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No.461「肝臓外科専門医でなく、肝臓切除手術の執刀の経験もない医師が不十分な人員態勢で手術を実施し、大出血により患者が死亡。医師の刑事責任(業務上過失致死罪)を認めた地裁判決」

奈良地方裁判所平成24年6月22日判決 判例タイムズ1406号363頁

(争点)

医師の注意義務の存在及び注意義務違反の有無

*以下、患者をA、被告人を△と表記する。

(事案)

A(事件当時51歳)は、他の病院2箇所に入院した後、平成18年1月10日、慢性肝炎、高血圧及び狭心症などの検査及び治療の目的で、△が院長をつとめるB病院に入院した。

Aの肝腫瘍の治療を行うに際し、△らは、AのCT検査、腹部超音波検査、肝血管造影検査の結果等からAの腫瘍がS7と呼ばれる肝臓の背部の表面から数センチメートル内側にあることを認識し、肝臓がんであると考えていた。しかし、実際は肝血管腫であった。

平成18年6月16日、Aは肝臓背部側の腫瘍の切除手術(以下、「本件手術」という。)を受けることとなった。

本件手術には△およびC医師(B病院の常勤医師でAの主治医)のほか、F(直接介助看護師)、G(間接介助看護師)が手術に立ち会うことになった。△は、昭和58年に医師免許を取得した者であり、肝臓外科の専門医や指導医に認定されたことはなく、肝切除術の執刀医を務めたこともなかった。また、Cは昭和55年に医師免許を取得した者であり、肝臓外科の専門医や指導医に認定されたことはなく、肝切除術の執刀経験はなく、本件手術以前数年間は、外科医としての執刀経験もなかった。なお、本件手術に先立ってカンファレンスが行われることはなかった。

Aは平成18年6月16日(以下、特段の断りのない限り同日のこととする。)、午前9時40分頃手術室に入室し、Cにより9時46分頃、麻酔が導入された。

午前10時9分頃、△ないしCがAの右わき腹をAの背中側から腹部にかけてメスで皮膚切開を始めた。メスが肋骨まで達すると、△は、右の第7肋骨間を直線で約10ないし15cm切開した。このとき、骨まで切ることはなく、第7肋間から更に腹の中心まで切り進むことはなかった。△は、視野確保のため、肋間を切開した部分に開胸器をかけて拳2個分程度上下に広げ、肝臓のS8を直接視認可能な状態にした。その後、△は、肺間膜を電気メスで切除した上で、横隔膜をピンセットでつまみ上げ、電気メスで横隔膜を切開していった。その後、△ないしCはキューサ(超音波メス)を使い始めた。

この間、Aの収縮期血圧は、麻酔導入後120(ミリメートル水銀柱。以下血圧について同様)程度であったのが、手術開始後上昇し、その後、午前10時25分頃から10時50分頃までは、140ないし160(180)程度で推移した。また、Aの心拍数は、手術開始時60程度であったが、手術開始後、やはり上昇し、その後、午前10時15分頃から10時45分頃までは70ないし80程度で推移した。

看護師Gは、午前10時40分ないし45分頃、Aの出血量が400ミリリットルに達したことから、△に対し、400出血していますが、輸血はいらないですかと声をかけた。

Aの収縮期血圧は、午前10時40分頃から11時までの間に、160前後から100前後へと、またETCO2(呼気中の二酸化炭素濃度であり、正常値は35ないし45である。)の値も27から16へといずれも低下した。また、Aの心拍数は、午前10時52分頃に約85に、午前10時54分頃に110以上に上昇した後、そのまた2,3分後には80、そのまた、2、3分後である午前11時頃には70と低下した。

Gは、午前11時頃、Aの出血量が600ミリリットルに達したので、再度、△に対して、輸血の手配はしないのかと尋ねたところ、△は輸血の手配をするように指示した。Gはこれを受けて、B病院検査室に輸血の手配を依頼し、同検査室から血液センターにMAP(濃厚赤血球の赤血球製剤)3パックが発注された。この頃、Aの肝臓から急な出血があり、△とCはその止血を試みた。

また、午前11時頃、△は、Gに指示して吸入麻酔薬セボフルレンの注入をいったん停止した。

その後、Aの収縮期血圧は徐々に上昇し、午前11時10分頃に約140となり、11時10分過ぎに約30まで下がり、11時15分過ぎに再び約145まで上がり、11時20分頃に約40まで下がるという経過を経て、その5分後頃から60、65と徐々に上がりはじめ、午前11時30分頃には70まで回復した。

