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No.380 「美容に重点がある右眼腫瘤摘出手術を行ったところ、患者(女子高校生)に肉芽腫及び眼瞼下垂が生じた。医師が患者に合併症について十分な説明を行わなかったとして国立大学病院側の責任を認めた事案」

京都地方裁判所昭和51年10月1日判決 判例タイムズ348号250頁

(争点)

医師の診断上の過失と説明義務違反の有無

(事案)

X(女子高校生)は幼児より右眼眥に先天性の腫瘤があったが少し離れて見れば人が気がつかない程度のもので、そのため眼の活動に支障があったり拡大する傾向があったわけでものないので放置しておいた。しかし高校2年になったのでX及び両親はこれを簡単に摘出でき眼に障害等も残らないなら摘出したいと考えた。

昭和45年8月、開業医であるK医師に診断を求めたところ、同医師は、腫瘤はかなり奥深いところまであり、その手術は球結膜を切除し、それを他から補填せねばならず、又外眼筋に影響を及ぼすかもしれず、自分には手に負えないと考え、国が経営するY大学附属病院(以下、「Y病院」という。)眼科にその手術の依頼をした。K医師は依頼状をXに持参させたが、それには「右眼球結膜腫瘍状のもの出産時よりあり、幼児の時大きくなるまで放置しておいてもおそくないといわれた由、現在迄増大するようなことでないようですが、美容上に気になることで、大分奥の方までいっている様なので入院の上治療くださるように願い申上げます・・・」と書いた。

この依頼を受けたY病院眼科のU医師は、昭和45年8月27日Xを視診触診により(生体顕微鏡は用いたがレントゲン検査は行わなかった。)診察し、Xの症状は、本来皮膚のような身体の表面を作る組織が内部に出来、それが異状に発達した右眼結膜類皮腫であると判断し、眼球の突出、偏位、眼球の運動障害等も認められなかったので、その手術には入院を要せず費用も低額(Xの両親は3000円位ときいた。)で済む、一週間位で眼帯がとれると比較的容易に切除手術ができる旨答えたので、Xとその両親はその摘出手術を依頼した。U医師はXの学校の休暇を利用して手術を実施する、日時は後日連絡して決めることとした。

Y病院はその建前上単なる美容上の治療、手術は行わないので、U医師はこれを形成的治療又は形成的手術といい、そういうものとして受け付けた。美容上の手術は全く美容が目的であるが、形成的手術は結果として美容に役立つことはあるが目的は疾病の治療である。

打ち合わせの結果手術日は昭和46年3月22日と決まり、当日Xは両親と共にY病院へ来た。XらはU医師が手術をしてくれると思ったが実際は指導医Sと執刀者Nの両医師の担当であった。その上、Xのみが手術室に入れられ事前に詳細な診察はなく手術が行われた。

Y病院では診察の上治療方針(本件では摘出手術)を決定する医師と手術担当医師とが一致するとは限らず、むしろ別人が行うのが通常で、手術の目的範囲方法等は診察医師の作成したカルテに従ってなされていた。本件でも手術医師はカルテに従ってXの症状を知り手術を準備したが、U医師から口頭でS、N医師に詳しい申し送りがあった様子はない。両医師もU医師のカルテで比較的簡単にすむ腫瘤摘出であると考えていた。ところがこの両医師が実際に切開してみると、Xの腫瘤は意外に奥深いところまであった。即ち腫瘤は球結膜、球結膜下組織外直筋と癒着しその他の部分との癒着はそれ程でなかったが球結膜との癒着は強固で腫瘍は眼球の赤道部をこえて球後に伸びていて、又上眼瞼挙筋と上直筋の間に腫瘍がはさまれていた。両医師はXの腫瘍を奥の方は赤道部付近まで、上の方は球結膜の円蓋部まで切除した。腫瘍は残しておくと又発達する恐れがあり、それでは手術の目的が達せられないと判断したからである。しかし、両医師は上記の程度に止めた。両医師は術後の炎症として眼瞼球結膜の浮腫、一時的な眼球運動障害の発生を予想した。尚この手術は腫瘍と球結膜との剥離を行ったものであるため球結膜の一部に孔が出来ここから後日肉芽腫が生じ、術後Xの右目は強く腫れ上がり、眼瞼下垂が生じた。

Xは、二晩京都に泊り、Y病院で術後の手当を受けて帰宅した。同年3月24日にXを診察したS医師はK医師に対し術後の処置を依頼したがその依頼書には「腫瘤が球後までのびている様子でしたが赤道部にて切断しました。上下外直筋には癒着なく無傷でした。しかし、何分にも広汎なものなので術後眼球運動がどの程度障害されるものか心配しております・・・」と書いた。XはK医師から術後手当てを受けた。

同年3月29日と4月5日XはY病院で診察を受けたがN医師はXの眼瞼下垂にはその形成手術を、肉芽腫は切除の手術をすることを考えた。

眼瞼下垂は上眼瞼挙筋に損傷を与えると生ずる現象であるが本件ではその後の手術の際の所見でも上眼瞼挙筋に直接損傷を与えた形跡はなかった。術後の炎症が上眼瞼挙筋に及んだのとXの上眼瞼挙筋が低形成、即ち発育が悪かったため生じたものと関係者は判断した。

