断しました。

2.救命措置についての過失の有無

この点につき、裁判所は、気道の確保は、救急救命医療の基本の一つであるが、本件のように喉に異物を詰まらせて呼吸困難に陥っている場合には、気道確保の措置をまず第一に考えなければならないと判示しました。そして、気道を確保する方策としては、気管内挿管が一般的であり、気管切開は、気管内挿管ができない場合や気管内挿管では気道の確保ができない場合に限定されて用いられるべきものと認めることができると指摘しました。

したがって、K医師らがまず気管内挿管を試みたこと自体は、正しい措置であったということができるとしました。

しかしながら、裁判所は、本件においては、Aの口腔奥がリンパ節の腫大によって狭窄となっており、気管内挿管が極めて困難な状態であったのであって、午前8時41分ころには、H医師も病室に駆けつけていたことからすると、このことは、救命処置に当たったK医師らにとって容易に知り得たはずのものであるから、気管内挿管が困難と判明した時点で速やかに気道確保の方策を気管切開に切り換えるべきであったと判示しました。

裁判所は、しかるに、K医師ら救命処置に当たったY病院の医師らは、気管内挿管やトラヘルパー穿刺による気道確保を試み続け、気管切開をしなかったため、結果的に心停止に至るまでAの気道確保を果たすことができず、Aをして窒息死するに至らしめたと指摘しました。

確かに、気管切開は決して容易な手段ではなく、重篤な合併症を生ずることもあり、用手による気道確保、気管内挿管、トラヘルパー穿刺等がいずれも成功しなかった場合にのみ施行すべきであることが認められるが、看護師らによってされた吸引器による吸引によっても、呼吸困難の状態が改善されず、K医師によって気管内挿管が試みられたものの、失敗を繰り返し、結局気管内挿管に成功したのは、Aの心臓が停止した後であることが認められるから、これらの事実に鑑みれば、本件では、正に気管切開以外の手段では、Aを救命することができなかったものというべきであると判断しました。また、Aが窒息を起こした後、最初に治療に当たったK医師は、Aの病状をよく知らずに一般的な救命措置を行ったと思われるが、H医師は、午前8時41分ころにはAの病室に到着しているのであり、同医師は、Aの病状を十分に把握していたはずであるから、Aに高度の気管狭窄が見られ、気管内挿管を行うことが困難であることは予見可能であったというべきであるとしました。したがって、K医師は、H医師と相談すれば、早期に気管切開の判断を下すことができたはずであり、心停止前に気管切開をし、気道確保ができておれば、Aは、窒息死することはなかったものと推認できると判示しました。

以上により、裁判所は、誤嚥発見後のAの救命措置に当たったY病院の医師らには、救命処置を誤った過失があると判断しました。

裁判所は、したがって、この点においても、Yは、民法715条に基づきAの死亡によって生じた損害を賠償すべき義務があるものと言わざるを得ないとしました。

裁判所は、上記「裁判所の認容額」の限度でXらの請求を認め、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年5月10日
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