午前11時30頃、△は、Gに指示し、セボフルレン注入を当初の2分の1である0.5パーセントにして再開した。

麻酔記録の「出血量」の欄には、午前11時以降午後零時までは記載が無く、午後零時までに1500ミリリットルの出血があった旨記載されている。

Aに対し、MAPが、午後零時14分、午後零時42分、午後1時4分にそれぞれ1パック投与された。また、Aに対し、本件手術開始から午後1時30分までの間に輸液(ヴィーンF)4本(合計2000ミリリットル)が投与された。

△およびCは、上記出血に対し、止血点を探しながら電気メスの凝固機能を用いて止血処理を行った。その上で、△は、肝臓の病変部分を更にキューサで切り取り、肝組織片を取り出した。

その後、△は、腹腔内の血液等を外に出すために、ペンローズを腹部に装着し、その管の先端を腹部から2,3センチメートル出した状態にして、その上にガーゼを当てた。また、胸部にはチェストドレーンバックを装着して、吸引による圧力を掛け、胸の中の血液等を吸い出すようにした状態で閉胸した。閉胸の際に、腹腔内の洗浄は行われなかった。そして、Cが皮膚を縫合し、本件手術は午後1時30分頃に終了した。

本件手術が終了し、△が手術室から退室した後、C,F及びGの3名はAの体を左側臥位から仰向けに戻す体位変換を行った。しかし、Aを仰向けにした後、異常を知らせる血圧計のアラームが鳴り、Gが血圧を測定しようとしたが、血圧を測定できなかった。このとき、Gは、Aの皮膚が蒼白であるのを見た。

Aの収縮期血圧は、午後1時30分から1時40分頃までは150、130と推移しているが、午後1時40分から記録がされなくなった。

午後1時45分頃、Aの心拍数が60を切り、脈拍を触知出来なくなったため、Cらは心臓マッサージを開始した。午後2時38分頃、Cらは、心臓マッサージを行いながら、Aを集中治療室へ移送したが、この際、Aは心停止の状態であった。

そして、その後も救命措置が行われたが、Aは午後3時39分に死亡した。

なお、Cは捜査中に病死した。

(裁判所の判断)

医師の注意義務の存在及び注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、まず、肝切除を行う場合には、大出血や肝不全の危険性が存在し、さらに、本件腫瘍(S7と呼ばれる肝臓右葉後区域に存在)の切除は、右肝静脈等を傷つけ、大出血させる危険性が高く、肝切除の中でも、より高度の専門性を必要とするもので、そのような切除手術を実施するには、肝臓外科医等の専門医が適切な手術方法によって実施するとともに、大出血等の急変に備えて手術中の患者の血圧脈拍等を管理し、迅速的確な止血処理が行えるようにするための十分な人員態勢を確保して実施すべきであると判示しました。

しかし、被告人及びCは、肝臓外科の専門医でない上、肝切除術の執刀経験は皆無であった。したがって、被告人及びCは、医師が両名だけの態勢でAの肝臓の前記部位を切除して本件腫瘍を摘出する手術を行えば、手術中の執刀ミス等により大出血がおこり、それに対する適切な止血処理ができずにAが出血によって死亡するおそれがあることを十分予見できたと判示しました。

このような場合、医師として医療業務に従事する被告人及びCとしては、肝臓外科の専門医でなく肝切除術の執刀経験もない被告人とCの医師2名だけでは前記のような手術を安全に実施するための人員態勢として不十分であることを認識し、その実施を厳に避けるべき業務上の注意義務があったと判断しました。

ところが、被告人及びCは、これを怠り、本件腫瘍の切除摘出手術が安全に実施できるものと軽信し、被告人、C及び看護師2名の計4名という、前記手術を実施するのに不十分な人員態勢のまま、本件手術を開始した過失があると判断しました。

そして、本件手術開始から同日午後1時30分頃までの間、電気メス等を用いてAの右第7肋間を直線に約10cm切開して切開部を開胸器で広げたものの、肝静脈切断や損傷を避けるための十分な術野を確保できないまま、そこからS8と呼ばれる肝右葉前部から肝臓上部に接着する横隔膜を剥離し本件腫瘍に向かって肝臓を切り進めていく中で、肝静脈等を損傷して大出血させ、適切な止血処理を行うこともできず、よって、Aを肝静脈損傷等に基づく出血により死亡させたと認定しました。

以上から、裁判所は、△に対して禁固2年4月の実刑判決を言渡し、同判決はその後確定しました。

カテゴリ: 2022年8月 9日
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