同年4月12日、K医師はY病院あて「眼瞼下垂が外傷性の一過性のものかと思い消炎剤で様子を見たが効果なく内服、注射で幾分改善されたが余り効果がないので診断して下さい」と依頼した。これに対しU医師は「摘出手術の際上眼瞼挙筋の障害Schädungを来したものと思われ、浮腫の吸収傾向をみて再処置を考えます」と返事した。この時点でXの浮腫は僅かしか残っていなかったが眼瞼下垂は判然と残り、眼球は上下にはよく動いたが左右に制限があった。

同年4月26日になり、浮腫はほぼ消失した。

同年6月21日、K医師はY病院眼科の最高責任者であるM教授あてに依頼書を書いたがそれには「手術侵襲のためか眼瞼下垂と複視を惹起しました。・・・患者が再手術を是非にと申しておりますので患者の願いをかなえて戴きたくお願します・・・」と書いた。当日のM教授の診断ではXの右眼瞼裂巾は4mm、左眼は10mm、斜視なく複視も自覚せず眼球の運動が内側へ少し制限があった。M教授は「夏休みに再手術を考えて見ることと致します」と返事した。

同年7月28日、Xに対しU医師が球結膜肉芽腫除去の手術を行った。これは第1回手術後に生じた肉芽腫の除去を行ったもので、その後には左眼の球結膜を移植した。この手術は成功しXの球結膜はきれいに元通りとなった。

Xの眼瞼下垂は徐々に軽快傾向が見られたが自然治癒はこの辺までであろうということで同年12月24日この方面の権威者G助教授の執刀でブラスコビスク法による眼瞼下垂手術が行われ、その結果は良好で、Xの右眼は二重瞼になったが眼瞼下垂も兎眼も大部分消失した。

そこで、Xは、Y(国)に対して、本件手術担当医師は、眼球結膜腫瘤摘出手術遂行に際し、準委任契約(Xの右眼に関し、美容整形を目的とし、右眼球結膜腫瘤を外観上見える部分のみ摘出するために必要最少限度除去し、かつ手術が至極簡単で手術後その痕跡が残らないような医療行為をなすことを内容とするもの)に基づき適切な治療を行うべく十分な診察および手術結果についての研究・検討をすべき義務があるのにこれを怠り、上記手術によりXに肉芽腫及び眼瞼下垂の結果を生ぜしめ、更に二度にわたる手術を余儀なくさせ、その後、後遺症を発生させたとして、債務不履行もしくは不法行為に基づく損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
338万3000円
(内訳:治療費4万5746円+母親の付添費用16万8500円+患者と母の交通費5万1500円+入院雑費1万7700円+慰謝料280万円+弁護士費用30万円の内金)

(裁判所の認容額)

認容額:
39万6146円
(内訳:治療費2万1746円+交通費2万6700円+入院雑費1万7700円+母親の付添費、交通費6万円+慰謝料20万円+弁護士費用7万円)

(裁判所の判断)

医師の診断上の過失と説明義務違反の有無

裁判所は、まず、Xの場合に、その奥にある腫瘍の大きさを予見することは不可能であったという鑑定書について、K医師はY病院にXの腫瘤がかなり奥深いところまであることを知り入院させて治療させてくれと依頼しているのであるから、前記鑑定書の意見をそのまま採用することはできず、U医師としてはより慎重に診察しあらゆる可能性を研究しそれに伴う合併症を説明しそれでもXが手術を望むかどうかを確かめるべきであったし、またXの希望を手術実施者に十分伝えるべきであったのにその配慮を欠いたことは、U医師に診断上の過失又はなすべき伝達を怠った過失があったと判断しました。

本件におけるXの症状は当時の日常生活には何の支障もなく是非これを摘出せねばならぬという程のものでなかったため重大な合併症を伴わない簡単な手術ならば実施して欲しいというものであり、XはそのことをU医師に明示しておるのであるから同医師はそれにふさわしい診断をなしXの意図を手術実施者に伝達すべきものであったと判示しました。

裁判所は、Xを含めて患者は手術に伴う合併症の存在を全く知らないのではなく、XもK医師が自らはできずY病院に依頼した位であるから侵襲に伴う傷位は了知していたといえるが、患者はその合併症と比較し尚且手術の実施を望むか、それともその実施を断念するかの自由を有するとしました。そして、医師は専門家として素人たる患者より患者にとってどちらがよいかの選択をなしうる場合が多いがその場合でも患者にそれを説明してその承諾のもとに手術を行うべきであり、その承諾なくして手術をなしうるのは患者が合理的理由なくして手術を拒むとか緊急事態その他で患者の承諾を得られない場合であることを要し、そうでない限り手術するかしないかの選択は患者の方が優先するといわねばならないと判示しました。特に本件のように美容に重点があり、是非必要とする手術でない場合は、一層然りといわねばならず、それに伴う責任の免除は医師が患者に合併症について十分な説明を行い、患者が尚且これを望んだ場合にのみに与えられるべきものであり、そうでない限り契約に反する違法な侵襲となり医師はそのため生じた損害賠償請求の責を免れないと言わねばならないとしました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年4月 9日
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